震災伝承の担い手はいま

中本祐太
2022年3月11日 午前9:30 公開

「震災語り部」と呼ばれる人たちのお話に耳を傾けたことはありますか?
東日本大震災から11年がたち、震災の教訓を伝承する現場にも変化が見えてきました。

「体力の低下」や「記憶の薄れ」を感じ、語り部引退を考えている人。震災を経験していなくても伝えていくために模索を続ける人たちもいます。

そんな伝承の担い手たちの今を取材しました。

東日本大震災の語り部ってどんな人たち?

語り部をしている人たちの世代は多岐にわたり、当時小学生で被災し10代で語り部を始めた人もいます。語り部などの震災の伝承活動について岩手県沿岸部の11市町村に問い合わせたところ、震災から10年となる去年3月時点ではそのすべてが個人やNPO法人など民間の有志が担っているということでした。

語り部引退を考える 大船渡市の志田裕子さん

岩手県大船渡市で震災の語り部を続けてきた一人が、志田裕子(68)さんです。
震災前に経営していたパン工場が、津波ですべてが流されてしまったことなど、自らの被災体験を被災地に訪れる人たちに語ってきました。

しかし志田さんはいま、語り部の引退を考えているといいます。
時とともに「体力の衰え」と「記憶の薄れ」を感じているからです。

志田裕子さん「左足の股関節が人工関節が入っていて、さらに10年が経過して体力の消耗が激しくて、階段を上ったり歩いたりしながら語るのが難しくなってきました。新型コロナウイルスの流行もあってこの2年間は語り部活動から離れていて、徐々に震災当時に周囲が泣いたり喚いたりしていた記憶も薄れてきている感じがします」

未来へどう語り継ぐ? ヒントは広島に

大船渡市の隣、陸前高田市では今後の震災伝承のあり方に行政が危機感を抱いていました。

陸前高田市では震災後、奇跡の一本松など5つの震災遺構や伝承施設など、語り継いでいく「場」の整備が行われてきました。一方で、これから先何世代にもわたって〈人〉が語り継いでいくための仕組みづくりの必要性も感じていました。

そこで陸前高田市が参考にしたのが、終戦から76年以上が経過した今も戦争の教訓を語り継ぐ〈広島〉です。
陸前高田市が広島市に問い合わせたどりついたのが、広島市で活動するガイドたちのほとんどがバイブルのように持ち歩いているという「ヒロシマ読本」。その中には戦争や原爆、復興の過程だけでなく、江戸時代から明治維新を経て戦争に至るまでの近現代史など、戦争を知らない世代に向けた、広島に関わる事実や記録に基づいた情報がまとめられています。

陸前高田市観光交流課 村上知幸課長「広島ではこの本を元に皆さんが学んでいて、足りない部分を自分で勉強してレベルを上げてるというお話を聞きました。現在広島にはボランティアでガイドをされている方が何千人もいるという話も聞いて非常に驚きました」

被災経験の有無を問わない “パークガイド”

広島を参考にした陸前高田市で2021年6月から始まったのが、高田松原津波復興祈念公園の伝承を担う

パークガイド”  という認定制度です。

パークガイドの特徴は、ガイド役の人たちに一定の基準を設けていることにあります。

パークガイドとして必要な知識を得るために作られた409ページにも及ぶ資料には、東日本大震災の犠牲者や、被災世帯の住宅再建状況などの震災の被害や復興に関するデータだけでなく、農業や水産業など、地域の産業についても、「ヒロシマ読本」にならって、さまざまな情報がまとめられています。

この資料に基づいた合計29時間に及ぶ講義を受講し、さらに筆記試験を受けることで、パークガイドとして認定を受けることができます。

あの日は東京に パークガイドの大林まい子さん

現在パークガイドの認定を受けているのは20代から70代までの30人で、中には震災当時は県外に住んでいたガイドも6人います。

パークガイドの一人、大林まい子さんも震災当時は東京にいましたが、父親が住む陸前高田のために何かしたいと2016年に引っ越してきました。

大林まい子さん「直接津波の被害を受けていない自分が、東日本大震災のことについて話をできるなんて思っていませんでしたが、私でも何かできることがあるならやるべきだと思ってスタートしました。改めてきちんと学ぶ場があるということは、とても意義があることでした」

