#30 佐々木朗希・完全試合 “いま投げられる幸せ”

NHK
2022年5月23日 午後2:58 公開

 「佐々木朗希投手が完全試合をやってのけた」。その瞬間、頭に浮かんだのは28年前に完全試合を達成した巨人の槙原寛己さんでした。しかし、当時3歳だった私は歴史の1コマとしてしか知りません。プロ野球史に刻まれる偉業が成し遂げられたことに、なかなか実感がわきませんでした。

 完全試合の直後、急きょ番組は立ち上がりました。私自身、キャッチャーの松川選手には取材したことがあったものの、佐々木投手について詳しい知識があるわけではありませんでした。甲子園出場をかけた県大会決勝でマウンドに立てなかったこと。プロ1年目は、一軍に同行はしても登板しなかったこと。今シーズンは初めて開幕ローテーションに入ったこと、ぐらいでした。

“投げないことが闘い” 日本一の投手になるために

 番組制作にあたって、まず過去の記事やインタビューなどの資料を見返すところから始めました。そして、改めて佐々木投手の境遇や思いを知ると、華々しい完全試合とはまったく違う景色が見えてきました。東日本大震災で大切な家族を亡くした子ども時代。甲子園の夢をつかもうと、ともに泥にまみれた仲間への思い…。プロ入りしても体を基礎からつくるため、練習でも球数は厳しく制限されました。将来のためとは分かりつつ、投げたくても投げられない。佐々木投手には、もどかしさもあったように思います。

 しかし、佐々木投手が抱いてきたのは「日本一の投手になる」という決意でした。その目標に到達するため、我慢を重ね、自分自身をコントロールしていたのだと感じました。今回、インタビューした権藤博さんは「投げないことが彼の闘いだ」と指摘されていました。

苦しい思いをしてきたから、感じられる幸せ

 偉業達成の背景にあった、佐々木投手の強い思い。とてつもない記録も、佐々木投手や支えるスタッフにとっては「通過点」なのだろうと思います。次の試合、8回までパーフェクトを続けながら潔く降板させたのも、当然の判断だったのかもしれません。

 番組最後のインタビュー、佐々木投手は「苦しい思いをしてきたなかで、いまこうやって投げられることに幸せを感じる」と語ってくれました。これまで大変な道を歩んできた分、新たな道を切り拓き、多くの人々を元気づけられる存在になれるのではないでしょうか。「日本一の投手」へ駆け上ろうとする佐々木投手。同時代を過ごせる幸せを噛みしめ、取材者としてファンとしてワクワクしながら見守り続けていきたいです。

                         ディレクター・韮澤 英嗣