キュレーターバトル「この人を見よ!」③ 三戸信惠さん(山種美術館)

NHK
2022年6月29日 午後0:25 公開

7月19日の第二弾放送前に、キュレーターさんを紹介する「この人を見よ!」シリーズ。

第三回は、「キュレーターバトル!!」初回放送のお題「#ナゾすぎる」に投稿をいただいた三戸信惠さんです。「美術館とふか〜く結びついた人生」、「美術に対する熱い思い」をインタビューしました。
 

◆まずは、前回のおさらいから…

「神秘的な雰囲気をただよわせるサラサラ髪の女性。観音様っぽく見えますが、生身の女性っぽくもあり…謎は深まるばかりです…」

と、三戸さんがTwitterに投稿してくれたのは、村上華岳(むらかみかがく)という画家が大正9年に描いた「裸婦図」という作品。美術の教科書にも載る、重要文化財です。

この不思議な絵のナゾを解明するため、三戸さんを山種美術館に訪ねました!

「まず顔をご覧いただきますと、この顔立ち。それから装身具まで見ると、仏像あるいは仏教絵画、仏教芸術に出てくる主題のように思えます」
 

「でも、ちょっと視線を下げていくとあれ?って。とてもきれいな丸みを帯びた女性の胸元として描かれている」

観音様のような神秘的な顔立ちと、首から下のなまめかしさ。
このギャップ、確かにナゾですねえ。
 
 

三戸さんは、この謎が気になりすぎて、絵の成り立ちを1年がかりで研究し、論文を書きました。

そこでわかったのは、作者の村上華岳が仏教の思想や美術を熱心に研究していたこと。そして、彼がこの絵を描いたころ、妻をモデルにヌードの研究をしていた形跡があることでした。
 

そのため、この女性は“仏の顔と妻の体のミックス”と考えられるのだそうです。
 

ところが、この絵を奇妙に感じさせるのは、それだけではない模様。

「レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」を想起させるところがあると思うんです」
 

世界で最も有名な人物画「モナリザ」。投稿作品と並べてみると、確かにどこか雰囲気が似ているような。
顔の向きや背景の森は、「モナリザ」の影響を受けた可能性があるのだそうです。
 

仏と妻、さらに「モナリザ」の影響まで加わった不思議が三位一体のこの絵画。要素もナゾもてんこ盛り!

「ちょっと気がついたら深みにハマっているような。沼にハマるって言うんですか?そういうところがあると思います。私もいまだに沼にハマっております」
 

※《裸婦図》は今秋開催の特別展「没後80年記念 竹内栖鳳」(10月6日~12月4日)で展示する予定です。

◆突撃インタビュー「三戸さん、美術館のオモシロさを教えてください!」

・“美術オタク”だった青春

美術好きだった両親の影響で、幼いころからアートに興味があったという三戸さん。「描き手」にあこがれ、十代のころには漫画家を目指し雑誌に投稿したことも。しかし、自分には描く才能はないな」と断念。
 

一方で、「美術館に通って作品と“対話”し、思ったことをノートに書き留める美術オタク」でもあった三戸さんは、高校時代にある展覧会に出会います。地元・広島県立美術館の「ピカソ展」。会場をぐるりと回りながら見ていくと、少年時代から最晩年までの画家・ピカソの遍歴を理解できるという展示でした。「画家の人生が見通せて、一気に視界が広がったような気がしたんです。展覧会というものの奥深さに初めて気づかされました」。
 

同じころ、「美術史」という学問の存在を知り、「美術史学科が充実している」というレアな理由で東京大学を目指し、猛勉強の末に入学。沢山の美術館があり、三戸さんにとってはパラダイスのような場所・東京で学生時代を過ごします。専門課程に入ってからは日本絵画史を専攻。お目当ての作品を求めて国内外の美術館を回り、開館から閉館までいるのは当たり前。論文のテーマもそのときどきの展覧会が一番のヒントを与えてくれました。「起きている間の半分は展覧会を見ていたなんて時期もありました」。
 

・日本美術の魅力を伝え続けたい

30歳で縁あってサントリー美術館に就職。当時は西洋美術が人気を集め、日本の古美術はマイナーな存在でした。そんな状況を少しでも変えたいと何年も試行錯誤し、遂に実現したのが、2007年の「鳥獣戯画がやってきた!-国宝「鳥獣人物戯画絵巻」の全貌-」展。古美術界のスーパースター、「鳥獣戯画」をとことん楽しんでもらいたいと、タイトルからポスター、カタログまでこだわり、スタイリッシュで「オモシロそう!」な展覧会として話題を集めました。
 

その一方で、美術館は“移転”という大きなイベントを迎え、想定外の忙しさ。大好きな展覧会をゆっくり見る余裕はなくなっていました。「これは、本当に自分が望んでいたことなのか…」と思い始めた三戸さんは、40歳で転身を図ります。「伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)は40で弟に家督を譲って画業に専念。人生リセットするにはいい時期かも」と江戸の絵師の生きざまにも背中を押してもらったそうです。
 

そして、山種美術館で「特別研究員」の職に。ここで三戸さんは、今まで触れる機会の少なかった近代の日本画と接し、その面白さに惹かれていきます。昔の絵師は注文に応じて描く個と個の狭い世界。それに対して、近代の画家は広く社会に向かって自己の表現を問う立場。彼らの作品を間近で見て、彼らの残した文章を読み込んでいくうちに、「この人たちは命をかけて描いている」と感じたそう。「最近は展示に関わるだけでなく、レクチャーや執筆も増えてきたのですが、近代を扱う際には画家の熱量や思いをできるだけ伝えられるよう心がけています」。
 

山種美術館が7月から開催するのは特別展「水のかたち」。三戸さんに見どころを伺うと…
 
「山種コレクションは中身が充実していて、テーマ展をやるたびに驚かされます。水を描くといえば川や海、滝、雨といろいろですが、どのモチーフでも有名画家の力作がバンバン出てくるんです。所蔵品には浮世絵もあり、歌川広重の雨から奥村土牛(おくむらとぎゅう)の鳴門の海、千住博(せんじゅひろし)の滝まで、代表作が一度に見られる豪華なラインナップ。しかも今回は、今年の大河ドラマやアニメにちなんで、源平の世界を題材にした作品も特集するので、水の風景だけじゃなく合戦モノや歴史モノも楽しめて、見どころてんこ盛りです!」と熱く語ってくださいました。
 
 

暑い夏に納涼を意識した「水のかたち」展は、7月9日から9月25日まで開催されます。三戸さんの“熱い”世界観もぜひ堪能してください!