IT×シングルマザー 働きづらさの壁は突破できるか

NHK
2022年5月24日 午後3:39 公開

沖縄のシングルマザーと貧困問題

沖縄県内の全世帯に占める母子家庭の割合は5%と全国のおよそ2倍。この数字には親と同居しているケースは含まれない。実際には県内にはもっと多くのシングルマザーがいると考えられる。

こうした女性たちの多くが厳しい家計の中で子育てと向き合っている。県内の子どもの貧困率は29.9%と、こちらも全国平均のおよそ2倍。さらに、ひとり親の世帯の子どもの貧困率は58.9%、つまりひとり親が2人いれば、そのうち1人のこどもは貧困の環境にあるということだ。

沖縄の貧困をめぐる問題の解決を図るのであれば、シングルマザーが置かれている現状の改善は、避けて通ることができない。

シングルマザー×IT研修 その狙いは?

この状況をビジネスの世界から打開しようという取り組みが始まっている。うるま市のIT企業が立ち上げた「MOM FoR STAR(マム・フォー・スター)」というプログラムだ。その現場を取材させてもらおうと、沖縄市にあるオフィスを尋ねた。ここには毎朝、6人のシングルマザーたちが集まり、ウェブサイト制作のスキルを身につける研修を受講している。

プログラムの特徴の一つは、研修期間中も給料が支払われるということだ。期間の後半には実際にウェブサイト制作の仕事を引き受け、技術だけでなく経験も身につけることができる。研修を受けながら収入と職歴も得られるのだから、参加者は安心して一歩を踏み出すことができる。

プログラムを立ち上げたのは前述のIT企業に勤める山川伸夫さん。たまたま出会ったシングルマザー支援団体から聞いた話がきっかけだったという。

「子育てもある中でなかなかフルタイムで働けない。非正規だったりして、安定した収入が得られない。普通の家庭と同じようなことしてあげられないという話をききました。ちゃんとキャリアアップできる仕事を続けられる環境を用意できたらなと」

ただ、山川さんたちも単なる慈善事業として取り組みを始めたわけではない。背景にあるのは全国的に指摘されているIT業界の人手不足だ。

「従来のようにフルタイムで勤務できて仕事中心の生活を過ごせる人たちだけを企業側が一方的に採用できる時代ではなくなっています。むしろ、これからの時代は、さまざまな事情や特性をもっている人たちも同じチームメンバーとして一緒に働いていくことで、企業全体としての組織力が高くなると考えています」

企業が持続的に成長していくためには、安定した人材の確保が欠かせない。そのためには多様な働き方がかなう環境が必要だというのだ。

実際どんな人がこのプログラムに参加しているのだろうか。

参加者に話を聞いてみた

参加者のひとり、保恵理子さんは数年前に離婚し、契約社員としてコールセンターやビル清掃の仕事をしながら小学生の2人の娘を育ててきた。実家で両親と住んで出費を抑えているが、月の手取りは少ないときで13万円と厳しい。

「学校に入学するときには全部一からランドセルも筆記用具も体育着とかも全部購入しないといけなくて大変でしたし、進級のときも絵の具とか消耗品をそろえるとか、必ず出費は出ます。将来に備えるための貯金に回す分が全然取れてなくて今も不安はあります」

プログラムへの参加を通じてスキルを身につけ、収入をアップさせ、子どもたちの将来のために貯金をしたいと考えている。

「教育費の貯金が一番頑張らないといけない部分です。私自身が奨学金を借りて進学して、今現在も返している段階なので、子供にそれをさせたくはないっていう思いがあって、進学のときにはまとまったお金を用意してあげたい」

保さんはこのプログラムの2期生。今はホームページ制作に向けての基礎スキルを学びながら、実務を想定した演習にとりくんでいる。6月以降は順次、実際に委託された仕事のなかでホームページ運用の実務にとりかかる予定だという。

“シングルマザーばかり優遇されてずるい”

手に職をつけたいという人は少なくない。「なぜシングルマザーだけを対象にしているのか」「優遇ではないか」そう思った人もいるのではないだろうか。実際、そういった声は外部から聞かれるという。山川さんに疑問をぶつけると、次のような答えが返ってきた。

