震災11年 ピアノが運ぶ希望

NHK盛岡 菅谷鈴夏
2022年3月9日 午後0:33 公開

東日本大震災の発生から11年。

あの日、様々な人の思い出が詰まったピアノも、いくつも失われました。
 ピアノの音色が一度は聞こえなくなってしまった被災地。
それでも時が経つごとに、1つ、2つ、と少しずつ増えてきたその音は、大切なものを失った人たちにとって、大きな希望になっています。  

ピアノという希望を受け取った人たちと、希望を届け続けるピアニストの歩みです。

あきらめかけたピアノ教室 

陸前高田市のピアノ教師、鈴木和枝さんです。
三陸の海からの風を感じる自宅で30年以上ピアノ教室を開いています。

11年前、この教室は津波にのまれました。

鈴木さんが自宅の様子を見に行くことができたのは3日後。
目に飛び込んできたのは、壊れたグランドピアノでした。
もう弾くことはできない。そう分かってはいましたが、無我夢中でブルーシートで覆いピアノを守ろうとしました。  

鈴木さんは守ることができなかったピアノに「ごめんね、ごめんね」と何度も謝りました。

鈴木さん 「あのグランドピアノには思い入れがあったし、調律をしてもらったばっかりですごく気に入った音だったんですけど。ピアノを流されてしまった時点で、もうピアノを教えられないんじゃないかなって。」

教室の再開を諦めかけていた時、突然、鈴木さんのもとにグランドピアノが届けられることになったのです。

その送り主は、作曲家でピアニストの西村由紀江さん

震災直後から、被災地にピアノを届ける活動を続けています。

失ってからわずか5か月後に飛び込んできた、「ピアノを届けたい」という知らせ。
同じ時期、当時教室に通っていた生徒が全員無事だったこともわかり、「ピアノをまた教えてほしい」という声も届き始めていました。
鈴木さんは自宅の居住部分は後回しに、教室を急いで再建します。

そして、2011年の12月。

教室を再開。西村さんが運んだピアノを生徒達と迎えました。

ピアノが届いた日から、鈴木さんは、成長していく生徒たちのピアノの音色とともに日常を少しずつ取り戻してきました。

鈴木さん 「ピアノが弾けること、音楽ができるっていうのは癒しにもなるので。とても幸せなことだと思いました。ピアノがあるから私がいる。」

ピアノの力を信じて

西村さんは震災発生の直後から、全国から使われなくなったピアノの寄付を募り、被災地の家庭や施設に届けてきました。地道に続けてきた活動。これまでに届けたピアノは62台に上ります。

贈り先には必ず自らも足を運び、”弾き初め”として演奏も届けました。

活動のきっかけは、テレビで目にした陸前高田で被災した女の子のインタビューでした。

「取り戻したいものは?」という質問に、「ピアノ」と答えていたのです。

西村さん 「住むところもない、家族も失った人もいる、その中でピアノが欲しいって、そこの子の気持ちってどんなんだろうって、すごく心に残りまして、その瞬間にその子のもとへピアノを届けたいって。そこから始まりました。」

西村さん 「ピアノがあることでご家族のコミュニケーションが深まったりとか、ピアノの音色があることで気持ちが和らいだりとか、日常の中での役割を果たしてくれるとすごく嬉しいと思います。」

西村さんの思いの通り、ピアノが、家族にとって日常の1つになっている人もいます。

●**亡くした家族を胸に

 ~新たな家族と奏でるピアノ~**

陸前高田市で生まれ育った、金野達徳さんです。

金野さんは3人の娘たちがいる5人家族。その3姉妹もまた、ピアノが大好きです。

金野さんがピアノを始めたのは物心ついたとき。姉と弟と3人兄弟でピアノの練習を楽しんでしました。

しかし、11年前のあの日。

家族との思い出が詰まったピアノは自宅ごと津波に流され両親と姉を亡くしました。

金野さん 「今にして思えば、家族にとってはなくてはならないものというか、生活の一部として存在していたものかなと。」

金野さんのもとへ西村さんからピアノが届けられたのは2020年のこと。
高台に再建した自宅に迎え入れました。

そのピアノで金野さんの長女が弾き始めたお気に入りの曲『人形の夢と目覚め』。

それは、金野さんの亡き姉も小さいころよく弾いていた曲でした。

金野さん 「姉ちゃんを超えていったら自分は1個上のレベルなのかなという思いで、楽しんで夢中になって弾いてた頃なんかを、娘が弾いているのを見て思い出します。不思議な縁があるなと思った曲ですね。」

実家にあったピアノを3兄弟と両親、家族5人で囲んだ日常。

今は新たなピアノを3姉妹と妻、家族5人で囲むことが日常の一つになっています。

「自分の姉と弟と一緒に囲んだあのピアノと、いま娘たちと囲むピアノは年月が30年ぐらい違うんですけれども、同じような価値として、生活の一部として、もう本当に欠かせないものになっているかなと。」

金野さんが最近よく弾く曲の1つが、西村さんが作った『誕生』という曲。

金野さん 「震災から1年後の長女を皮切りに3人、娘が生まれたので、自分が抱っこしたときの何とも言えない感動というか、感覚ですね。すごく大事なものをそっと抱くような感じの、柔らかいイメージ。」

息の長い支援を、ピアノで。

西村さんは震災以降、毎年3月11日に被災地での演奏を続けています。

11年のことしは、大槌町で行われる岩手県と合同の追悼式での献奏。

その前日の3月10日には、大槌町民に向けた復興支援コンサートを開きます。

西村さんはこれからも、被災地でのつながりを大切に、ピアノがもつ力を信じて歩み続けます。

西村さん 「もちろんすべてが復興しているわけではなく、まだまだという面もあると思います。でも、人の気持ちってこんなに前向きになれるんだとか。ピアノの可能性っていうものを追求していきたいですし、ピアノを通じていろんな人に出会えることを、1つ1つ味わっていきたい。今そんな気持ちです。」

取材:NHK盛岡放送局アナウンサー 菅谷鈴夏