番外編②"ゲーム音楽界の女神"下村陽子×ゲームゲノム ~テーマ曲誕生秘話~

NHK
2022年12月1日 午前10:22 公開

いや~、「ゲーム音楽」って素晴らしいですよね!“ゲームは、「ゲーム音楽」無しには語れない”と心から思います(いや「ゲームゲノム」、番組中で音楽について全然触れてないじゃん!という皆さんからのツッコミが今全身に突き刺さりました。いずれ「ゲーム音楽SP」を…いずれ……!)。はてさて何と表現すれば良いのでしょう…遊んでいる瞬間の“本当にその世界に鳴っている感”というすごさはもちろんのこと、例えばサントラでお気に入りの曲を聴くとゲームの印象的なシーンがパアッと脳内に広がることがあったり、プレイしていた頃の“匂い”=当時の自分のキモチみたいなモノまでよみがえってくる、とでもいいましょうか。とても不思議なミュージック体験を秘めている素敵な存在だと感じています。

こんにちは!「ゲームゲノム」の総合演出を務めています、ディレクターの平元慎一郎です。前回に引き続き、「ゲームゲノム」という番組の裏側をちょっぴり紹介する番外編をお届けしたいと思います。さて、もう一度言わせてください…「ゲーム音楽」はすごい!これはひとえにコンポーザーの皆さんの楽曲が素晴らしいことはもちろん、“ゲーム中に流れる音楽だから”だと個人的には感じています。

そんな「ゲーム音楽」の魅力を“ゲーム教養番組”である「ゲームゲノム」にも、テレビ的なニュアンスにはなるものの組み込みたいー。レギュラー化に際して、私がすぐに考えたのがゲーム音楽コンポーザーによる番組オリジナルテーマ曲の制作でした。

そして、さまざまなゲーム体験歴を持つ本番組のディレクター陣で候補となる人を出し合い協議を重ねた結果、お声がけしたのが下村陽子さんです。これは、平元の個人的な経験談も入ってしまうのですが、下村さんの曲は本当にどれも珠玉。そして、手掛けられたタイトルは数知れず。遡っては『ストリートファイター2』や『スーパーマリオRPG』、『LIVE A LIVE』などスーファミ時代の名作と呼ばれるゲームたちを下村さんの音楽が彩っていました。近年の代表といえば、やはり『キングダムハーツ』シリーズでしょう(私は、シリーズ通してタイトルバックに流れる「Dearly Beloved」について、それぞれ聴いただけでどのバージョンか分かるくらい大好きです)。とにかく長年にわたり、信じられないほどの数の名曲を生み出してきた「ゲーム音楽界の女神」なのです(平元談)。

チーム・ゲームゲノムで「下村さんにお願いしてみよう!」となって、すぐさま企画書をしたため、お送りしました。すると、即返信が!メールには、番組のコンセプトに共感していただいたこと、テレビ番組のテーマ曲という新たな挑戦にワクワクしていることなど、アツい御言葉が綴られていました。“もう受けてくださる前提”くらいの勢いがあり、オファーした我々の方がびっくりするほどの情熱を感じ、変な話ですが逆に焦ったのを覚えています。そして早速、直接お会いして“どんな曲にするか”を打合せすることになりました。

初めて会ったときの下村さんの印象で強烈だったのは、とにかく謙虚な方、ということでした。

「本当に私でいいんですか?」 「デモを聴いて“なんか違う!”と思ったら絶対に言ってくださいね!」

など、ゲームコンポーザーのレジェンドとは思えない真摯なお人柄にノックダウンされました。さらに突き刺さったのは、「私はゲームが本当に好きなんです。だから、この番組に携われることに喜びと責任みたいなものを感じています」という言葉。最終的には、「番組のテーマ曲」というゴールに向かうわけですが、まずは“ゲームが大好きな人間同士”という感覚を共有できたことがうれしかったのです。

