住民票どこ? 奇妙な声かけの学生サークルに潜入

NHK盛岡 記者 髙橋広行
2022年7月4日 午後9:00 公開

最近、岩手県立大学(滝沢市)に新しいサークルができて、メンバーが次々に増えていると聞きました。そして「住民票いまどこ?」「住民票移した?」という特殊な声かけをしているというんです。何をしているのが、県立大を突撃しました。

2022年7月5日『おばんですいわて』で放送 放送時の情報を基に構成

●新手のナンパ…ではなかった

県立大学に到着し、キャンパスを進んでいくと…

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「いま一人暮らし?」

「住民票はどこ?住民票移した?」

聞こえてきました、聞こえてきました。

ものすごい特殊な声かけ

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設けられていたのは「不在者投票支援ブース」なるもの。

不在者投票は、長期出張や住民票を移していない人のために、旧住所地の選挙管理委員会に投票用紙を請求して「郵送で投票できる」制度です。

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ブースは、住民票を移していない大学生に最初の手続きを教えるためにつくられました(取材したのは公示の1週間も前の6月16日でした)。

なるほど、それであんな変わった声かけを。
帰省できない理由を確認したり、(実家のある自治体の)選挙管理委員会の住所を記入してもらったりと、やり取りの中身はすごく地味ですが、とても楽しそうな雰囲気です。

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4日間で、40人近くがブースを利用しました(この40人はこのブースがなかったら、投票していなかった可能性がかなり高いと思います)。

学生「実家が青森で、投票できないと思っていたのでよかったです」

学生「こういうのがあると、投票のハードルが下がります。同じ学生が案内してくれるのも、入りやすい」

運営をしていたのが、新しくできたサークル「県大Voters」。

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現場でキビキビと動いていたのが、サークルの代表で、4年生の遠藤淳史さん(21)

つかまえて、話を聞いてみることに。

●自分の1票なんて…

県南部の一関市出身で、いまは盛岡市で1人暮らしをしている遠藤さん。

さぞかし政治に関心が高いかと思いきや、3年前の参議院選挙では投票に行かなかったといいます。ちょうど選挙権が得られたばかりの18歳でした。

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遠藤さん
「まわりも選挙に行かない人の方が圧倒的に多くて、選挙が身近に感じられなかったですね。自分の1票で何かが変わるとも思えなかったです。政治はすごく遠いものでした」

わからないでもありません。

ちなみに、岩手県の去年の衆議院選挙の世代別の投票率は、10代は40%台、20代前半は30%台と、全体の60%と比べると、やはりかなり低いです。

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しかし、友人たちと話す中で、大学に行きたくても行けない人がいることや、多額の奨学金の返済に不安を抱えている人が多いことを知り、若者の声をもっと政治に反映させるべきだと考えるように。

さらに、ある選挙結果のニュースを目にしたことも、転機になりました。

遠藤さん
「首長選挙で、わずかに200票差の選挙が本当にあって。自分の学部も100人とか200人なので、その人たちがみんな選挙行けば、結果が変わったと思うと、実はすごく自分の1票は価値があると思うようになりました」

大学3年生になると、政治過程論や主権者教育を専門とする市島宗典准教授のゼミに参加します。

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市島ゼミは、図書館にこもることはなく、行政や団体などに学生自らアンケートを取り、レポートをまとめるのが特徴です。

遠藤さんは、「学生はなぜ選挙に行かないか」を研究テーマに選びました。

●120以上の自治体にメール

同じ学部の学生にアンケートを取ったり、東北地方の120以上の自治体にメールを送り、去年の衆議院選挙の期間中、どんな啓発活動を行ったか独自に調査したそうです。

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すると、学生の間で不在者投票の制度がほとんど知られていないうえ、その周知に積極的に取り組んだ自治体は少ないことが分かったのです。

これが、支援ブースの設置につながりました。

もっと取り組みを広げたい。

ことし4月、サークルとして「県大Voters」を立ち上げました。

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(ポーズは「vote=投票する」のVだそうです)。

当初はゼミ生のみの4人のメンバーでしたが、2ヶ月で3倍に。遠藤さんにとっても、予想外の広がりでした。

2年生の新メンバー
「政治学の授業で学んだことが実際に体験できるのがいいなと。知識を身につけるだけではなく、体験したいと思ってVotersに参加しています」

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公示初日には、投票日までの日数を示した掲示板をつくり、実現して欲しい社会を、学生たちに書き出してもらいました。

●政治・選挙を身近に

6月28日に開いたのは…

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選挙公報」を読み会う会です。

学生たちの間で「そもそも政策の違いがわからない」とか「候補者を知らない自分は、投票してはいけない」という声が多く聞かれたからです。

ワークシートも用意しました。
まず、重要だと考える争点を3つ選びます。

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その上で、候補それぞれの主張が自分にとって魅力的かどうかを点数化。合計点で優劣をつけるというものです。

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投票も体験してもらいました。

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このほかにも…

キャンパス内の期日前投票所の設営を行ったり、選挙事務所や政党事務所をめぐるツアーを企画したりしました。

政策議論の前に、とにかく敷居を下げることへのこだわりを感じました。

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遠藤さん
「本当は興味はあったけど、自分1人じゃ調べられないとか仲間と一緒ならできるという声が、聞こえたのはすごくいいなと。学生ならではの問題に注目することで、サークル自体が活発になってくれると思いますし、参加してくれる人も増えるのではないかと思います」

●学生時代に関心を持つ意義

サークルの顧問も務める、市島准教授にサークル活動の意義について聞きました。

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岩手県立大学 市島宗典 准教授
「選挙は習慣と言われていて、最初に行って、行く意義を見いだすとその次も行くようになります。なるべく早い、若いうちに投票の習慣をつけ、重要性を理解することが大切だと思っています」

「小さな1つのイベントでもいいし、1つの小さな事業、それに関わることで、変えられるんだ、有権者の1人1人が動くことで変えられるんだという実感が、大きな論点についても変えられるという理解につながると思っています」

岩手県や滝沢市の選挙管理委員会も、こうした学生たちと引き続き、連携していきたいと話しています。

●取材後記

遠藤さんをはじめ、サークルのメンバーは、ほとんどが公務員志望でした。そのせいもあると思いますが、外交政策や憲法をめぐる“大きな議論”よりも、投票率を上げるための「実務」に関心が高く、行動に移せるモチベーションを保てるというのが、私には非常に新鮮でした。

なぜなら、私は学生時代、“大きな議論”が三度の飯より大好きで、怒りや問題意識こそ、行動するエネルギーになると思っていたからです。ですが、遠藤さんに「そもそも、政治や選挙という言葉がテレビやスマホ上に出ると、目を切ってしまうのが現実なので、いまは“大きな議論”では、なかなか学生は糾合できないのではないかと思います」と言われ、納得しました。

さて、参議院選挙の投票率はどうなるか。
頑張れ、県大Voters!

NHK盛岡放送局 記者 髙橋広行 高橋広行

NHK盛岡放送局
記者 髙橋 広行
埼玉県出身。2006年NHK入局。広島局、社会部、成田支局を経て2019年から盛岡局。
家庭では、7歳と5歳の暴れん坊(甘えん坊)将軍の父親です。
総務省のインターネット調査では、子どものころ親の投票について行ったことのある人の方が、有権者になったときに自分も投票に行く傾向が高かったという結果が出ています。よし。息子たちよ、選挙に行くぞ!
暴れん坊将軍は発動しないでね。

●放送された動画はこちら↓

(動画は放送から2ヶ月ほど掲載されています)