#37 田中碧 “サッカー人生の分岐点”だった3週間

NHK
2022年11月11日 午後2:35 公開

 サッカー日本代表を担当する私が田中碧選手の取材を始めたのは、東京オリンピックのときでした。3位決定戦を終えた碧選手にインタビューをすると、「今までやってきたものが世界に通用しなかった。僕たちはもっとサッカーを知らないといけない」と大粒の涙を流しながら答えました。「この悔しさはW杯でしか晴らせない」。あの涙から2か月後、碧選手はアジア最終予選で先発に抜擢されると、そこからチームは6連勝。苦境にあった日本の救世主となり、代表の中盤に欠かせない存在になりました。

散歩も読書も すべてはサッカーのために

 9月、ようやく実現したドイツでの密着取材。期間中、碧選手はさまざまな表情を見せてくれました。日課は散歩と読書。長いときには自宅の周りを1時間以上、散歩しています。朝早く起きて散歩に出かけることも多いそうで、「もう、おじいちゃんですよね」と苦笑い。散歩の途中、ベンチに座って本を読むことが気分転換になっていると言います。でも、それらもすべてサッカーで成長したいがため。少しでもサッカーにつながる知識はないかを、貪欲に探しているのです。

 例えば、ある日の食事のとき、碧選手は左手で箸を器用に使って食事を食べていました。「右利きなのにどうして?」と聞くと、「右利きの人が左手を使うと脳が活性化されるって何かの本で読んだので。3か月くらいやってたらすごくうまくなりました」と笑顔で答えてくれました。

大きな壁に直面して 新たにした決意 

 取材では厳しい質問をぶつけなければならない場面もありました。「代表でポジションを争うライバルは、ドイツ1部やチャンピオンズリーグで活躍している。自分は2部でプレーしているけど意識はする?」。そう尋ねると、碧選手の表情が変わりました。「それは自分が一番わかっているので。だからこそ代表で自分の価値を示さないといけないんです」。

 強い決意を持って、9月の代表合宿に向かった碧選手でしたが、待っていたのは大きな壁でした。主力メンバーで臨んだアメリカとの強化試合で先発から外れました。試合で躍動したのは所属クラブでは、ひとつ上の舞台で活躍するライバルたち。ベンチからその姿をはっきりと見つめ、目に焼き付けていたのがすごく印象的でした。

 代表活動から戻ってきた碧選手。いつものように散歩をしながら、直面する壁を乗り越えるために必要なことを整理していました。「初めて自分の手で乗り越えなきゃいけない、大きな壁に出会ったなと。だからこそ超えたときは、世界を見れる選手になれるんじゃないかと思いますね。高ければ高い壁のほうが、登ったとき、気持ちいいっすもんね。今は悔しいけどね。頑張んないと」。

 この3週間は、碧選手が「サッカー人生の一番の分岐点」と言うほど、心が揺らぐ出来事が多くありましたが、私たちの取材にも真摯に向き合ってくれました。そして最終日、碧選手は私たちにこう宣言しました。「いつか日本人で一番のボランチになるので、見ておいてくださいね」。ワールドカップでは「新しい田中碧」を見せて、世界を驚かせてほしい。そして、「日本人で一番のボランチ」になっていく過程も追い続けたい。そう思わせてくれた、3週間の濃密な取材でした。

 彼ならきっと実現できると信じて、私もワールドカップの取材に向かいます。

                    スポーツニュース部記者 武田善宏