佐々木朗希投手 少年時代にも千葉のマウンドに

矢野裕一朗
2022年4月11日 午後9:42 公開

東日本大震災と「リアスリーグ」

史上最年少で28年ぶりの完全試合を達成した佐々木朗希投手。その舞台となった球場のマウンドにかつて少年時代に立ったことがあります。きっかけは東日本でした。

ロッテ佐々木朗希投手 少年時代の写真

佐々木投手は小学6年生のとき、ロッテの本拠地である千葉マリンスタジアム、現在のZOZOマリンスタジアムで開かれた「リアスリーグ」という大会に参加していました。

大会は震災で被災し、野球をする場を奪われた子どもたちのために行われているものでした。佐々木投手は9歳のときに東日本大震災で被災し、当時37歳だった父親と祖父母を津波で亡くしていました。

大会を立ち上げたメンバーの1人で、東京に住む山田康生さんは、ロッテに入団が決まった当時、NHKの取材に応じ、ボランティア活動で訪れた被災地で野球選手になる夢を諦める子どもたちを数多く見たことがリーグを立ち上げたきっかけだったと明かしていました。 

「リアスリーグ」立ち上げ 山田康生さん(2019年取材)

「夕方になると親御さんたちがヘッドライトをつけた車をグラウンドに並べていた。

 朗希君もまさにそうで小学校の時にはまともにグラウンドで練習していなかった」

平成25年に始まったリアスリーグは、山田さんたちが仕事を通じて関係があったロッテ球団に「球場に子どもたちを呼んで、とにかくグラウンドを踏みしめるという経験を一度させてほしいと」と協力を依頼して始まったものでした。

ロッテ佐々木朗希投手 少年時代の写真

千葉のマウンドに立っていた佐々木投手

その第1回の優勝チームが、佐々木投手が当時所属していた「猪川野球クラブ」でした。

佐々木投手はショートで出場しましたが地元の子どもとの交流戦ではマウンドにも上がっていました。

ロッテ佐々木朗希投手 少年時代の写真

優勝トロフィーを手渡した山田さんは、プロの球場でうれしそうにプレーした少年時代の佐々木投手の姿を鮮明に記憶していました。

ロッテ佐々木朗希投手 少年時代の写真

「ひとりだけなにか内に秘めているような、ピュアなイメージの子だった。朗希君が初めてプロ野球の球場のマウンドで投げたのは千葉ロッテの球場なんですよ、マリーンズなんですよと言ったら、マリーンズの方もすごく喜んでくれた」      

佐々木投手が快挙を達成し、山田さんのもとには、佐々木投手が達成し、かつてリアスリーグに関わった人や父兄の人からの電話が鳴り止まなかったといいます。

「みんな自分の子どもを応援するように嬉しそうに話していました。本当によく頑張ってここまで来たんだなって思います。やっぱり一番は本人の野球への思い、やりたいという気持ちがあったからこそここまでやれたと思います。

被災地のグラウンドからプロのマウンドへ

ロッテ佐々木朗希投手 少年時代の写真

山田さんはさらなる活躍を願いエールを送っていました。

「朗希君は環境がなくても夢はかなうということを示してくれた。イメージをすることはすごく力になると思いますので、朗希君には、これから被災地の子どもたちがプロの選手を目指す上での目標として、さらに活躍を続けて欲しいと思います」                                         

(写真:いずれもリアスリーグより提供)

(2019年の記事を元に追加取材を行い執筆)