にっぽんカメラアイ
「偏愛の壁」
初回放送日: 2023年3月24日
大阪・東住吉区の店内にはドアノブや取っ手などのアンティークな金具たちが大きな壁一面に。古い金具に特別な愛情を寄せ各地から収集し続ける佐藤正勝さんの姿を見つめる。 日本各地の金具屋から買い取った“売れ残り金具”を販売している佐藤さん。売り切る前に残った最後の1つを店内の壁に貼り付け、売らずに大事にコレクションしている。今では作ることができない細かな細工が施された鍵や取っ手にドアノブ、ねじなどは、もう二度とは手に入らない物ばかり。16年かけてコツコツと集められた佐藤さんの“偏愛”が込められた「壁」に、ひとり、またひとりと、客が吸い寄せられていく。
番組スタッフから
担当カメラマンより
【Q1】制作するうえで、どんなことにこだわりましたか? 皆さんはテレビを見ていて心ときめくことはありますか?私は、画面いっぱいに映し出されるおいしそうに輝くチョコレートや、幾何学模様の不思議な絨毯、様々な色をしたスパイスなど、見たことのないモノを見るたびに幸せな気持ちになります。まさに 「眼福」 見て字のごとく、眼で見て福を得る。 つまり、何かモノを見て幸せな気持ちになる事を言います。今回は、私の心の幸せストック大放出祭のような、私の好きや可愛いというトキメキを視聴者の皆様に届けたい、「眼福」を感じて欲しいという思いで番組制作に取り組みました。 今回取材した金具屋さんはネットで偶然見つけたお店でしたが、ページを見た瞬間から私の心がトキメいているのを感じました。そしてすぐにお店へ行くと、床から天井までありとあらゆる場所に金具や古道具などが置かれている、まるで「金具の森」に迷い込んでしまったかのような気持ちに陥りました。「なに、この可愛い形の取っ手!」「なに、このカッコいい鍵穴!」心の幸せストックがどんどんたまっていきます。この「トキメクモノ」を見た感動をテーマにした番組を作りたいと考えました。 そんな思いを表現するために、撮影で積極的に活用したのが三脚です。三脚を使って撮影をすると映像の揺れを防ぐことができます。画面の“揺れ”は眼福を阻害するノイズでしかないと思っていました。視聴者がモノに集中できるように、心トキメクモノが見つかるように。今回のロケの大部分は「三脚で撮影する」というルールを自分に課しました。 三脚を使う撮影スタイルには1つ難点があります。撮影をするまでに三脚の位置を決め、高さを決め、水平を取ってやっと録画ボタンを押す…つまり撮り始めるまでの準備にとても時間がかかるのです。特に「今撮りたい!」という一瞬の出来事の撮影にはあまり向いていません。そして、もちろん今回のロケでも「今!」という瞬間を逃してしまったと思うことが何度かありました。一方で時間をかけて三脚を設置することは、1カット1カットにより拘りを持って撮影することに繋がります。何を、どのような思いで撮りたいからこの位置に三脚を置いたのかを考えて撮影をすることになるためです。店主の佐藤正勝さんが1人部屋にこもって作業をしている様子が撮りたいから、この場所。佐藤さんの表情をしっかり見たいから、この場所。そして、オープニングでも使われていますが、佐藤さんと壁を一緒に撮るならこの場所など、明確な意味合いと自分の幸せという思いを込めて。じっくりと現場を見つめ、位置を探り、撮影をする。縛りの中だからこそ見えてくる世界がそこにはありました。 【Q2】ぜひ見てもらいたい「こだわりのワンカット」は? 番組タイトルにもある「偏愛の壁」のカット全てです。 今回取材した偏愛の壁がある金具屋さんには1万種類以上もの金具がありますが、これらは16年かけて全国の金具屋さんから佐藤さんが心トキメクモノを買い取って販売しています。店主の佐藤さんは「本当は店内の商品どれ1つとして売りたくない」と何度も話されていました。自分が苦労して集めたお気に入りの金具たちがいなくなってしまうのはとてもさびしい事だと。そして、売っている金具が売り切れてしまう前に、最後の1つは売らずに壁に貼り付け、大事に保管していると話していました。そのため、お客さんに壁に設置している金具が欲しいと言われても「壁の金具は売り物ではないです、在庫があったら売るんですけどねぇ」と一言。しかし、その顔は少し嬉しいような、照れくさいような。集めた金具達をお客さんに“見て、触って、存在を知って”もらうことができたことへの喜びを感じているように見えました。「別に売れなくてもいいんですよ。見て楽しんでくれたらいいんです」と笑顔で、しかし真剣に話されていた佐藤さんの姿が印象的でした。 そんな佐藤さんの壁への愛を最大限に表現することができる「壁の撮り方」はどのようなものか。