ことし3月に県が公表した、最大クラスの津波が発生した場合の「新たな浸水想定」。
日本海溝沿いの地震で起きる巨大津波は、新たに建てられた防潮堤も壊してしまうかもしれない…。リスクの前提が大きく変わったことで、いま沿岸の自治体は住民への説明会やハザードマップの更新作業などに追われています。
これについて、私(記者)、ずっと気になっていたことがありました。
新想定の地図が見づらくて…。
問題の経緯や「命を守るための」情報発信のあり方について、解説します。
2022年9月12日「おばんですいわて」で放送
※放送動画はこのページの一番下からご覧いただけます。
●わかりづらい地図でいいの?
ーどんな地図なんですか?
記者)
こちらです。
県が3月からHPで公開している新想定の浸水域を示した地図です。
当然、お住まいの方、気になるのは、自宅の近くであったり、最寄りの避難所が「最悪の中の最悪の想定」でどうなるのか、ですよね。
ところが、当初公開された地図は「PDF」と呼ばれるデータになっていて、PCやスマホで目いっぱい拡大しても、詳しい場所や水深によって分けた色の違いが、わかりづらいと思いませんか?
ー確かに黄色かオレンジかも、ぼやっとしていて、自分の家の周辺はどれくらい浸水するのかという肝心な情報がよくわからないです。
記者)
もちろん、境界線の外側にあるからと言って、絶対に津波が来ない、対策をしなくていいということでは決してないのですが、住民や自治体の担当者からも、こんな声が聞かれたました。
●データの壁 PCの壁…
なぜ、こんなことが起きたのか、県の河川課に話を聞きました。
まず、大前提として、新想定は400万か所以上について800を超えるシミュレーションを行っていて、ごく一般的な性能のパソコンではとても取り扱えないような膨大な量のデータだった、といいます。
すぐには、情報の加工・カスタマイズができない“代物”だったので、3月の公開時点では、より早く情報を届けることを優先して、PDFデータを提供したとのことでした。
ーそうした事情があったのですね。
記者)
ですが、宮古市では防災担当の職員が「GISデータ」と呼ばれる位置情報と浸水深がセットになった情報の取り扱い方法を独自に学んでいて、県の対応に先駆けて、わかりやすい地図を作っていました。
県は、4月末の時点になって、自治体のために、詳細がわかるデジタルの地図を作成して、提供しました。住民からの問い合わせに応じて、説明会などでこの地図、活用されたということです。
ーでは、この時点では解決したということ?
記者)
ただ、パソコンの仕様によって、このシステムが起動できない自治体もあったり、あくまで自治体職員ためにつくられたものということで、公開された訳ではありません。
説明会に行けなかった人などには、届いていない状態が続いていました。
ー説明会に行けない人も多いでしょうし、いまは別の場所に住んでいるけれども、実家がある人、仕事などで訪れる人も知りたい情報ですよね。
●9月から改善 活用呼びかけ
記者)
その通りです。
PDFデータの公開から半年近くが経った9月2日になって、ようやく改善されました。
県が国にデータを提供し、国土交通省が運営している「重ねるハザードマップ」というサイトに、新想定が“実装”されました。
より見やすい形で誰でも閲覧できるようになりました。
クリックすると、想定される浸水深も表示されるようになっていて、県も活用を呼びかけています。
国土交通省「重ねるハザードマップ」はこちら (※NHKサイトを離れます)※別タブで開きます
また同じタイミングで、GISデータ自体も、県のHPで公開されました(下記写真がGISデータです。少し知識が必要ですが、GISのフリーソフトなどで、データを読み込ませると詳細な地図がつくれます。XYは地図を5メートル四方に区切った位置をあらわしています)。
ここで私の視点です。
県はできる範囲で手を打ってきたとは思いますが、命に関わる情報なのに…
2人の専門家に話を聞きました。
●詳細データの公開は必須 マップ作りは国がリードを
災害情報や災害の伝承に詳しい、東北大学の佐藤翔輔准教授です。
佐藤准教授
「新想定は、神様が決めた『絶対の答え』ではなく、あくまで幅のある想定と捉えなければなりません。例えば、ある街区の一部が浸水域に入っていたら、その街区全体が浸水するおそれも十分にありえるということです。浸水域を面で捉えるという意味では、PDFデータであっても避難に役立つものであると言えます」
「ただし、私たち研究者や民間の技術者、住民など、多くの関係者とともに対策を練るためには、いち早く詳細な情報や地図を公開することが必須です。今回のことに限らず、特に命を守る情報については、情報は公開すること、扱いやすい情報にすることを業務設計の中に、はじめから盛り込む必要があります」
デジタル地図やオープンデータに詳しい、青山学院大学の古橋大地教授です。
古橋教授
「日本は世界的に見れば、全国で整備が進んでいる点で、ハザードマップの大先進地であることは間違いありません。ですが、各自治体が、それぞれの力量によって、それぞれのフォーマットで地図をつくるという『基礎自治体に依存した仕組み』は、このテーマに関しては逆効果、効率の悪さにつながっているとも言えます。国土交通省・デジタル庁など、国がもっとリーダーシップを取って、同じフォーマットで、地域ごとに分かれていないシームレスなハザードマップをつくる手法もあるべきです」
「都市計画の分野では、国土交通省によって3次元の地図をつくるプロジェクト『PLATEAU(プラトー)』が進んでいて、予算は国、はじめの実務は自治体が行いつつ、最終的なデータは国が統一のものに流し込んでいくという、役割分担がきちんとできています。この仕組み、ハザードマップ作りにも転用できるのではないでしょうか」
「GISデータは、あらゆる場面で活用できることがすでに示されていて、これを取り扱える自治体職員への研修は急務です。先進的な自治体は、すでにGISデータについて新人研修の中に組み込んでいます。県内沿岸の自治体も先延ばしにはできません」
●取材後記
当初、県が詳しい水深を公表していたのは、市役所・役場の庁舎だけでした。11年前の震災では全壊した庁舎もあり、最重要施設には違いありませんが、それ以外の建物については、個別に問い合わせなければならず、私たちマスコミにとっても、県にとっても「手間のかかる」状況が続いていました。そもそも、なぜこんなことになっているのか知りたくて、取材したのがこの記事です。
“重すぎる膨大なデータ”ですが、古橋教授によると、地図データを画素値ではなく、テキストで格納する「ベクトルタイル処理」という処理を施すと、大幅に圧縮できるそうです。業界では常識で、すでに国土地理院の地図や国連で扱われている地図も、これがなされているとのこと。今回、県のデータも途中からこの処理が行われたそうですが、こうした知識が県や自治体側にはじめからあるのとないのとでは、対応も大きく変わると感じます。
新想定は避難対策だけでなく、情報公開のあり方、データの取り扱い方、デジタル人材の育成など、多岐にわたる課題を突きつけています。
なお新想定については、視聴者の方に実感を持って情報を受け止めてほしいと、浸水の様子をCGを使って映像化したシリーズを「おばんですいわて」で放送しました。下記から該当ページに飛べますので、参考にしてください。
NHK盛岡放送局
記者 髙橋 広行
埼玉県川越市出身。2006年NHK入局。広島局、社会部、成田支局を経て2019年から盛岡局。7歳と5歳の暴れん坊(甘えん坊)将軍の父親です。GISデータですが、詳しい記者に教えてもらって、ほんの、ほんの少しだけですが、扱えるようになりました。
●放送した動画はこちら↓
(放送から約2ヶ月掲載しています)