運命変えた"薬草酒" 元・酒嫌いが造り手に

NHK盛岡 記者 髙橋広行
2022年6月8日 午後3:26 公開

薬草酒って、ご存知ですか?

CMでおなじみの「『養命酒』でしょ?」という声が聞こえてきそうですが、ごめんなさい、今回は違います。
国内では生産者が少ない薬草酒を造り始めた若者を、ふだん、めったにお酒を飲まない記者が取材しました。

『おばんですいわて』で2022年6月8日に放送
(このページの最後から放送された動画が見られます。動画は放送から2ヶ月ほど掲載)

●あの彦摩呂さんも困らせる味わい?

酒 ハーブ リキュール 薬草酒

透き通るような鮮やかな赤。

りんご、ラズベリー、生姜、それに5種類のハーブを使った「薬草酒=ハーブリキュール」です。

一口飲むと、しそジュースのような甘みの後、草のような苦みが追いかけてきます。
後味はしっかりとお酒ですが、口いっぱいにハーブの香りが広がり、お酒が苦手な私にも、とっても飲みやすいです。ただ、これだけいろんな味がすると、グルメリポーターの彦摩呂さんでも表現が難しいかも。

製造している、岩手県金ケ崎町にある酒造会社を訪ねました。

金ケ崎薬草酒造

去年、設立されたばかり。町唯一の酒造会社です。

老川和磨さん 金ケ崎薬草酒造

中にいたのは、老川和磨さん(29)。

隣の奥州市の出身です。

国内では生産者が少ない「ハーブリキュール」は、アルコールの原液に、果実や野菜、ハーブなどを漬け込んでつくるため、「漬け込み酒」とも呼ばれます。

ハーブ

金ケ崎薬草酒造 老川和磨さん

老川さん
「ことし1年目なので、どううまくやったらいいかは、毎月いろいろやりながら、試行錯誤している段階です。なかなか認知されていないジャンルなので、どうやってお客さんに届けていくかが勝負ですね」

●“酒嫌い”を変えた一杯

老川さん、意外にも、もともとお酒は苦手で、飲み会ではジュースに切り替えることも多かったそうです。

老川さん
「ビール飲んだら、すぐ赤くなって、気持ち悪くなっちゃう。『そのうち慣れるから飲みな』という文化が、ギリギリ残っていた世代でしたが、なかなか慣れなかった(笑)」

音楽ライブの運営者を目指し、都内の専門学校で勉強していた20歳のとき、東京・渋谷のジャズバーで、運命的な出会いが・・・。

カルパノ アンティカフォーミュラ スイート ベルモット

その一杯は「スイートベルモット」。
ハーブリキュールの1つでした。

老川さん
「衝撃的においしくて。干しぶどうみたいな凝縮された甘みに、ほろ苦いような味わいもあって。これだけ美味しいものが世の中にあるなら、もっと美味しいものもあるのではないかということで、もっとお酒っていうものを、いろいろ飲むようになった。それから、のめりこんでいきましたね」。

さまざまな酒をたしなむようになり、いつしか海外のバーテンダーに憧れるようになった老川さん。レストランやバーのアルバイトでお金をため、22歳でカナダ・バンクーバーへ渡ります。

カナダ バンクーバー 時計台

現地のバーで働く中、客から必ず言われた言葉がありました。

●サプライズ・ミー "Surprise me"

老川さん
「日本は、マティーニとかギムレットとか、ベーシックなクラシックカクテルを飲む人が多いですが、カナダでは、あなたのオリジナルをくださいって言われることばかり。
サプライズ・ミー』って毎回言われました。『驚かせてみせてよ』『あなたは私に何をしてくれるの?』という意味合いですが、バーテンダーの得意なもの、バーテンダーの背景を織り交ぜたドリンクを出すことがすごく要求されて。自分は何ができるのか、考えさせられました」

  • バンクーバーのバーで同僚たちとの一枚(中央が老川さん)

老川さん
「この人たちが、知らない世界を見せてあげようと思いました。日本人だとあたり前の、たとえば、しそとか山椒とか梅干しっていうフレーバーも、海外の人にない味わいですよね。そういうのを、お酒を通じて、日本のものも発信できたらいいなって、自分のつくるお酒に取り入れるようになりました」

カナダは州の規制で、購入できる酒の種類がかなり限定されていたこともあり、老川さん自ら「漬け込み」を始めます。しそや茶葉、ラベンダー、バラなど、思いつくままに、漬け込んだボトルは100種類以上。

家族経営の小さな酒造会社なども訪ね歩き、2年間、修行を積みました。

ここで、いまの原型となるレシピが、いくつも生まれたそうです。

●造り手に回り 新たな出会いを

帰国後は、都内でバーテンダーとして働きますが、海外での再度の修行を考えていた4年目にコロナ禍に突入。外で飲む機会も失われる中、お酒との出会いを生み出すには、造り手に回りたいと考えるように。