で、肝心の“どんな曲にするかー”。我々からは、大きく3つの方針をお伝えしました。

①アバン(番組冒頭の導入部分のこと)で流れたら、視聴者が“「ゲームゲノム」が始まった!”と感じる強烈な印象

②教養番組としての“理知的なイメージ”とゲームという存在そのものが持つ“ワクワク感”の両立

という、今思うと結構な難題というか、無茶ぶりにも近いお願いをしました(もちろん下村さんなら作っていただける、という信頼と期待があってのことなのですが)。

そして、

③“下村陽子節”を全面に押し出した唯一無二感

という、もうほとんど「ニュアンス論じゃん!」みたいな要望もお伝えしました。一方で、私の中には(私なりの)“下村陽子節”のイメージがありました。これまでのプレイ体験はもちろん、サントラを聴き込んできた経験、そして打合せの前2週間ほど隙あらば下村さんの曲を聴き続けて何とか言語化したモノがあったのです。ただ、下村さんのすごいところは楽曲の幅広さであり、一概に「こういうのが“下村陽子節”だ!」と簡単に言えないのも間違いがありません。ポップなビットミュージックはもちろん、切なさと希望を“同時に”醸し出す寂寥感あふれるピアノ曲…はたまたビートの効いたテンションブチ上げのバトルBGM、さらにはオーケストラや声楽をふんだんに組み合わせた荘厳な世界観など、本当に多種多様な曲を書かれるのです。それでも、どれを聴いてもやっぱり“下村陽子節”なんです(私にとっては!)。

話は戻って――こんな平元の無茶ぶりを聞いた下村さんは「分かりました…やってみます!」と力強い返答をくださいました。そして、どんなテーマ曲になったかというと…是非番組をご覧になってください!と、ここまで書いておいてイジワルなお願いだけをするのも恐縮なので、気になる方はこの番組HPをのぞいていただければと思います。

【動画タブ】に、下村さんへのインタビューと、実際のレコーディングの様子で構成したメイキング風MVがあります!インタビューでは、下村さんが楽曲に込めた思いやゲーム愛を感じることができますし、後半は演奏風景とともに楽曲をたっぷり堪能できるようになっています(ぜひイヤホン・ヘッドホンで聴いてください!細部の細部までこだわりが詰まったアレンジと芳醇な音に圧倒されると思います。生音のピアノ&弦楽器とシンセサイザーの化学反応が随所に…たまりません!)

余談にはなってしまうのですが、この動画のディレクタションを務めたのは12月14日(水)放送予定の第9回「自問自答~This War of Mine~」を担当した堀江ディレクターです。彼は、私に負けず劣らずの下村さんファンでインタビューとレコーディングのロケを買って出てくれました。下村さんを前にド緊張していた堀江ディレクターでしたが、インタビュー冒頭で「まず御礼を言わせてください。これまでたくさんの素晴らしい曲を聴かせていただいたこと、そして学生時代には「キングダムハーツ」のサントラをお供に、辛い受験勉強を乗り切りました。」と話していたことが印象的でした。そう、我々には(もちろん下村さんだけでなく)「ゲーム音楽」の存在が人生の中で大きな力になってくれていたのです。それに呼応するかのように、「下村さんにとってゲームとは?」という最後の質問に対して、

やっぱり私の一部ですよね。 ゲームがなかったら今の私って絶対に形成されてなかったと思うので。

と答えてくださいました。これまで積み上げてこられた、ゲームとゲーム音楽への愛が、この答えとテーマ曲1分18秒に詰まっていると感じました。

曲のタイトルは『The Game-Genome Dreams』。これは曲が完成してから下村さんに原案を出していただき、一緒に決めました。ゲーム作品やプレイ体験が我々に見せてくれる夢、そこから受け取った大切な感情や価値観が生み出すゲーマーそれぞれが持つ夢―。そんなゲームを通して思いを馳せる大事な思い出や大切にしたい未来を表しています。少し仰々しいのかもしれませんが、このテーマ曲が出来上がったときに感じた言葉にできない感動を曲名で下村さんに気付かせてもらえました。

