静岡放送局に勤務していた私が、初めて芦川選手を取材したのは2年前。東京オリンピックへの出場が有力な選手がいると聞き、静岡市内の体操クラブを訪ねることにしたのです。身長143センチと小柄な体格の芦川選手。しかし、平均台の演技は圧倒的でした。特に着台の滑らかさは素晴らしいものでした。高くジャンプしても「ドン!」という音はほとんど聞こえず、「スッ」と下りているような感じ。まさに「平均台に吸い付くよう」でした。
当時、高校生だった芦川選手は放課後、クラブへとやってきました。練習は毎日5時間、終わる頃には夜10時近くになっていました。そんな毎日にも「いっぱい練習して悪いことはないので、もっと上手くなるためにやってます」と笑顔で語る姿は、大きな期待を抱かせてくれました。
世界選手権制覇 快挙を成し遂げ名門チームへ
そして昨夏、芦川選手は東京五輪に出場して、見事に6位入賞。さらに去年10月、世界選手権で優勝という快挙を成し遂げます。「日本選手67年ぶりの金メダル獲得」のニュースは大きく報じられました。静岡局から東京のスポーツ担当へ異動していた私は、改めてドキュメンタリー番組をつくりたいと芦川選手に取材を申し込みました。日々の仕事の合間をぬっては静岡へ。少しずつ撮影を進めていきました。世界の舞台で結果を残した彼女は「平均台だけは絶対に負けない。普通にやれば1番になれると思う」と、〝世界一〟のプライドを持ったアスリートに進化しつつありました。
ことし4月、芦川選手は静岡の実家を出て日本体育大学に進学しました。パリ五輪に向け、平均台以外の種目も力を伸ばし、オールラウンダーとして活躍する目標を立てました。果たして名門チームでどのような成長を見せてくれるのか。楽しみにしながら大学へ取材に通いました。しかし、新たな一歩は順風満帆とはいきませんでした。これまでよりハードなトレーニングメニュー。それに授業や寮生活との両立も簡単ではありませんでした。初めて家族と離れ、新しい環境に戸惑っているようにも見えました。次第に明るい笑顔も少なくなっていたように感じます。大会でも調子を落とし、絶対の自信を持つ平均台でも思うような演技ができず、涙する姿も…。
パリ五輪 大きな夢に向かって
大きな壁にぶつかった芦川選手ですが、取材終盤、練習に取り組む姿勢や、インタビューに答える顔つきが、明らかに変わってきました。思い通りにいかなかった大会を振り返り、「落ちるところまで落ちてしまったので、あとはもう上がるしかない。この経験を無駄にせず、強い自分を取り戻したい」とも話してくれました。悔しさを乗り越えて、自分の足でしっかり歩き始めたように思えました。
パリ五輪、夢のメダルへ向けて、芦川選手の巣立ちのときを番組は記録できたかと思います。ぜひ視聴者の方々にも、芦川選手の羽ばたきの瞬間を見ていただいて、これからの挑戦を応援してもらえれば幸いです。
ディレクター・荒木雄佑