県が新たな被害想定 東日本大震災超す7100人の死者想定

NHK盛岡 記者 渡邊貴大
2022年9月22日 午後9:33 公開

東日本大震災で震災関連死も含めて5145人が犠牲となり発生から11年半が経過した今も1110人の行方がわかっていない岩手県。

次なる巨大地震と津波が発生した場合に被害はどの程度出るのか。

県は9月20日に「日本海溝」や「千島海溝」などで巨大地震と津波が発生した場合の市町村ごとの新たな被害想定を発表しました。東日本大震災での状況を踏まえて、発生後すぐに、およそ半数の人が避難するという想定でも、震災の犠牲者を800人余りも上回る7100人が死亡するおそれがあるとしています。
一方で、適切な避難を心がけることでより多くの命を守ることができるとして、避難場所の確保や防災訓練などを通じた意識の向上などが重要だとしています。

命を守るために取り組むべきことは何か、解説します。

2022年9月20日「おばんですいわて」で放送
※放送動画はこのページの一番下からご覧いただけます。

▼“浸水想定”と“被害想定”

 11年前の東日本大震災では、それまでの想定を大きく上回る被害が発生しました。
この被害を踏まえて国は、「日本海溝」や「千島海溝」などで巨大地震が起きた場合に、どれだけの高さの津波が発生し浸水するのかを示した”浸水想定”をおととし(2020年)公表しました。

 これを受けて岩手県は、より具体的な市町村別の”浸水想定”を作り、ことし3月に公表。
沿岸市町村の各地で住民を対象にした説明会が開かれています。

 一方、国は去年12月には同じ「日本海溝」と「千島海溝」での巨大地震で、津波が起きた場合、どれだけの人が亡くなったり建物が壊れたりするのか示した”被害想定”も公表しました。

想定には、

  • 津波で浸水する範囲を示した”浸水想定” と、

  • 浸水などでどういった被害が出るかを示した”被害想定” があるのです。

県が想定する3つの巨大地震

県が想定する3つの巨大地震

 今回発表された県の「被害想定」では

①岩手県の沖合から北海道の南にかけての「日本海溝」

②千島列島から北海道の沖合にかけての「千島海溝」

③東日本大震災と同じ規模の「東北地方太平洋沖地震」の3つの地震で、

 死者や建物への被害がどれだけ出るかが示されています。

岩手県 津波 被害想定

3つのケースはさらに「冬の深夜」「冬の夕方」「夏の昼」と異なる季節や時間帯の3つのパターンで被害を算出していますが最も多くの犠牲者が想定されたのが「日本海溝」のおよそ7100人。このうち7000人は津波による犠牲者です。次いで「東北地方太平洋沖地震」「千島海溝」を震源とする地震でも1800人の犠牲者が想定されています。

初の自治体ごとの詳細な被害想定

今回の被害想定では、初めて市町村ごとの被害がまとめられています。 

 「日本海溝」「千島海溝」「東北地方太平洋沖地震」でそれぞれ犠牲者が最多となる想定を市町村別に見ていきます。

日本海溝 地震 被害想定

①日本海溝は「冬の夕方」に発生した場合です。

 震源からの距離が近いため沿岸北部で甚大な被害の発生が見込まれ

 久慈市が最多の4400人、宮古市2100人、釜石市が220人で

 ほかの9市町村は100人未満で陸前高田市は5人未満となっています。

②東北地方太平洋沖地震は「冬の夕方」に発生した場合です。

 日本海溝のケースと同様に宮古市や久慈市で多くの犠牲者が出るとされていますが

 沿岸南部も増えています。

③千島海溝も「冬の夕方」に発生した場合です。

 久慈市と宮古市に被害が集中していえる想定です。

 ②東北地方太平洋沖地震と①日本海溝を比べると沿岸の8市町村では①より犠牲者が

  増えています。これについて岩手県は

 「国の地震調査研究推進本部の長期評価ではM9程度の東北地方太平洋沖地震は

  “50年以内の発生確率がほぼゼロ”とされていて発生頻度から考えると

  『日本海溝モデルでの対策を進めるほうが優先度が高い』」と説明しています。

東日本大震災の死亡・行方不明

ことし8月末時点の東日本大震災の犠牲者・行方不明者数と県が公表した新たな被害想定を比較すると久慈市などでは甚大な被害が想定されていることがわかります。

▼甚大な被害抑えるポイントは「早期の避難」

国と県の被害想定の比較

ところで去年12月に発表された国の被害想定では、最悪のケースで岩手県内では1万1000人が死亡するとされました。

一方、今回の県の発表では最悪で7100人が死亡するとされています。

国の想定と比べると35%近く犠牲者が少なくなりましたが、この差は地震発生後すぐに避難する人がどれだけいるかとする割合が県と国では異なるため違いが出ているのです。

今回、県はすぐに避難する人の割合を東日本大震災の実績を踏まえて「54%」としました。先に発表された国の想定は、すぐに避難する人の割合を、過去のさまざまな災害での避難の状況を踏まえて「20%」と見込んでいます。逃げる人が多い分、県の被害想定のほうが犠牲者の数は少なくなります。

発生後の早い避難が命を守ることにつながる

上の表では、早く避難する人がどれだけいるかによって、死者数がどう変わってくるかの想定をまとめました。早く避難する人の割合が多ければ多いほど、死者数を減らすことができるという結果となっています。   

仮に国と同じく、すぐに避難する人が20%しかいないとした場合、亡くなる人は最悪で1万5000人余りに達するおそれがあるとしています。    地震発生後、7割の人がすぐに避難を始めた場合、死者数は今回の想定の61%まで減って4300人になるとしています。