そして、下村さんには、実はもう1曲作っていただきました。そう、番組のエンディング曲です。終盤、「今回のゲームゲノムはー」とテロップとともに流れます。音楽の力はここでもやはり偉大で、まさにそこまで深掘りしてきた作品から出演者の皆さんが何を受け取ったのかー様々な答えや解釈、気づきを視聴者の皆さんとシェアするとっても大事な時間です。そこに寄り添ってもらうエンディング曲は、メインとなるテーマ曲のピアノアレンジを、と最初の打合せの段階から決めていました。

同じメロディラインであることを大切にすることで「ゲームゲノム」という番組を最後まで印象的に包みたいと考えました。そして、ピアノアレンジにこそ下村さんの真骨頂が表れるのは想像に難くなかったのです。ご本人もインタビューの中で、

ピアノは私の基本。 体の芯に根付いているものなので、細胞、遺伝子の一つ一つに組み込まれているものなんだなと改めて意識をしました。 ピアノでそういうミクロな世界観を、私が表現したらどういう曲になるかっていうのを聴いてみたいと思って(作りました)。

と語ってくださいました。こうした下村さんの思いを演奏として形にしてくださったのが、ピアニストの森下唯さんです。

その特徴は、ロマンチックでありながらの超絶技巧!そのワザがテーマ曲でもエンディングバージョンでも強烈な輝きを放っています。その源流にあるのが、東京藝術大学でピアノを学んでいた頃に出会ったフランスのロマン派作曲家・ピアニスト、シャルル=ヴァランタン・アルカン[1813-1888]の存在でした(私もクラシック音楽に詳しいわけではないので、森下さんの演奏がきっかけで知ったのですが…)。アルカンの曲は、とにかく難しいことで有名なんだそうです。超絶的な技巧の数々、極端な速度のピークと変化、高速での大きな跳躍、長時間の速い同音連打、幅広い対位法的旋律の維持など。その魅力に惹かれた森下さんは、学生時代からアルカンの曲を弾きまくり、インターネットで演奏を生配信するなど、話題になりました(インターネット上の森下さんの活動名義は『ピアニート公爵』)。加えて、元々好きだったアニメやゲームなどの曲をアルカン的解釈でアレンジして披露していったのです。すると、森下さんの独創的なピアノは多くの業界関係者から注目を集めます。ゲーム音楽コンポーザー・下村陽子さんもその一人。今回のレコーディング中でも、森下さんとの出会いや「森下さんのピアノでしか表現できない曲があったんですよ!」など貴重なお話を伺うことができました(実際に、森下さんは『FINAL FANTASY XV』や『キングダムハーツⅢ』などで下村さんとご一緒しています)。そんな森下さんが編曲と演奏をしてくださったのが、番組テーマ曲のエンディングバージョン『電子遊戯は螺旋を夢見る-The Game-Genome Dreams piano ver.-』です。

こちらの曲名は、不肖平元から下村さんにご提案させていただきました。大きくは、メインテーマの日本語意訳ではあるのですが、曲名というのは不思議なもので、まさに夢を見ているような聴き心地になります。ゲームは仮想世界で、非現実な体験をもたらしてくれることが多いエンターテインメントですが、一方で番組のコンセプトにもなっている「ゲーム・プレイ体験が現実社会に生きる我々にもたらした感情や価値観―ゲームの遺伝子とは何なのか?」というある種の禅問答をそのまま曲にしていただいたような雰囲気があります。そこには単なるワクワクやドキドキだけでなく、悩みや悲しみもあるような気がしていて、だからこそ輝く希望や祈りがあるとも思うのです。皆さんは、ゲームを遊ぶ自分にどんな夢を見ますか?

さて!そんなエンディング曲も今日から番組HPでお聴きいただけるようになってございます(こちらも番組尾HP内の【動画タブ】よりどうぞ~)!そして、パイロット版から第10回までのハイライト映像で構成したミュージックビデオとして作りましたので、これまで「ゲームゲノム」をご覧いただいた方も、これから観てくださる方も、その世界にどっぷり浸つかっていただければうれしいです!

今回もnote「ゲームの遺伝子解析記録」をお読みいただいてありがとうございました!

ディレクター 平元慎一郎

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