医療的ケア児と家族 地域で支える

NHK盛岡
2022年10月5日 午前11:56 公開

「葵水(あおみ)という荷を背負いながら見た光景は、普通に暮らしてたら見られない光景だった」

自宅で看護を続ける父親のことばが胸に刺さりました。

人工呼吸器の管理など日常的に医療的な処置が必要な「医療的ケア児」は全国的に増えています。岩手県のまとめで、県内には250人以上いるとされています。

そうした子どもや在宅で看護をする家族をどう支えられるか。

岩手県沿岸部の気仙地区では医療だけでなく福祉や行政などが連携し効果的な支援につなげようという独自の取り組みが進められています。

(NHK盛岡 大船渡・陸前高田支局 記者 村上浩)

【娘と向き合う日々】

岩手県住田町の小向葵水ちゃんは3歳。人工呼吸器の管理やたんの吸引、経管栄養など日常的なケアが必要な「医療的ケア児」です。生後4か月の時に心停止の状態で病院に運び込まれ、治療の結果一命をとりとめましたが、低酸素脳症を発症。後遺症で首から下が機能に障害が残りました。以来2年以上、眠り続けています。

葵水ちゃんを自宅で主に看護するのは、父親の裕之さん(40)です。隣の大船渡市でリサイクルショップの店長を務めていましたが、小学3年生の双子の姉の世話もあり、仕事はアルバイト程度におさえて主夫業に専念。妻のはるかさん(39)と交代で看護にあたっています。

家の中で、裕之さんは、葵水ちゃんにとっての医師であり、看護師であり、そして医療機械を扱うCE=臨床工学技士にもなります。

最も気を遣うのが人工呼吸器の水滴です。溜まった水滴がカニューレを塞ぐと酸素が送られなくなるので、そばにいて機械のアラーム音に常に注意を払っているといいます。

「ゴミ出しはダッシュで。近所の人に会って話し込んでると葵水の場合は音が大事なのでずっと耳をすましてる。いまも乾燥機の音がしているのがすごくストレス。葵水の音が聞こえなくなる」(裕之さん)

裕之さんは娘が倒れたときに気づくのが遅かったのではという自責の念を抱えています。それだけに葵水ちゃんを含む家族と過ごす過ごす時間を大切にしたいと考えています。

「病院で妻と一緒に必死に声をかけました。『もしあおちゃんがパパとママを好きだっ  たら何とか頑張ってこっちで生きててくれないかな』と。両親として受け入れられてるとか許されてるとは思わないけど、看護師やドクターにしかやってもらえなかったことを全部、自分でできるという幸せを感じてる」(裕之さん)

【支えてくれる“見守り”】

そんな小向さん一家を支えるのが、主治医の大津修医師の訪問診療と地元の訪問看護ステ ーションを中心とした見守りです。「その顔を見ると肩の荷が下りるというか、すごく安心する」と裕之さん。大津医師はこの春まで県立大船渡病院の小児科長を務め、4月からは非常勤医師として働きながら院長を務める市内の小児科クリニックを拠点に医療的ケア児の支援に力を入れています。

小向さん一家が暮らすのは山あいにある人口5000人足らずの町。医療機関は県立病院附属の診療センター以外は皆無に近い状況です。だからこそ大津医師は、退院したあとに患者と家族をどうサポートしていくかが大切だと言います。

「患者だけでなく家族を見るのも大事。退院した後はおうちでやりっぱなしというのでは家庭ではメンタル的な部分も肉体的な部分も非常に大変」(大津医師)

訪問看護で葵水ちゃんを見ている住田町の訪問看護ステーションの所長、髙橋利果さんは「専門の研修を受けてスキルを向上させるのはハードルが高く不安もある」と話しますが、ケア児だけでなく家族も含めて支えていくことが大切だと強調します。

「(患者を)暮らしたい場所に連れて帰る。その生活を訪問看護師はしっかりと支えるという志と意気込みがいちばん大切」(髙橋利果さん)

