にっぽんカメラアイ
「風の里」
初回放送日: 2023年3月24日
石川・能登半島に、集落の周りに竹で作った囲い「間垣」を立て、暴風雪から守り暮らす地域がある。風と暮らして80年。日本海の厳しい冬を生きる女性たちを見つめた。 厳しい季節風と、その風にあおられた雪や波しぶきが吹き寄せる石川・輪島、上大沢地区。この集落を守っているのが「間垣」だ。枝を落とした竹を隙間なく立て、集落全体を囲んでいる。「生まれてからずっと知りあい」という80歳を超えた女性たちの楽しみは岩のり漁。腰を深く曲げ、時に波にさらわれそうになりながら漁を行う。間垣が響かせる「虎落笛(もがりぶえ)」と呼ばれる風の音が響く、奥能登の小さな里の物語。
番組スタッフから
担当カメラマンより
【Q1】制作するうえで、どんなことにこだわりましたか? 厳しい自然と向き合いながらも、人と人の繋がりを大切に、寄り添い生きている人々の姿を魅力的に伝えることにこだわりました。 今回取材した奥能登地方では、竹の一種「ニガタケ」での囲いを「間垣」と呼び、その集落のことを「間垣の里」と呼んでいます。間垣は、冬の厳しい季節風から集落を守るために建てられています。今回取材した石川・輪島、上大沢地区には40人ほど住民が暮らしています。住人の女性たちは、皆こぞって赤色のほっかむりを頭に巻いていることが多く、集落の中にある細い路地で手を後ろに組み歩く姿、軒先に数人で集まり、ワイワイと井戸端会議をしている姿。間垣の中で暮らす女性たちの姿を見ていくうちに、一人ひとりの姿を「愛おしく撮りたい、ずっと見ていたい」と考えました。特に納屋の中で、女性たちがお餅を作る姿は、蒸されたもち米の湯気と相まって、とても印象的でした。女性たちは言います。 「生まれてから、ずっと知り合いで、今でも毎日暇が合えば、遊びにいってお話しているの」 間垣が冬の強い風雪から集落を守ってくれていること。厳しい自然と向き合いながら、この土地から離れず肩を寄せ合うように暮らしている人たちがいること。女性たちの温かい人柄に触れ、その「愛おしい」仕草や姿が、冬は灰色に覆われることの多いこの土地の風景に彩りを添えているように感じました。 撮影する際に特に意識したことは、「穏やかな秋」と「厳しい冬」、「温かい家の中」と「寒々しい家の外」などのコントラストでした。それぞれの対比を丁寧に撮影することで、穏やかな日々のありがたさ、厳しい自然からの恵みなどが強調されるように描くことを意識しました。 冬は日本海からの北風が極めて強く、雪に閉ざされることもある「間垣の里」。この集落を取り巻く「音」に関しても重要だと考えました。枯草がサワサワと揺れ、岩礁に打ちあがる波しぶき、木々の枝がきしむ音、鳶(とんび)の羽ばたき。「間垣の里」に暮らしているからこそ聴こえてくる音にも、厳しさや穏やかさを描くことができないかと考えました。 集落には、「虎落笛(もがりぶえ)」と呼ばれる間垣が生み出す「笛のような音」が響きます。 間垣が集落を風から守ることによって生み出される音です。風が強く吹けば吹くほど、虎落笛もまた集落に響きわたることになります。「虎落笛」の音が聞こえることは、間垣が役割を果たしてくれている、集落を守ってくれている証となります。「虎落笛」の音にも傾聴していただけると嬉しいです。 【Q2】ぜひ見てもらいたい「こだわりのワンカット」は? 「岩のり漁」に向かう女性たちの場面です。女性たちの「可愛らしさ」と「愛おしさ」に満ちあふれていて、この土地での暮らしぶりが凝縮されているカットです。「岩のり漁」の初漁の時に撮影したカットで、女性たちのウキウキした気分が撮っている私にも伝わってきました。 【Q3】苦労したところ、難しかったことは? 苦労したことは、取材に協力して下さった女性たちとの関係性を丁寧に築いたうえで撮影を行うことでした。電話での取材ではお互いの意思疎通が難しく、直接「間垣の里」に伺って取材をすることが基本となりました。しかし、金沢市内から自動車で往復5時間以上かかる場所なので、日帰りだと現地での取材時間が限られてしまいます。