毎年7月、全国の高校で大量の紙が印刷されているのを、ご存知でしょうか?
高校生の就職活動は、この令和の時代にびっくりしてしまう“超アナログ”な方法で行われています。高校生の就活を長年取材している髙橋広行記者が解説します。
2022年7月12日『おばんですいわて』で放送 放送時の情報を基に構成
※このページの一番下から放送動画をご覧いただけます。
●高校生は救世主?
-超アナログって何ですか?
髙橋)
本題の前に、高校生向けの求人数の推移を見てもらいましょう。
人出不足を背景に、高校生の求人はコロナ禍前まで急激に伸びていました(県内では震災からの復興事業も影響しました)。
少子化で大卒を採用するのが難しくなり、大手も中小企業もこぞって高校生に注目していったからです。採用市場では「人手不足の救世主」とか、まだ採用できる余地が残されているという意味で「ラストフロンティア」とも呼ばれるようになりました。
岩手県内でも、特に2019年3月卒は、北上市の半導体工場からまとまった求人があり、およそ6500人とピークに。これは2009年3月卒の3倍にあたります。
その後、コロナ禍で、いったん落ち込みますが、やはり人出不足は解消できず、昨年度は少し回復します(2017年3月卒と変わらない高水準に)。
さらに、ことしは6月の1ヶ月間だけで、5105人の求人が受理されました。
岩手労働局の担当者によると、このあとの上積みも考慮すると、昨年度からさらに伸びることが見込まれているといいます。
-求人状況は、高校生にとって悪くはないということ?
髙橋)
はい。少子化も進んでいるので、むしろ選択肢は多いと思います。
その上で、国などが定めている高校生の就職活動のスケジュールをおさらいします。
●就職戦線異状あり?
7月1日が求人情報の解禁で、9月5日から企業への応募がスタートします。
-2ヶ月で準備すればいいんですね。夏休みもあるし、じっくり考えられそう。
高橋)
いやいや、甘いです。
実は、夏休み中は、職場見学をする時期になっています。
県内の高校では、1人あたり1~3社程度の見学先を生徒に決めてもらいます。
見学をもとに、生徒たちは企業を決め、高校を通じて応募しますが、見学先を決める締め切りを、1学期末・夏休み前にしているところが、ほとんど。
つまり、求人が解禁されてから3週間ほどで、志望を絞り込む必要があります。
-かなり短い!
髙橋)
しかも、高校生の就職活動は、当面の間、原則「1人1社」しか受けられないという、国などが定めた独特のルールのもとで行われます。
たくさんの企業を並行して受験できる大学生と違って、1つだけに決めなくてはいけません。
これは、もとをたどれば戦時中にでき、高度経済成長期に確立されたルール。いわゆる「集団就職」で大きな役割を果たしました。学業への影響を考慮し、企業も採用しやすくなるメリットがありますが、生徒たちからは「1社に絞り込むのは難しい」という声も聞かれます。
-確かに、大学生のような就職活動を高校生に求めるのは酷ですが、決まり事がかなり多いなと感じます。
髙橋)
もちろん、去年やおととし出ていた求人は参考にできますが、時間は限られますよね。
ただでさえ大変なのに、この令和の時代にびっくりするようなアナログな方法が、現場に残っていて、生徒も就職指導にあたる先生たちも苦労しています。
-やっと本題。引っ張りますね。どういうことですか?
●4000枚の紙の束
髙橋)
今回、取材に協力してくれた、滝沢市の盛岡農業高校です。
通称”盛農”は、就職する生徒が多いことで知られ、ことしも全体の3分の1にあたる50人以上が就職を希望しています。
就職指導にあたる藤本正彦先生に話を聞くと、見せてもらったのが、こちら。
ドサッ
藤本先生
「これが去年受け付けた求人票です」
髙橋)
高校生の就職活動は、ハローワークが受理した求人票を見ることから始まりますが、この高校では毎年、800件以上もあるといいます。
-そもそもことしは募集をしているかどうか、どういう条件なのか、この求人票に情報が詰まっていると。でも、この多さは、大人の私でも心が折れそう。
髙橋)
私もそう思います。
この高校では、教員や県の就業支援員が、生徒が少しでも探しやすいように毎年、紙の求人票を1枚1枚めくりながら、パソコンで目次をつくっていました。
ただ、数が多過ぎて、業種や就業場所を拾い上げるのが精一杯。
給与など細かい情報は拾い切れていないということでした。
さらに求人票は、5クラスあるすべての教室に、いきわたるよう、大量にコピーをします。
その数、なんと…
4000枚です。
丸2日間、印刷機はこのためだけに稼働しっぱなしです(求人票は時間差で増えるので、一度にまとめて800部を刷れない問題も)。
-ひえー。とんでもない量ですね!
