「歩き方」で認知症の兆候を早期発見

NHK
2023年1月11日 午後7:02 公開

調査方法は「歩くだけ」

去年12月に一関市内の公民館で、ある調査が行われました。調査方法は、高齢者が腰にスマホを付けて床の線に沿って歩いて1周するだけの、ごく簡単なものです。

スマホ画面

歩き終わると、スマホに数字が表示されました。高齢者はスマホの数字を見てほっとした様子です。この調査、一体、何を調べているのか?実は認知症の兆候を「歩き方」から早期に発見しようというものなんです。

調査を行っているのは一関工業高等専門学校の鈴木明宏教授の研究チーム。「歩き方」に認知障害の兆候が出ていないかをスマホの中にあるジャイロセンサーで感知し、AIで解析してスマホの画面に点数化して表示されます。満点は30点で、25点以下は初期の認知障害の可能性があることがわかる、というものです。アプリとしてスマホに入れられたこの装置、結果が点数化されて表示されることで初めての人でもわかりやすさは抜群です。

兆候を解析するのはAI

なぜ、「歩き方」で認知障害の兆候がわかるのか?鈴木教授によれば、認知症になると歩いている場所が安全かどうか予測できずによろめいたり、また歩幅が狭くなったり、すり足になったりするなどの特徴が見られるということです。そこで鈴木教授は、以下のような仕組みを考えました。①歩いている時のスピードや歩幅、腰の動きなどをスマホに内蔵されているジャイロセンサーで感知②感知したデータはスマホを経由して研究室のサーバーに届き、③数値をAIで解析して「健康な人の歩き方」にどれだけ近いかを点数化してスマホに表示する、というものです。

鈴木教授の研究チームは去年、全国の高等専門学校が参加した全国高等専門学校 ディープラーニングコンテストで、最優秀賞に選ばれました。研究チームが企業として事業化した場合、10億円の価値があると評価され、これまでの大会で最も高額の評価を受けました。鈴木教授は評価について「大がかりな装置を使わず日常生活の中で手軽に測定が可能、ということが大きかったのではないか」と話していました。

早期発見の重要性

人が歩く時の動きなどを数値化する研究に長年、取り組んできた鈴木教授。歩き方で認知障害の兆候を見つけるというアイデアに出会ったのは30年ほど前でした。

(写真③:鈴木教授)

(医学部の先生に)『歩き方で認知症もわかりますよ』というような話をされて、そこから『じゃあ一緒に共同研究しましょう』ということで始まったものです」。

では、健康な人と認知障害がある人とでは、どれだけ歩き方に違いがあるのでしょうか。

(写真:比較データ)

歩いている時のスピードや歩幅、腰の動きなどの変化を3次元でとらえて解析し、歩き方の違いを視覚化したデータの写真です。写真左が健康な人、右が認知障害がある人のデータです。左側の健康な人は歩き方に規則性があります。一方で認知障害がある人は大きく乱れていて、まさに一目瞭然です。AIを使った解析によって格段に進歩した手法を使い、調査を手軽に行えることで、兆候を早期に発見できるように研究を重ねてきました。

ではなぜ、早期の発見が必要なのか。鈴木教授と長年、共同研究を行ってきた認知症予防の専門家で、福岡教育大学の中村貴志教授に話をうかがいました。

(写真:中村教授)

中村教授によると、認知症は症状が軽い段階では改善した例もあるということで、その上で中村教授は今回の研究について「従来、私たち研究者サイドが使う装置というのは、どうしても使い勝手が悪かった。そのあたりをかなりコンパクトに軽量化しながら使い勝手の良いものに工夫してくださってるんじゃないかと思います」。「重要なことは、本人が自分の健康をモニタリングしながら自分で改善していく、取っかかりを作っていくというのが、とても重要。ある程度、長期的に自分の習慣にしながらというのがとても大切なことだと思います」と話しています。

装置の小型化で調査拡大も

現在、鈴木教授のチームが開発を進めているのが、スマホよりさらに小型化したセンサーです。

(写真:新型)

3Dプリンタで試作中の新型センサーのケースの大きさは、消しゴム程度。このケースにセンサーが収まるように設計されていて、得られたデータをスマホ経由でサーバーに送って、AIで解析する仕組みは同じです。大きく違うのは、一日中、身につけていても気にならないサイズになったこと。

(鈴木教授)「スマホだと、ちょっと邪魔になるので、もっと小さいものを身体につけて、測定できるようにしようと考えました」。

この新型のセンサーを使って、4月からは調査対象をおよそ1000人に増やしてデータを収集し、さらに精度を上げていく計画です。

一方で鈴木教授は、こうした機器の実用化によって高齢者の歩く習慣にもつながるよう期待しているといいます。歩いたり体操をしたりする有酸素運動によって、脳を活性化し予防につながるからです。

(写真:鈴木教授2)

(鈴木教授)「歩くことが認知症の予防につながるので、測ることを目的にしないで、歩くことを目的にして歩いてもらえば。そのご褒美として『結構、数値が良くなったな』というのが最後に分かればいいのかなと思います」。

(写真:調査風景)

高齢化が進むなか、認知症は再来年の2025年には「65歳以上の高齢者の5人に1人がなる」とされていて、誰もが関わりを持つ可能性があるとも言われています。取材した私自身も年々、心身共に衰えを感じてきているだけに、こうした機器の普及で手軽に調査が行える時代が、すぐそこまで来ていることに驚きを感じるとともに、進歩の恩恵に感謝せずにはいられません。(取材:盛岡放送局 志子田仁人記者)