その時間で関係構築をしながら「間垣の里」に暮らす人たちの魅力を伝えるために「自分は何ができるのか、何を撮影することで伝えられるのか」を懸命に考えました。 また、女性たちの言葉「石川県の方言」(方言・訛り)の聞き取りができるようになるまでにも少し時間が必要でした。生まれてからこれまで愛媛県や広島県に住んでいた私にとっては、奥能登地方の言葉、特にアクセントやニュアンスも含めてですが、女性たちの言葉を聞き取り理解できるまで時間を要しました。そして自分の言葉の伝え方も工夫しなければ、相手に正確に伝わらないことも分かりました。地域を超え、世代を超えてのコミュニケーションを交わす際に必要なことは、とにかく相手への思いやり、配慮、敬意なのだと考え、時間をかけ丁寧に対話することを大切にしました。可能な限り端的に、分かりやすい言葉で伝えるように心がけて会話をするなかで、女性たちが日常的に使う言葉はとても「可愛らしい」表現が多いことに気がつきました。また、同じ意味合いを持つ言葉でも独特なイントネーションと相まって、言葉の意味がとても優しく感じられます。集落の女性たちは「柿いるけ?」「みかん食べまっし」といつも気遣ってくれて、私をまるで「孫」のように思い優しく接してくれました。気がつけば私も多くの「おばあちゃんたち」に囲まれていたようで、今回の取材を通して、このような出会いに巡り合うことができてとても幸せでした。 難しかったことは、「岩のり漁」の撮影スケジュールを予測することでした。厳冬期の中でも限られた期間、さらに海・風・波など複数の条件が重なった時にだけ行われる「岩のり漁」。奥能登地方の冬の天候を踏まえると、「岩のり漁」に出られる日はわずか数日です。加えて困ったことに「岩のり漁」が行えるかどうかの最終判断は、当日の朝にならないと分からないということでした。今シーズンにおいて女性たちが「岩のり漁」を行った回数は全部で4回ほどでした。その数少ない漁に2回立ち会うことができたことは奇跡という他ありません。女性たちが、私の「撮りたい」という思いを感じて、漁の機会を引き寄せてくれたのではないかと感じ、感謝してもしきれません。 想像を超える風の強さ、厳しい寒さにも苦労をしました。撮影中、寒さに加えて「突風」が吹いたこともあり、その場に留まるだけでも体力は奪われ、気力も弱まりました。このような厳しい自然と向き合いながら、何十年何百年と生きてきた人々がいるということに改めて畏敬の念を感じています。 【Q4】カメラマンとして現場で感じた最も印象的なことは? 「間垣」の機能性です。今回撮影をした舞台は文化庁の指定する「重要文化的景観」とされている集落です。奥能登地方の自然や暮らしぶりを伝える観光地という側面も持っています。穏やかな季節に訪れると、観光に訪れた人は、「間垣」は街並みの景観のためだけの「飾り」ではないかと勘違いするかもしれません。しかし、厳冬の期間に訪れると、その印象は大きく変わります。冬の風の強さに驚くと同時に、「間垣」なくして、ここで暮らしている皆さんの生活が成り立たないということが十分に理解できると思います。間垣に囲われた集落の中に入ると、それまで吹いていた風の勢いは途端に弱まり、間垣が集落を守っていることを肌で感じることができるのです。 私にとって「おばあちゃんたち」が集まる空間は、どうしてこんなにも魅力的に感じるのでしょう。一人一人の手や顔、後ろ姿、全てが「愛おしく」思えます。特に集落の「おばあちゃんたち」みんながお揃いでかぶる「ほっかむり」。実はほっかむりの色も赤色だけでも数種類、他にも水色、緑色もあります。毎日、その日の気分で選ぶようですが、いくつになってもオシャレを楽しむ「おばあちゃんたち」が愛おしいです。畑仕事の折、立ち上がって遠い山際を見つめる姿、集落の細い路地を一人歩く後ろ姿、そこにはいつもの「ほっかむり」のある風景があります。撮影を終えて、いまもなおその姿が目に浮かびます。間垣に守られた「風の里」に暮らす「おばあちゃんたち」。番組をご覧いただいた皆さんに、私が「愛おしい」と感じた魅力が少しでも伝わっていれば、嬉しいです。 (撮影・ディレクター 岡崎 暁)