「シングルマザーばかりが優遇されているのか?もしそうだとすれば、それはずるいことなのか?というようなことを、日々自問自答しています」

「プログラムの参加メンバーは、そういう言葉を投げられた時に、『だったら、あんたもシングルになったらいいさ〜』と言っているようです。彼女たちは強がってそう言いますが、本当は相当心が傷ついていると思います。

例えば、『子どもの送迎があるからフルタイム勤務はできない』とか、『子どもの病気などで急に仕事を休むことがある』とか、シングルマザーさんたちが一人で子育てをしながら働くには、多かれ少なかれこういった事情があるかと思います」

「それを理解しないで、会社側の都合だけで、『フルタイム勤務できない人は正社員にさせられない』とか、『急に休まれると困るから重要な仕事は任せられない』とか、どこかしら、今の社会にそのような昭和的な考え方が残っているのかなと感じる時もあります。『シングルマザーばかり優遇されてずるい』という言葉の裏側に古い意識が垣間見える場合には、そういう意識から変える必要があると私は考えています」

「そもそも、働く人誰にでもやむを得ない事情はあり得るし、全員が同じようなワークスタイルをできるわけではないということを頭で理解するとともに、その違いをお互いに尊重し合えるような心をもてる人が増えたらいいなと。そして、人それぞれワークスタイルは違うとしても、どんな人でもスキルやキャリアを上げていくためにチャレンジできる機会をもてたらいいなと」

シングルマザーに限ったことじゃない

一方で、この手厚いプログラムはすぐには企業の利益につながらないはず。その点はどう考えているのか。

「そもそも、一般的に企業が新入社員を採用するときは、入社直後から業績を上げることを期待しているのではなく、先行投資として、数年後に会社や社会のために貢献してもらえる人材に成長してほしいという期待を込めて迎え入れると思います。それと同じで、採用したシングルマザーさんたちが、将来的にはスキルと経験を積んで、会社や社会のために貢献してくれると信じていますし、それを諦めたくないと考えています」

確かに私自身も入社した際に有給で研修を受けた。研修後もしばらく足を引っ張ってばかりで、とても組織に貢献できるような仕事はできていなかったと思う。今の社会でこうしたチャンスが新卒のときにしか与えられないのだとすれば、あまりにも酷な仕組みなのではないだろうか。

山川さんの働く企業では、シングルマザーのみならず、社会での生きづらさを抱えているマイノリティーが中心となって企業のバックオフィス業務を代行するサービスも運営している。

多様な事情を抱える人たちに成長するチャンスを与えることができれば、企業にとっても新しい可能性を開くことにつながると話す。

「全国的に見ても沖縄が生産性が低いって言われてるのはなんでなんだろうと。一番感じるのは、従業員を育成するための環境が整備されてないことにあるのではないかと。数年間働いていても、時給ベースで数十円しか上がらない、その裏には、新しい仕事にチャレンジさせてもらえない環境はあるのではないか。企業がいろんな事情を持つ人たちに対して、育成やチャレンジする場を提供することがもしできれば、その人たちはもっと活躍できるようになるし、ひいてはその先には企業にとっても労働生産性の向上であるとか、より稼げることに繋がるんじゃないか。そいうことにチャレンジしたい」

雇用も「量から質へ」の時代に

シングルマザー支援の現場から見えてきたのは、「支援」というだけにとどまらない、多様な働き方を社会で受け入れ、それを成長につなげていこうという試みだった。

沖縄ではこの10年、失業率の全国との差は大きく縮まり、生産年齢人口も減少に転じている。どんな待遇でも働き手が集まる時代は終わりつつある。雇用の量を増やす議論から、質を上げる議論へとステップアップする時期を迎えていると言えるだろう。この人手不足をきっかけに、働き方の質を問い直す動きが広まるとともに、生産性の向上にもつながることを期待したい。

記者 小手森千紗

2017年入局。岐阜放送局や高山支局を経て2020年9月から沖縄放送局。経済やアメリカ軍の取材を主に担当している。