もし、全員がすぐに避難を始めたとしたら、死者数は35%にまで減って2500人になり、さらに駆け足で逃げるなど避難の速度を上げれば、死者数は900人ほどと、9割近い犠牲を防ぐことができる見込みです。

つまり、いかに早く避難するかにかかっているとも言えます。

【災害情報・避難行動に詳しい東北大学の佐藤翔輔准教授】

  「対策をすればこれだけ被害が減らせるというのを地域や自治体全体で共通の目標として認識できるという意味で、今回の被害想定には大きな意味がある。まずやらなければならいのは、地域にいるみなさんになるべく多く参加してもらう形での避難訓練だ」  

想定では建物への被害も

 地震による被害は多岐に及びます。岩手県では、建物への被害の想定も公表。死者数が最も多くなると想定されている日本海溝で冬の夕方に地震が発生した場合には、全壊する建物が県全体で3万1000棟あまりにのぼるおそれがあるとしています。

要因はさまざまですが津波が2万7000棟と全体の9割近くを占めています。

建物被害も市町村別にまとめて初めて公表

 津波による建物被害を沿岸の市町村別に見ていくと、

宮古市が最多の9600棟、久慈市が8200棟、釜石市が3700棟とされていて

犠牲者が多く出ると想定された自治体で多くなっています。

さらに山田町、洋野町、野田村が1000棟以上となっています。

ライフライン 停電 経済被害 避難者

このほかライフラインなどにも深刻な被害が出ると想定されていて

地震の発生から1日経ってからの避難者は5万4000人に達し、直接的な経済被害は

岩手県の2022年度一般会計(約7922億円)の3倍以上の2兆7000億円に上るとみられています。

▼沿岸の自治体の受け止めは

 市町村別の詳細な被害や早期避難によって大きく変わる被害が示された県の被害想定について、沿岸部の自治体はどのように受け止めたのか。甚大な被害が想定されている久慈市と宮古市に聞きました。

久慈市 遠藤譲一市長

【久慈市 遠藤譲一市長】

非常に戸惑っているのが率直なところだが、いつかこうした巨大地震と津波がくるかもしれないとなると、対策は当然講じていかなければいけない。自分はこの建物に避難するのだと1人1人が日頃から確認しておくことが大切で、そこまで行くにはどれくらいの時間がかかるのか、どうすれば一刻も早くそこの建物に駆け上がることができるのかと、ふだんから訓練してもらいたい

宮古市 山崎正幸 危機管理課長

【宮古市 山崎正幸 危機管理課長】

避難に時間のかかる場所があるのかもしれないということで、逃げる人に意識を高めてもらうための数字であるように感じた。想定される死者をゼロに近づけるために、垂直避難できる場所を今後確保していくことが求められると思う

 また、住民でつくる宮古市の防災会の担当者からは、今後は、ひとりひとりの意識を高めていくことが課題になるという声が聞かれました。

小山田防災会 山崎一美 会長

【小山田防災会 山崎一美 会長】

これだけの方が犠牲になる可能性があると言うことを皆さんが認識できた。発表されただけで終わったのでは何の意味もないと思うので、津波避難訓練の時には参加するとかそういうことに気持ちを向けてもらえれば少しは役に立つのかなと言う風に思います

▼1人でも多くの命が助かるために

 今回の被害想定の発表も踏まえ、県は今後、住民と行政、それに国が一体となって
▽1人1人の避難に対する意識を向上させていくことや
▽地域に避難ビルや避難タワーなどを整備し、避難にかかる時間を短縮するといった取り組みを進めていく必要があるとしています。

県の達増知事は

「被害をより少なくするために防災・減災対策を市町村と連携して進めていきたい。

 今なお東日本大震災からの復興に取り組んでいる沿岸市町村にとっては

 さらなる津波対策が財政面で大きな負担になっていく」と話していて

 他の道県とも連携しながら国に対して引き続き既存の交付金の拡充や

 新たな財政支援制度を要望していく考えを示しています。

 一方で、今回の想定は国の想定と同様、震災後に整備されてきた防潮堤などの効果を考慮していない、最悪のケースを念頭に置いたものです。
 県の専門委員として被害想定のとりまとめにあたった岩手大学の齋藤徳美名誉教授は次のように話し、より現実的な想定で避難を考える必要があると指摘します。

 こうした対策は「行政まかせ」や「住民まかせ」の考え方では進んでいきません。明日起きるかも、数十年後に起きるかもわからない巨大地震に備えていくためには、それぞれが主体的にできることを行ったうえで、行政と住民が連携していくことでより多くの命を守ることにつながると思います。

取材後記

 初めて自治体ごとの詳細な被害がまとめられた岩手県の被害想定。情報量としては多くなりますが、より多くの方に「わがこと」として感じていただきたいと思い、具体的な数値を多く示しました。県や去年の国の被害想定には「あの未曽有の東日本大震災を超える被害が出てしまうのか」という衝撃を受けました。震災から11年半が経過し、岩手県の沿岸部には震災前にはなかった見上げるほどの高さの防潮堤が整備されています。ハード面の整備は進みましたが、ことし1月に沿岸に津波警報が発表された際の避難率は、わずか4%でした。

どのようにお伝えすれば、より多くの人の命を守るための避難や行動につなげられるのか。今回の県の想定は私たち報道機関にも対応を再考しなければならないものだと感じました。
災害が起きたらすぐに避難することを徹底する。巨大地震とそれに伴う津波はいつ起きるか予測が難しいのが現状です。だからこそ、今回の被害想定を災害への備えを改めて始めるきっかけにしてほしいと思います。

取材 渡邊貴大

2013年(平成25年)入局

福島局や広島局などで災害や経済を取材。

盛岡局では県政を担当

出身はお隣、秋田県。