国産のハーブリキュールがほとんどないことも、転身を後押しました。

老川さん
「ただでさえ、若い人が飲まなくなっていて、コロナ禍で余計に飲まなくなる。お酒の選択肢も少ないと、どんどん取り込めなくなる。なので、一番の“上流”、造り手に回った方が、自分がやりたいことが実現できそうだなと。東京の店でも、つけ込みは続けていて、かなりマーケティングもできていたという自信もありましたし、ハーブは、国産がないことがずっと気になっていました」

新たな挑戦の地に選んだのは、地元・岩手県。
金ケ崎町に祖父が住んでいた空き家があり、去年8月、そこを工房に改装したのです。

金ケ崎薬草酒造

空き家

慣れ親しんだ土地で、初期投資も抑えられる。
老川さんにとっては自然な選択でした。

工房の近くに畑も借りて、30種類以上のハーブを栽培しています。

畑 ハーブ

老川さん
「これは『ニガヨモギ』です。かじったら、ものすごく苦いですが、ハーブリキュールをつくるには欠かせない、お酒の苦みを表現するのに代表的なハーブです」

原材料から販売までできるだけ自ら行うことに、こだわりを持っています。

老川さん
「ハーブって、実は、多くの種類を仕入れるのは難しい上に、葉っぱがベストな状態で仕入れるのは、もっと難しい。摘むのが早かったり、遅かったり。それだったら自分で作った方がいいし、最初から最後までやるというのは、ロマンがあるじゃないですか」

●かつての自分のような人へ

ことし3月までに、3つの商品を相次いでリリース。

ハーブリキュール 薬草酒 和花 少しを楽しむ

お酒が苦手だった、かつての自分のような人に届けたいと、「少しを楽しむ」をキャッチコピーに、あえて小さな瓶を選びました。売れ行きは上々です。

老川さん
「僕と同じような人が、結構、世の中にいるんじゃないかと思って、それで『少しを楽しむ』というコンセプトに。ちょっとのアルコールで、味わったことのない味を楽しんでもらいたい。それが、アルコールにふれあうきっかけになって欲しいなって。それがきっかけで、日本酒とかビールとか、他のお酒にも興味が広がっていく。その『一番最初』になれればいいかなと」

●捨てられる野菜・果物も武器に

いまは常に新たな商品づくりに挑んでいます。

そのカギを握るのは、この日、タンクに投入していた緑色のもの・・・。

アスパラガス 金ケ崎産

なんと、アスパラガスです。

実は、金ケ崎町では、アスパラガスの栽培に力を入れています。

間引きされ、本来なら捨てられてしまうものを仕入れました。アスパラガスの香りや甘みを、思い切って酒のベースにすることを思い立ったのです。これにコーヒーの粉や柑橘類などを加えるといいます。

漬け込む材料、その量や時間などを自由に組み合わせることができるのが「漬け込み酒」の最大の特徴です。ビールや焼酎、日本酒のような規制やルールは、ほとんどありません。

組み合わせを考えるのが、老川さんの何よりの楽しみです。

老川さん
「アルコールに漬け込むと、素材のポテンシャルがダイレクトに引き出せますよね。長時間漬け込めば、より濃厚な味にもなりますし、本当にいろいろな商品がつくれる。いままでだったら、捨てられてしまうような農産物とか果物とかも、漬け込みでお酒にすれば、新しい商品として、つくり変えることもできるので。地域のいろんな素材をお酒に加えていきたいと思っています」

老川さんは、酒造りの一方、ハーブの苗の販売も始めています。
生産量をさらに増やすにあたって、ゆくゆくは、地元の人たちが庭や畑で育てたハーブを買い取る、商品づくりの新たなサイクルにつなげるためです。
地元の人たちも巻き込んだ、金ケ崎の新たな特産品になることを期待しています。

●取材後記

老川さんの会社には、共同経営者がもう1人います。

神奈川県出身の林優花さん(26)です(写真右)。東京のバーテンダー時代のアルバイトスタッフで、東京大学の大学院を卒業したといいます。

移住した理由をたずねると「とにかく就職活動をしたくなかった」というユニークな回答の後に「誰かがつくった商品やサービスを売るのではなく、自分で商品をつくりたかった」と話してくれました。デザインソフトの使い方を独学で身につけ、ロゴやパッケージづくりを担当しています。異色のコンビにも注目ですね。

NHK 記者 高橋広行 盛岡放送局

NHK盛岡放送局
記者 髙橋 広行
埼玉県出身。2006年NHK入局。広島局、社会部、成田支局を経て2019年から盛岡局。
私、お酒が弱く、ただでさえ飲まないのに、コロナ禍になって、余計にアルコールから離れていました。なので「少しを楽しむ」というキャッチフレーズは、とても心をひかれましたし、味ともばっちり合っていると感じました。妻も飲まない人ですが、たまには夫婦で晩酌もいいかも・・・、なんて。

●放送された動画はこちら↓