取材のきっかけは「沖縄のビール会社が休肝日を設けた」と言うニュース。取材を進めると、沖縄の健康課題を企業の経営の視点から解決していこうという動きが見えてきた。
(沖縄局 小手森千紗)
「瞬間風速的な売り上げではなく」
社員たちが血糖値対策を始めたのは、豊見城市に本社があるビール会社。
数値高めの社員たちが
▼1日平均6000歩
▼週2日の休肝日
などに取り組み、次回の健康診断までに数値の改善をはかるというのだ。
SDGsの取り組みの一環として行うということだが、売り上げへの影響に不安はないのか聞いてみると・・・。
ビール会社 矢沼恵一人事総務本部長
「瞬間風速的な売り上げではなく永続的に健康にビールを楽しんでもらいたい」
ビールのおいしさばかりをアピールして、消費者が健康を損ない、お酒を飲めなくなってしまっては元も子もない。適正飲酒を呼びかけることで、商品を末永く購入してもらうことにもつながる、ということらしい。
社員が体を張って・・・
実際の取り組みの様子を見せてもらうことにした。密着したのは、今回の企画の発案者で参加者の丁野良太さん。
丁野さんいわく、「生活習慣病まっしぐら」で「参加者としては適任」だという。
1日の歩数は1500歩前後、仕事柄取引先などとの飲み会が多く、単身赴任先の自宅での晩酌も習慣になっているそうだ。
この日はさっそく、退勤後に自宅周辺をウォーキング。
1時間ほど歩いて7300歩を達成し、かなり疲れた様子の丁野さん。
「これを毎日と思うときつい。でも、ぐっすり眠れるんじゃないかな」
運動で疲れた後はビール・・・といきたいところをぐっとこらえて、晩ご飯。少しでも満足感を得るため、ふだんは食べないオートミールも付け足した。
丁野さん「肉もあるしお酒を飲みたいと本気で思いますけど・・・。ただ、休肝日を設けたことで久しぶりのお酒がおいしく感じられるかも」。
崖っぷち「元・長寿県」
なぜ一企業がここまで身体を張った健康対策に乗り出すまでに至ったのか。背景には「元・長寿県」が立たされた危機的な現状がある。
沖縄と言えば長寿というイメージを持っている人もいるかもしれないが、実は、平均寿命が全国トップだったのは20年あまり前の話。最新の数値(2020年)では、女性は全国16位、男性は43位にまで転落しているのだ。
背景にあるのは、働き盛り世代の死亡率の高さ。県によると、働き盛り世代(20歳~64歳)の年齢調整死亡率は全国よりも高く、その差は広がる傾向にある。
(画像はイメージ)
沖縄県は、厚生労働省の都道府県別生命表をもとに「平均余命」(ある年齢の人があと何年生きるのか)を算出している。男性の場合、2020年時点に75歳の人の平均余命は約13年で、全国2位。つまり、88歳まで生きることになる。一方、40歳の人の平均余命は約42年で、全国43位。寿命は82歳となる計算だ。お年寄りは今も長生きな一方、いま働き盛り世代の人たちは比較的早く亡くなる傾向があるのだ。
飲酒習慣・食生活・車社会
改善が必要な生活習慣を、沖縄県の担当者は3つ挙げた。
まず、飲酒習慣。男女ともに、生活習慣病のリスクを高める飲酒者の割合が全国より高い。人口10万に対するアルコール性肝疾患による死亡率は、男女とも、全国平均の2倍以上の高さだ。
食生活も課題になっている。戦後、アメリカの食文化の影響を受けた沖縄。食物繊維(脂質などを身体の外に排出する働きがある)や、カリウム(野菜や果物に最も多く含まれるミネラル)の摂取量は全国に比べて低い。
車社会の影響もありそうだ。20歳~64歳の1日あたり歩数は、男女ともに全国より少なく、男性は全国の8割ほどにとどまる。
極めつきに、沖縄の30代から50代までの男性の2人に1人が肥満だという(全国は約30%~40%)。女性も男性ほどではないが30代から50代までは全国よりも肥満率が高くなっている。
「健康経営」で再び長寿県に
働き盛り世代の健康を改善するために沖縄県が掲げているのが「健康経営」。経営手法の一つとして、従業員の健康管理を考えるというもの。企業イメージの向上や生産性の向上につながるとしている。
沖縄県健康長寿課 新里恵美班長
「働き盛り世代が亡くなると、家庭においては働き手の喪失、地域にとってはリーダーの不在、企業でもこれまでキャリアをつくってきた人が亡くなることで生産性の低下や人材の資産を喪失することになる。働き盛り世代は一日の大半を職場で過ごすので職場の取り組みが大切」。
沖縄県は、取り組みを始めたい企業にアドバイザーを派遣するなどして支援しているほか、労働局などとともに「健康経営宣言」参加企業を募っている。
「健康経営は投資」
「健康経営宣言」に参加する企業は増えているということだが、実際のところ、宣言だけして中身のある取り組みにつなげられていない企業もあるのではないか。
実態を知るために訪れたのは、浦添市にある上下水道などの施設管理を担う会社だ。
2018年に「宣言」を行ったが、やはり実際のところ、はじめの2年間は具体的な取り組みには至っていなかったという。
「宣言」から2年経ったある日、社員の腹囲、肝機能、血圧が3年間増加傾向にあることが明らかに。同業他社と比べて特に腹囲でリスクが高いことも分かった。
「このままでは形だけの健康宣言になってしまう」と本格的な取り組みに乗り出した。
(画像提供 株式会社ホウゴ)
2020年、各現場で健康担当のリーダーを選任した。体を動かすイベントや、生活習慣改善を学ぶ講座も定期的に開催。
さらに導入したのが「健康ポイント」制度だ。健康診断結果に基づく「基礎点」と、日頃の歩数や健康イベントへの参加状況など「加動点」を足した点数を公表。上位の従業員には商品券がプレゼントされるという。従業員たちの血圧は2年連続で改善。取り組み状況を可視化し、現場別、個人別に競い合うことで、従業員たちに火が付いたのだ。
(「健康ポイント」の表彰式)
施設の維持管理は、点検や整備などの重労働を伴う。
従業員の健康維持が会社の生命線だという。
施設管理会社 屋良一寿常務
「健康イベントの開催も、ポイントの表彰も、正直言ってコストはかかります。ただ、これはある種の投資なんです。すぐにリターンがあるものではないですけど、従業員が健康を損ねて、今まで培ってきた技術を失うのが会社にとって一番大きい損失。やっぱりそれを防ぐ方法はあるんじゃないかなと思っています。社員が心身ともに健康で、末永く働ける職場作りを進めていきたい」
「長寿県」奪還なるか
沖縄県によると、「健康経営」に取り組んでいる企業からは、「職場の雰囲気が明るくなった」「働きやすい職場というイメージが広がった」という声が寄せられていて、社員の定着や人材確保にもつながっているという。
「長寿県沖縄」の復活に向けては、単発で終わらない、形骸化しない取り組みが求められる。
記者 小手森千紗
2017年入局。岐阜放送局や高山支局を経て2020年9月から沖縄放送局。経済分野では人材や観光をテーマに取材しているほか、アメリカ軍の取材も担当している。