色々な角度から壁を観察しましたが、どんな角度から見ても「真正面」に勝る映像がありませんでした。ただの正面ではなく真正面。つまり位置だけでなく高さも水平もすべてが壁に正対している状態です。真正面こそ、最も佐藤さんの金具への強い愛を表現することができ、そしてお店に来たお客さんが初めて壁を見たときの感動や迫力を表現することが出来る画になると確信しました。壁を撮影する時は必ず真正面から撮影をするというルールを自分に課しました。 こうしたルールで撮影していたからこそ見えてくる変化もありました。壁は外の光がちょうど入ってくる場所に設置されているため、時間によって表情が変わります。昼間は太陽の光を浴びて堂々と勇ましく。夜は今にも襲い掛かってきそうな恐ろしさを。同じ壁でも見せてくれる表情は様々でした。私はそんな壁と真正面から向き合いながら、時には「この鍵穴の集合がかわいいよね」「今日はかっこいいね」、そして壁を撮影する時は「今日はよろしく」と壁に話しかけていました。視聴者の皆さんも様々な表情を感じ取ってもらえたのではないでしょうか。 【Q3】苦労したところ、難しかったことは? 今回モノに焦点を当てた番組にしたいと思っていましたが、モノだけを撮っていては物語をつむぐ事はできません。そんな時に欠かせないと思ったのが、お客さんが金具にトキメク瞬間の表情をとらえる事でした。「本当は1つも売りたくない、売れて欲しくない」と話し愛情を注ぐ佐藤さん。一方で金具に興味を持ち、購入して持ち去ってしまうお客さん。佐藤さんの売りたくない気持ち、興味を持ってくれて嬉しい気持ち、そしていなくなってしまうさびしさ。この瞬間は佐藤さんの様々な感情を感じ取れると思い、必ず撮りたいと考えていました。 佐藤さんは普段積極的にお客さんに接客をするわけでなく、営業中も金具をひたすらいじっています。そんな佐藤さんが営業中に見ているような距離感でお客さんを撮影したいと考え、少し離れた場所から撮影していました。 実はこのお店は20メートル×10メートルほどのとても広いお店です。そして、店内には床から天井まで所狭しと様々な金具や古いモノ達であふれています。そんな中、縦横無尽に動くお客さんを撮るために三脚を移動させ、高さを変え、水平を取り直して録画ボタンを押す。撮影までにとても時間のかかる作業を何度も繰り返しました。ある程度お客さんがどこを歩くか予想をして三脚を設置するのですが、それでもお客さんは気まぐれです。待ち構えている所に来なかったり、肝心なところで商品の棚に隠れてしまったり。内心本当にトキメク瞬間が撮れるのか、焦る気持ちが高まります。そんな時、2月の凍てつく寒さと、店内のしんと静まり返った雰囲気が私の心を落ち着かせてくれました。まるで、何十年も購入してくれる人を待っている金具たちに「そんなに焦ってどうするんだ」と問いかけてられているような、そんな感覚になりました。金具と同じく静かに心安らかにその時を待つ。そうしていると不思議なもので、お客さんの「なんだこれは!」と手に取った瞬間、興味が湧きだす様子を撮影することができました。 【Q4】カメラマンとして現場で感じた最も印象的なことは? 佐藤さんの金具に対する愛を表情から感じ取り、私自身も金具に愛着を感じるようになった事です。私はもともと金具について特段知識があるわけではありません。店内の金具の8割以上が何に使われるのか全く見当もつかないモノ達でした。私たちがこの金具は何に使うのか、どこが気に入ったのかをお聞きすると「この蝶番のこの加工がめずらしいんです」「この形式のカギはたくさん持ってるけど、こんな形のは見たことない」と、まるで少年かのようにとても楽しそうにお話しされる姿が私にはとても印象的でした。自分の部屋に閉じこもって好きな趣味に没頭する少年そのものでした。 一方で偏愛の壁に金具を付けていく時は、なんともいえない悲しい表情を見せました。沢山入荷した金具の最後の1個。売り切ってしまえばもう二度と手に入ることのない金具への愛着やさびしさ。そしてこの金具を作ってきた職人やデザイナーへのリスペクト。そんな想いが表情からにじみ出ていて、この方は本当に金具が好きで愛しているのだなと感じました。 ロケが進むにつれ、日に日に私のお気に入りのトキメク金具が店内に沢山できてきました。この取っ手の裏の部分が顔みたいで可愛い。何に使うか分からないけどペンギンみたいに見えるこの金具が好き。そしてこのトキメキを視聴者の皆さん届けたくて、一生懸命撮影を続けました。いつの間にか佐藤さんの金具への愛は私にも伝染しているのを感じ、よりこの空間この金具たちを魅力的に撮影したいと思うようになっていったと考えています。 (撮影・ディレクター 武部冴香)