髙橋)
こうした準備を終えて、ようやく生徒たちは求人票が見られるそうで、7月1日当日は、求人票が見られない高校も少なくないんです。
藤本先生は「毎年、毎年、とにかく手間がかかります。求人もかつてより相当に増えているので、生徒から『同じような条件・業種の求人は他にありませんか』と言われた時に、ぱっと対応できないのが、もどかしい。ペーパレスの時代に紙もかなりもったいないと感じています」と話していました。
程度の差はありますが、これは全国の高校現場で毎年起きている問題です。
もちろん、進路指導担当の先生たちも、ふだんは授業やテストづくりがありますし、企業の個別訪問を受けることも多いです。忙しい中で、こんな事務作業に追われているのが実情なのです。
●立ちはだかる壁
-でも、いまどき、なんでこんなことになっているんですか?
高橋)
いい質問ですね。様々な事情がありますが、厚生労働省や専門家にも取材した結果、3つあげたいと思います。
1つは、IT化への遅れ。
コロナ禍で進んだ面はありますが、これまで高校全体のIT化が遅れに遅れていて、国もそこへの予算配分や支援をせず、先生たちが従来のやり方を続けざるを得なかったというのが1点。
2つ目は、実は、ほとんどの求人票は厚生労働省が運営する「高卒就職情報WEB提供サービス」というサイトに登録され、閲覧もできます。ところが、国が情報管理を厳重にし過ぎているせいで、利用に必要なIDとパスワードは先生が管理。生徒は自由に見られないケースが多いのです。
3つ目は「指定校求人」の存在です。
高校生向けの求人には「指定校求人」と言って、企業が「あなたの高校から採りたい」と特定の高校を指定して採用する方法があります(これも独特ですよね…)。こうした求人は、そもそもWEBサービスには載せられないシステムになっていて、あくまで紙でしかやり取りができないのです。
-壁だらけではないですか!システムを変えるにはお金もかかるとはいえ、これからもずっとこのままでいいとは思えません。
●6人に1人が1年以内に辞めている
髙橋)
弊害も指摘されています。高卒人材の最大の課題は、離職率の高さです。
こちらは、就職から3年以内・1年以内に離職した割合を示したグラフ。
緑が大卒、赤が高卒となっています。どちらも大学生と比べて、高いですよね。高校生は6人に1人以上が1年以内に辞めている計算になります。
在学中に十分な情報を得られないことが背景にあると指摘されています。
-離職は転職もあるでしょうから、全部が悪いとは言い切れませんが、生徒の希望と企業が求める人材像、マッチングがうまくいっていない面もありそうですね。
髙橋)
ですが、ことしから状況が変わりつつあります。
再び、盛岡農業高校の現場です。
●紙よさらば ようやくデジタル
求人解禁直前の6月末、藤本先生は、ある説明会を開いていました。
「ここをクリックすると、求人票そのものがPDFデータで見られます」 「フリーワードに販売とか事務とか入れてみて」
今年度から民間のサービスを導入。
求人票を生徒個人のスマートフォンで見られるようになるというのです。
-待ってました。民間の知恵ですね!
