#40 広島・新井貴浩 “マイナスな言葉”を発しない訳

NHK
2023年4月27日 午後6:25 公開

 去年10月7日、“新井貴浩さん”が広島東洋カープの監督に就任することが発表されました。私は、そのニュースを報せるスマホの通知音で叩き起こされました。現役時代、2000本安打も達成した大打者。一方で、指導者経験はゼロ。いったいどんなチームづくりを行うのか。すぐに様々な興味がわきました。

 11月、宮崎県日南市で行われた秋季キャンプから取材は始まりました。弱肉強食のプロ野球の世界で、開口一番、チームを「家族」と呼んだ新井監督。取材の中で見えたのは、選手の短所ではなく長所に目を向ける姿や、上手くいっていない選手にも積極的に声をかける姿でした。まさに“理想的な監督像”。指導者経験がないことなど、まるで感じさせないものでした。

新井監督に悩みはないの? 取材者としての迷い

 時が過ぎ、チームづくりが本格化する春のキャンプがスタート。開幕も近づき、新監督はどんな悩みを抱えているのだろうか、取材者として知りたいと思いました。しかし、新井監督はひと言たりとも否定的な言葉を口にしません。私には、常にポジティブな新井監督が“超人”のように見え、どんなところに迫るべきなのか分からなくなっていました。キャンプ最終盤のインタビュー、思い切って尋ねました。「なぜ悩みであったりネガティブな感情を、人前で出さないのですか?」。数秒間、沈黙したあと、新井監督はゆっくりと口を開きました。

「チームは良くも悪くも“監督の色”に染まる。監督がマイナスな言葉を発したら、選手たちもそっちに引っ張られる。だから、気をつけている。」

 新井監督は悩みのない超人などではなく、あっても口に出せない立場にある。そして、選手の長所に目を向けたり、うまくいかない選手にも声をかけたり、これまで行ってきた全ての行動は、『選手のモチベーションをどう保ち続けるか』という一点に通じていることに、ようやく気づきました。オープン戦で負け続けようと、開幕3連敗しようと、選手を責めず、ひとり責任を受け止める。そんな新井監督の姿をしっかり伝えればいい。私の迷いも消えていきました。

支えてくれた人たちを大切にする

 今回の取材で、強く印象に残ったことがあります。それは、新井監督の源泉を知りたいと、ご家族、学生時代の友人や野球関係者に話を聞いて回っていたときのこと。番組で取り上げた愛読書「はだしのゲン」にまつわるエピソードをはじめ、興味深い話ばかりだったのですが、もう一つ、感銘を受けたことが…。新井監督はお世話になった方々を、卒業やプロ入りといった節目節目で必ず「再訪」しており、今でもしっかりとした人間関係がつながっているということでした。「苦しく、上手くいかないことばかりだった」と自ら語る野球人生。その中で支えとなってくれた人たちを大切にする。誰からも信頼される人柄の一端に、また触れられた気がしました。

 シーズン前、下馬評は決して高くなかったカープ。新井監督がどんな未来を切り拓くのか、今後も注目したいと思います。

               ディレクター・今井志郎(NHK広島)