町で唯一の高校が無くなってしまうかもしれない。
そんな危機感を抱き町をあげて高校の魅力アップにとりくんでいるのが、岩手県住田町です。町の総面積の90%が森林という山あいの町、そして高校が連携して始まった取り組みに密着しました。
【ユニークな授業】
岩手県住田町にある県立住田高校で行われた1年生の特別授業。まちづくりなどさまざまな分野で活動する先輩と車座になって意見を交わし地域の魅力や課題について考えました。
この授業は「地域創造学」と呼ばれるカリキュラムの1つです。地域について学びを深め町の将来を担う人材育成を目指し、町内の小中高校で子どもたちの成長度合いに合わせて探求を深めてもらう町を挙げたユニーク取り組みです。
女子生徒
「高校生と大人とでは地域の課題についての考えが違うと勉強になりました。自分は住田の自然が好きなので気仙川のゴミのポイ捨てを何とか解決したい」
【深刻な生徒減少】
ユニークな取り組みの背景には深刻な少子化があります。
山あいにある住田高校は全校生徒75人。近年は定年割れが常態化し、平成27年からは1学年1学級に。今年度の入学者は19人と募集定員40人の半分を割り込みました。
県の高校再編計画では1学年1学級の小規模校の場合、直近の入学者が2年続けて20人以下となった場合、「原則として」翌年度から募集停止、統合について協議に入るとしています。
住田高校 小山秀司校長「少子化が続き地元の中学生が減っていく中、去年は新型コロナの影響で文化祭などが制限され上、中学生を対象にした体験入学も台風の影響で中止になるなど住田高校をPRする機会が極端に減ったことも響いている。来年度は何としても21名以上集めたい」
危機感は町役場も。
町内唯一の高校である住田高校の存続は町の将来にも影響が出かねないといいます。
住田町教育委員会 松高正俊教育長「住田高校があることによって町でずっと暮らしたいという子どもとか大きくなっても町に関わりたいとか地元で学ぶことによって愛着を持つという教育をしているので将来の人口定着につながる。高校がなくなると15歳から18歳までの子どもが日中、町からいなくなるのは町の将来にも影響が出る」
【“魅力化”構想とは】
こうした危機感を背景に今年度からスタートしたのが「住田高校魅力化構想」です。
高校と町、地域住民が連携し、地域創造学の推進などを通して高校生が生き生きと羽ばたける町を目指そうというプロジェクトです。
その拠点が高校の敷地内に設けられた「住高ハウス○○」。ここには町が配置した教育コーディネーター3人が常駐し生徒の学習や社会参加をサポートしています。
放課後のハウスでは、英検の模試に取り組む生徒がいる一方で、自由なスタイルで書き初めを披露したり、仲間とゲームをしたりと、生徒たちは思い思いに過ごしています。
生徒からは「居心地がよい」「コーディネーターは安心できる存在」との声も。
教育コーディネーター 小向はるかさん(英会話講師や町の観光協会での勤務経験あり)
「ちょっとしたアドバイスをするときは『私はこうだったよ』と話すけど、『こうしなさい』とは言わない。親でも教師でもない1人の社会人として関わるというのが『ナナメの関係』の良さではないかなと感じます」と話しています。
コーディネーターはそれぞれの経験を元に生徒をサポートします。
ビジネス系専門学校の教員や小学校の学習指導員を経験した佐藤範子さん。
この日は地域創造学の授業で探求テーマの発表会に向け準備する生徒1人1人にアドバイスしました。
野球部の生徒は町に1軒しかないイチゴ農家の取り組みを広くPRしたいと考える生徒はイチゴジャムを作って地元の中学校のパン給食の日に食べてもらってアピールする計画について意欲的に語り、佐藤さんとスケジュールを確認しました。
教育コーディネーター 佐藤範子さん「原石だったような子がキラキラ輝き出します。私たちだけじゃなく地域との関わりで生徒が成長していくのを間近に感じています」
自由な発想でイベントも企画します。
滋賀県出身で海外でのボランティア経験のあるコーディネーターの國廣朱音さんが企画したXマスパーティーは“英語しばり”。
生徒たちは英語でクイズや軽食の注文を練習してみたりと楽しみながら英会話の練習を重ねました。
参加した2年生の生徒は「授業とは違った英語の使い方だったり会話の仕方だったので楽しかった」と満足そうでした。
教育コーディネーター 國廣朱音さん
「自分が喋って通じるという経験が次につながると思います。関西の都会の子に比べると、こちらの若者は素朴で素直だと感じますが、やりたいとか諦めている部分があるかなとも感じていて、それを引き出してどう自分のよい所を引き出すかにやりがいを感じます」
【地域とのつながりも強化】
時には校内を飛び出して地域へ。
この日、小向はるかさんは生徒を連れて公民館に向かいました。
そこで開かれたのは地域の小学生のお楽しみ会です。高校生との交流機会を増やしたいという地域からの要望に応えボランティアとして参加しました。
生徒たちは率先して子どもたちと交わり賑やかな会に。ふだんの高校生活だけでは味わえない出会いの場で、新しいことに一歩踏み出せる環境作りが生徒の成長につながると言います。
教育コーディネーター 小向はるかさん「町内にせっかく高校生がいるのに、ふだん関わる事がないという小学生からのニーズがある一方で、高校側も子ども好きだったりお世話をしたいという生徒がいてもなかなか機会がなかったので、地域と調整して実現したもので、ことし3回目になります。こういうボランティアに参加すると自分のやったことに対してありがとうと言ってもらったり子どもたちが楽しかったと無邪気に喜んでくれた人がいる。参加する前と後では生徒の顔が全然変わります」
少子化の中でどう生徒数を確保をするかは難しい課題ですが、地域と学校が連携して魅力アップをはかる取り組みは新しい高校のあり方を感じさせます。
住田町では今年度予算の中から給食の無料提供や通学費の補助、生徒の海外派遣費用、それに3人教育コーディネーターの人件費に至るまで県立の住田高校に対する支援におよそ2800万円を支出する見込みで、今後もこうした支援を継続したいとしています。
住田町教育委員会 松高正俊教育長
「ほかの学校にはない教育コーディネーターのサポートを受けて何かにチャレンジしたいという雰囲気の生徒たちが増えていると感じている。魅力化構想の検証や改善を進め磨きをかけるとともに今後は県外からの留学という形で生徒の受け入れも検討したい」
住田高校 小山秀司校長
「ウチの生徒は県内の高校でも1、2を争う成長度があると考えている。住田高校の良さを広くPRして進路選択の1つに入れていただきたい」
【取材後記】
住田高校は東北を代表する清流・気仙川沿いの山あいにあります。今年度からは規定の制服を廃止し、紺色ジャケットの下に白のワイシャツというルールを守ればあとは自由という「パーソナルユニフォーム」を導入しました。
岩手県の県立高校では初めての試みでスカートでなくスラックス姿の女子生徒が校内を歩く姿は新鮮でより自由さを感じます。
給食費や通学費などの補助だけでなく町からのコーディネーターの派遣などは1学年1学級、全校生徒75人という小規模校だからこそのの手厚い支援とも言えますが、より強く感じるのは生徒たちの伸び伸びとした様子で、魅力化構想の効果の一片をうかがわせます。
少子化に歯止めがかからない中、全国的に生徒数の減少で統廃合される高校は今後も増えていくと思われますが、「小さくでもキラリと光る」学校を目指した取り組みを今後も追い続けたいと思いました。
NHK盛岡放送局 大船渡・陸前高田支局
村上浩
1992年入局 2012年から宮城・福島などの被災地取材を続け2020年から現任地