【地域を巻き込んで支援】

医療資源の乏しい地域で、どう医療的ケア児やその家族を支えることができるか。住田町を拠点に進められているのが地域を巻き込んだ見守りシステム「小児科連携パス」の構築です。

葵水ちゃんのケースでは週に3回の訪問看護での状況を看護師が入力し、主治医がリア ルタイムで指示。訪問看護で得られるデータは町の保健師も共有しています。

また患者を一時的に預かる「レスパイト入院」も行っています。少しの間でも看護から離れることができるため、家族の心身のリフレッシュにもつながるといいます。

【職種を超えた連携】

住田町を含む気仙地区では、見守りシステムの構築と同時に、「医療」「福祉」「行政」「教育」などの分野で連携して医療的ケア児や家族を支援しようという取り組みも始まっています。

現在は、定期的に会議を開いて課題や情報の共有を図っています。9月20日に開かれたオンライン会議では、災害が起きた時の医療的ケア児の個別の避難計画をどのように策定するかも議題になり、患者や家族も参加し情報を共有しました。

大津医師は患者と家族の生活を支えるためにも、異なる職種による連携が不可欠と指摘します。

「患者家族の負担は計り知れない。医療側は福祉を知らない、福祉は教育を知らない、行政がどういう制度か誰も知らないのでは困る。一方で小児在宅医療を行う医師にはある程度の重症患者を診療した経験や地域医療に対する熱意が必要だが、医大などで専門医療を担当している医師や、中核病院で働く医師は地理的にも時間的にも在宅医療に対応する余裕はない。訪問看護師やリハビリ関係の職種の人材は不足しているうえ、ショートステイの施設などの支援体制も高齢者に比べて格差があり、人材の育成や制度の拡充での課題は多い」(大津医師)

【みんなが助けてくれる】

9月26日。2日前に3歳となった葵水ちゃんは、祖母からプレゼントされた服に袖を通していました。そこにやってきたの訪問看護師。特注のケーキがプレゼントされました。父親の裕之さんは愛娘の傍らで感慨深げに話しました。

「本当に大変なときから周りの人たちにお世話になって3歳まで生きられた。みんなが助けてくれるのは葵水が頑張っているからと思います」小向裕之さん

【取材後記】

小児の医療技術の進歩に伴って医療的ケア児の数は年々増加し、現在では全国で2万人を超え、岩手県の調査でもことし8月の時点で253人と4年前に比べ58人増えています。こうしたことを踏まえ去年9月に施行された「医療的ケア児支援法」に基づいて岩手でも9月に県の支援センターが設置され、家族からの相談に一元的に応じるほか、自治体との調整や支援に関する助言・指導、さらに支援にあたる人材の育成などに乗り出しました。

ただ葵水ちゃんの主治医の大津医師によりますと、県内の小児科医はさまざまな理由で余裕が無く、在宅医療を行っているのは大津医師ただ1人なのが現状です。また住田町の訪問看護ステーションの髙橋所長によりますと、各地の訪問看護ステーションは高齢者向けが大半を占め、小児を対象に訪問看護を行うためスキルを高めるのは改めて専門的な研修が必要になるなど、看護師にとっても心理的・物理的なハードルが高いとのことで、お寒い現状と言えそうです。

今回、小向家を取材してみて、葵水ちゃんの愛らしさと父親の裕之さんの「葵水は『社会的弱者』とされるけど、立場は弱いかもしれないが生命力は強い」葵水という荷を背負いながら見た光景は普通に暮らしてたら見られない光景だった」というみずからを奮い立たせるようなことば、さらに訪問看護師の髙橋さんの「生命を生産性だけで見て欲しくない」といったことばが胸に刺さりました。葵水ちゃんのような子どもたちや家族にとっての支援が今後、どのように進んでいくのか見つめていきたいと感じています。

盛岡放送局 大船渡・陸前高田支局 記者 村上浩

1992年入局。2012年から宮城・福島で被災地取材を続け、2020年から現任地。