映画やテレビなどで活躍する
片岡愛之助さん。
最新の出演映画では
江戸の町を舞台に悪をこらしめる
ダーク・ヒーローを演じています。
9歳のときに歌舞伎の世界に入った愛之助さん。
現在の幅広い活躍につながる
人生の分岐点とは?
聞き手は八田知大アナウンサーです。
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愛之助:「私の人生の分岐点は
若いころに初めて出た映画ですね。
『シベリア超特急』ってご存じですか?」
八田:「いや、ごめんなさい。」
愛:「水野晴郎先生が
作られていらっしゃる映画なのですけれども、
それに出させていただきました。」
■カルト的人気を誇った
サスペンスミステリーのシリーズに
愛之助さんは思いがけなく
主役として抜てきされました。
■9歳で初舞台を踏んで以来、
ひたすら歌舞伎役者として
研さんを積んできた愛之助さん。
32歳で初めて映画に出演したころは
決して注目される存在ではありませんでした。
愛:「忘れもしない、(当時)国立劇場に
出させていただいておりましたらですね、
父の(片岡)秀太郎が楽屋まで呼びに来て。
『水野晴郎さんが来ていらっしゃる。』と。
それで、お芝居が終わって(水野さんに)
『すごくよかった!ぜひ私の映画に出てくれ!』
と言われまして。」
八:「そこでいきなり言われたのですか?」
愛:「言われて(笑)
リップサービスかな?と思って、
そんなことないだろうと。
『喜んで。いつでもお声をおかけください。』
と言ったら、3日後ぐらいに
台本が送られてきましてですね(笑)」
八:「(笑)」
愛:「本当に出してくれるんだ!
と思って、すごくうれしくて。」
八:「実際に水野監督から言われた思い出、
学んで生かしたことはありますか?」
愛:「(役を)作って、テストでやると
(水野さんが)『とってもいいと思います!』
と(笑)おっしゃってくださるのですけれど、
現場はすごく明るい雰囲気で、
和気あいあいと作っていたので、作品を。
非常にいいムードです。
それは監督が、
僕が緊張しないようにそういうふうに
おっしゃってくださっていたのでしょうね。」
■撮影から1年近くのち、
映画が公開されました。
大きな映画館でなく、
ミニシアターを中心とした上映になりました。
しかし、この映画が
愛之助さんの飛躍のきっかけを
つくっていくのです。
愛:「実はこの映画の大ファンであられた
大先生がいらっしゃってですね。」
八:「えっ、誰でしょうか?」
愛:「はい。
何を隠そう三谷幸喜さんなんです。
三谷さんが水野先生の
『シベリア超特急』が大好きで
(映画を)ご覧になられたら、
片岡愛之助という役者が出ていたわけですよ。」
八:「ええ。」
愛:「(三谷さんは)『誰だこれは?
この人いいじゃないか!』
と思われたんですって。
また驚きですね。」
■映画をきっかけに愛之助さんは
三谷さんの作品に出演するようになりました。
30歳を過ぎてから
映像の世界で活躍し始めた愛之助さん。
人知れず、努力を重ねてきました。
愛:「映像は全然違うお仕事で。
一から勉強しなきゃいけないなと思って。
今まで舞台で培ったことが
何も役立たないじゃないかと。
大きな声を出してもいけないし。
歌舞伎座なら、
2000人が分かるような、
3階のお客様が分かるような、
ないしょ話をしなくてはいけない、
舞台の上で。
そういう(大きな声を出す)演技を
ずっと学んできたわけですから。」
八:「はい。」
愛:「でも映像になると、
“あっ!”と思ったら、
目玉だけこう、動かしたらいいわけで。
それ以上リアクションをすると
めちゃくちゃ不自然になるので。
全然違うなと。」
■それでも愛之助さんは努力を重ね、
テレビや映画で
確固たる地位を築いてきたのです。
映像の世界に足を踏み入れたことで、
歌舞伎の舞台にも
前向きな変化があったといいます。
愛:「やはりリアルな思い入れ、
思いというんですか?
もちろん、
歌舞伎も心を動かしてやるお芝居ですから、
心を非常に大切にして
お芝居をしておりますけれども、
新作歌舞伎とかをつくる上で
(テレビドラマの)演出のしかた、
技法を使わせていただいたりする場面も
ありますから、
非常に勉強になるなと思って。」
■ミュージカルの演目を
新作歌舞伎に仕立てる試みも。
固定観念にとらわれない
愛之助さんの挑戦です。
愛:「僕、物事は知らないよりも
ひとつでも多く知っているほうがいい
と思うんですよ。
やはり物事に深みも出ますし。
ですから、浅く広く知るということは
すごく大事だと思うんですよね。
やはり歌舞伎役者ですから、
“かぶく心”を忘れてはいけない
ということですよね。
そもそも歌舞伎は出雲阿国という女性が
刀を担いだり、
奇抜な格好をして踊っていた、と。
それを人々が見て
『あの人たち、傾(かぶ)いているよね。』
『傾奇(かぶき)者だね〜。』から、
この今の“歌舞く”という当て字になって
“歌舞伎”というものができたわけですから、
“傾奇者”なんですよ。
いちばん新しい最先端のことをして、
傾いている人たちが
“傾奇者”であって、
それが今、NOWですね、
今の“歌舞伎”なんですよ。」
八:「まさに奇抜、新しいことをするのは
その“傾く精神”を体現している、と。」
愛:「そうですね。
いろいろなものを作っていくことが
歌舞伎を残すということじゃないかなと
思いますね。」