被災地同士の連携

まだ始まったばかりのパークガイド。どのように伝えていくのかは、模索中です。今年(2022年)2月、大林さんたちは他の地域の語り部たちがどのように伝えているのかを学ぶため、先進的な取り組みをしているという宮城県石巻市の団体「3.11みらいサポート」を訪ねました。

語り部12人のうち5人が津波を実際に経験していないこの団体で活用していたのは、スマートフォンやタブレットで使えるアプリです。

復興の過程をドローンで記録した映像を見ることができたり、この地区の住人100人以上から聞き取った証言や写真を元に津波避難を分析した地図など、視覚的に震災について学ぶことができます。伝承の担い手同士、互いに意見交換も行われました。

3.11みらいサポート 中川政治さん「私たちは民間の団体として小さくやっているので、パークガイドのように行政がガイドの育成に関わっているのはいいなと思います。石巻を訪れた後に陸前高田に行くという人も多く聞くので、これからはお互い情報交換しながら活動していきたいです。」

大林さん「やっぱりみんな命を守る、守って欲しいということを伝えたい事は同じだと思いました。今回の訪問を通して、震災を経験した人がいなくなっても、伝承は終わっていくものでは決してないと改めて思いました。これからはパークガイドになって活動したいという人を増やしていきたいです」

記憶から記録に 後世に残る教訓

語り部引退を考えている大船渡市の志田裕子さんも新たな震災伝承の形に可能性を感じ、地元の有志が企画した語り部の証言の録音に協力していました。

こうして集めた証言を元に制作されたのが、クイズに答えることで震災の教訓を知恵として獲得していく、インターネットのコンテンツです。

このゲームでは「いきる知恵」についての志田さんの証言を音声で聞くことができます。

志田裕子さん「1000年に一度の災害と言われる東日本大震災は後世に伝えていかなくちゃくちゃいけない。私は「記憶」よりも「記録」が大切じゃないかなと今は考えています」

志田さんが参加したこのコンテンツの監修者で、東北大学災害科学国際研究所で東日本大震災の伝承について研究する柴山明寛准教授は、これからの震災伝承についてこう話していました。

柴山明寛准教授「震災から11年たった今はひとりひとりの震災の記憶を証言記録として引き継いでいくちょうど良いタイミングだと考えています。記憶が鮮明なうちにしっかり当時の状況や経験を伝えて残しておく。
そして一番重要なのは、伝承をやめないことです。災害はいつ起こるか分からないので、ちゃんと記録を残して後世にどう伝えていくかというところも、行政や民間、大学などが手を取り合って一緒に考えていただけたらと思います」

取材を終えて

震災伝承の現状について取材をしようと思ったきっかけは、語り部の引退を考えていると話す志田さんとの出会いでした。
テレビや新聞では、新たに伝承活動を取り組む人たちをよく目にしていたのですが、震災から11年たつと志田さんのように引退を考える人が出てきても不思議ではないなと思いました。
私自身、兵庫県西宮市で生まれ、生後11か月のとき阪神淡路大震災が発生しました。当然被災した記憶は無く、震災については母親から「ベビーベッドの柵のおかげで本棚の下敷きにならずにすんだ」と聞いたことがあるだけで、防災の教訓については聞いたことも考えたこともありませんでした。
岩手に来てから3年がたち、震災の取材をさせていただく中で、二度と同じ被害を繰り返しさないために訴え続ける方々をたくさん見てきました。ただ、自分のように教訓を何も知らないまま育っていく人も多いのではないか。そんな中これから10年、20年、100年と伝え続けていくためにはどうしたらよいのだろう?そんな思いで取材をしました。
それでも、記憶を記録として残し、伝え続けることを諦めないこと。
私自身も改めて、被災地に関する取材を続けていけたらと思いました。

NHK盛岡放送局 大船渡支局
カメラマン 中本祐太
2019年 NHK入局。盛岡局を経て2021年11月から大船渡支局で岩手県沿岸部を中心に取材。地域に眠る魅力や知られざる人々の努力する姿を伝えていきたい。