仕組みは意外と簡単。
求人票を複合機でスキャンすると、専用のWEBサービスが各項目を文字データに変換してくれます。
管理はインターネット上で行え、業種や就業場所、給与のほか、キーワード検索も可能です。企業のホームページにもすぐに飛べます。
「閲覧数」もカウントでき、どの求人がよく見られているかが先生も生徒も一目瞭然。気になった求人は「お気に入り」に登録でき、先生から生徒に合った特定の求人を案内(メンション)する機能もあります。
-単なるデータ化だけでなく、生徒の関心・チェック状況もわかるのは便利ですね。
自宅でも気軽に見られるのが大きな利点です。
生徒たちに反応を聞いてみると…
-評判は上々ですね。利用料が気になりますが、やっぱりちょっとお高め?
髙橋)
いえいえ、高校も生徒たちも無料で使うことができます。企業側にこのページの中で、採用広告を出してもらうことで運営費を確保しているそうです。
藤本正彦先生
「これまでは、求人票の1枚目から漠然と見ていく生徒もいたので、マッチングが進んで、願わくば、県内企業に本校の人材が残ることによりつながっていければいい」
-利用は全国にも広がっているんですか?
髙橋)
はい。このサービス、去年12月から提供が始まりました。岩手県内ではまだ2校ですが、全国42都道府県の370校に広がっています。
サービスを提供する会社の担当者は。
スタジアム 鶴田真也リーダー
「既存のシステム組み合わせているもので、技術的には真新しいものではありません。ただ、先生が抱えている課題に対して、アプローチしている仕組み・サービスが、いままでほぼなく、先生たちも例えば『こういうのが欲しいから作ってよ』と民間企業を頼る機会もなかったので、それが利用の広がりにつながっていると感じます」
「先生が事務作業に多くの時間を持っていかれているのが問題で、それから先生たちを開放してあげて、生徒たちがよりよい就職活動をするにはどうしたらいいか、というところに時間・心の余裕を割けるようになると、高校生の就職活動、よくなっていくのではないか」
-「比べて選ぶ」ことが、あたり前のようにできるといいですね。
●準備・助走期間をつくって
髙橋)
専門家にも話を聞きました。
リクルートワークス研究所・主任研究員の古屋星斗さんは、こうしたツールをより生かすために、高校での就職活動の準備期間・助走期間をきちんと設けることが必要だと指摘しています。
リクルートワークス研究所
古屋星斗 主任研究員
「どういう基準や観点で企業を選んだらいいか、生徒がものさしをつくることが、さらに重要です。具体的には、1年生・2年生から社会人との対話の機会や就業体験・インターンシップを重ねることです。忙しい高校現場からは、これ以上、仕事を増やさないで欲しいという声も聞こえてきそうですが、社会や企業との接点が増えた方が、勉強へのモチベーションも高まるという調査結果も出ています。就職指導を担当する先生が、外部の人材や民間サービスを活用して、こうした取り組みが進められるよう、国・行政には検討が求められます」
●取材後記
高校生の就職活動について、私が本格的に取材するようになったのは6年前です。ある採用支援会社の人に「報道機関にいる人はみんな大卒なので、高卒の就活環境については知識がなく、独特なルールが多過ぎて、理解してもらえない問題が多い」と言われ、火がつきました。
当初は「1人1社制」が全く理解できず、「受験先を複数選べないなんて、職業選択の自由に反している!」と、少々過激な問題意識も持ちましたが、「とても複数受験する余裕はない」とする高校生の声を聞いたり、様々な業務に追われながら孤軍奮闘している先生たちの状況を目の当たりにしたりして、有効に機能している面もあることを知りました。ただ、全国の高校生たちが、十分な知識を得ていないまま、かなり制限された環境で就職活動をしていることも、大きな事実だと感じています。
6年前と比べると、“高卒就活”を取り上げる報道はかなり増え、国の議論も活発になっていますが、この“沼”に足を突っ込んだ以上、さらに取材を続けたいと思います。
NHK盛岡放送局
記者 髙橋 広行
埼玉県川越市出身。2006年NHK入局。広島局、社会部、成田支局を経て2019年から盛岡局。家庭では、7歳と5歳の暴れん坊(甘えん坊)将軍の父親です。
学校に取材に行くと、記者を志す前は、教師になりたかったことを思い出します。
**あ、岩手の学校関係者のみなさん、いつでも出張授業に参りますので、呼んでください!
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●放送された動画はこちら↓
(放送から約2ヶ月間掲載されています)