学校や職場などで一度は着たことがあるという人が多い「制服」。
「長野県には制服がない高校が多いのではないか」
こんな「身近な疑問」がNHKに寄せられました。
調べてみると、背景には1960年代後半のある出来事が影響していました。
(斉藤光峻)
高校の入学式に着ていくもの
NHK長野放送局の「身近な疑問、お答えします」に寄せられた制服に関する疑問は、かつて私も抱いたことがある高校の制服に関する疑問でした。投稿者は山梨県から松本市に移住してきた50代の女性です。
「中信地区では制服がない高校をよく目にしますが、どうしてでしょう。私の息子の高校も制服がなく、入学式に何を着ていくか友人に聞くと、『中学の制服を着て参加する』と聞いて驚きました。なぜなのか知りたい」
まず長野県の現状を確認してみました。すると、県内の全日制県立高校78校のうち、ちょうど半分の39校で制服がないということでした。
地域別でみると、北信は23校のうち12校、中信では17校のうち12校、東信は15校のうち9校、南信は23校のうち6校で制服がないという結果でした。中信と東信では制服がない学校の割合が高かったのです。
制服がない事情
実際に事情を聞いてみようと、制服のない長野県立長野高校(長野市)に問い合わせると同窓会事務局を紹介されました。早速訪ねると、まず学校創立100周年を記念して整備された資料室に案内されました。
資料室で調べていると、年表に記された「昭和44年(1969年)10月制服自由化」という文字に目がとまったのでした。そこで、同窓会事務局に当時の状況を知る人を紹介してもらえないか尋ねたところ、昭和44年に制服が自由化された当時、高校3年生だった2人から話を聞くことができました。
2人は当時の状況について、「今では考えられないかもしれないけど」と前置きした上で、当時の状況について話してくれました。
「『高校生はかくあるべきだ』とか押しつけられるような雰囲気が当時ある中で、高校生は『自分たちで自分たちのことを決めたい』と思ったのです。自由や自治を求めていろいろなことに参加、発言していく時代の風潮がありました」(桃林聖一さん)
当時は国家や大学当局の管理などに反発する学生運動が盛んで、中には運動に参加する高校生もいました。
その波は長野高校にも及びました。一部の生徒たちが校長室で校長や教員を取り囲み自分たちの主張や不満を訴えることもありました。
そして、「制服は管理の象徴」と考えた生徒たちが服装の自由を求めたのでした。高校生の主張が通り、生徒たちは制服から“解放”されたのです。
「決まりだから制服を着ろとか、そういうことは嫌だった。大げさに言えば『制服自由化を自分たちで実現した』という気持ちだった」
1960年代後半の学生運動がきっかけで制服の自由化が始まったとされたことがわかってきました。そして、この流れは県内の別の高校にも広がっていったのです。
議論続く“制服自由化”
2000年代に入っても制服をどうするか、議論は続きました。
2007年と2014年に2回統合した県立飯山高校(飯山市)もその1つでした。
制服がない飯山照丘高校と制服がある飯山南高校が統合した際、「学校に誇りを持ってもらいたい」などとして制服が採用されました。
しかし、飯山北高校との統合では制服をめぐって意見が割れます。
当時飯山北高校の校長だった渡辺藤夫さんです。制服を採用するかどうか、教員から意見を募りました。
「制服のある学校を多く経験していた先生たちは『制服をしっかり着てルールを守る。そういう力を付けた方がいい』という意見でした。その一方で、制服がない学校を多く経験していた先生たちからは『制服について注意や指導をする必要もないので生徒とフランクに交流できる』などの声が多かったです」。
約3年協議を重ねた結果、飯山高校は最終的に制服を廃止しました。
「新しい学校の教育目標には『みずから考え探求する力をつける』、『自主自立の精神を養う』という項目がありました。そういう意味では決められた制服ではなく自由な服の方があっていると考えました。多様な生徒の個性を尊重する教育をしていきたいということでした」(渡辺藤夫さん)。
制服がある高校は?
では、制服がある高校はどのような考えを持っているのでしょうか。話を聞くと、以下のようなものでした。
「規範意識を高めてほしい」「制服で学校にプライドを持つことができる」
中にはこんな意見もありました。
「制服に憧れて生徒たちが集まってくる」(長野県外の高校)
全国では?
長野県では制服がない学校がちょうど50%ということですが、全国的に見るとどうなのか、各都道府県の教育委員会に問い合わせました。
全日制の都道府県立高校から算出した制服がない学校の割合です。
▼10%~20%…宮城・大阪
▼5%~10%…北海道・新潟・東京・三重
▼5%未満 …秋田・茨城・栃木・埼玉・千葉・神奈川・岡山・鹿児島・沖縄
27の府県ではすべてに制服があるとの回答でした(調査なしが青森、岩手、福島、兵庫)。
東日本では制服がない学校が一定数ある一方で、西日本では逆にすべての学校で制服があるという回答が目立ちました。この結果からみても長野県の「ない」割合が非常に高いことがわかります。
長野に制服ないが多い理由
なぜ長野県ではそうなのか。制服に詳しい教育の専門家にその背景について聞きました。
「長野県は割とリベラルな地域なのか、生徒の考え方を尊重するような機運がほかの都道府県よりも高いことも影響していると思います。1960年代後半に盛んだった学生運動の波は高校にも広がり、その際に『制服の画一化はよくない』『制服はわれわれ生徒を管理する象徴ではないか』という風潮が一気に高まり、制服の自由化が進んだのではないでしょうか」
小林さんは制服の歴史やトレンドについても分析しています。
1960年代後半は「管理・抑圧の象徴」だったとします。その後の1980年代から2000年代にかけては「ファッション」の一面も出て、制服は高校が生徒を集める経営戦略にも組み込まれたというのです。
また、小林さんは、「因果関係はわからないが」と前置きをした上で、「長野や宮城そして北海道の高校の名前には“県立”“道立”を付けずに呼ぶことがある。一般的には、長野県立○○高校とするところ、長野県では“県立”をつけずに呼び、それは宮城や北海道でも同じだ」ということでした。その理由を尋ねると「明確な答えはないが、学校はお上のものではなく、大衆のものだという意思表示ではないか」と話していました。
疑問、お答えします
以上から長野県にはなぜ制服がない高校が多いのかという「身近な疑問」への回答です。以下の2つの要因が大きかったと判断しました。
“学生運動で制服自由化を訴えた高校生の主張が通り、そうした流れが広がった”
“生徒の主体性を尊重する風土があった”
疑問を寄せてくれた女性に調査結果を伝えました。
「長野県が突出して制服がない高校が多いことに驚きました。リベラルや生徒の意見尊重などの理由は想像しておらず新鮮でした」
【取材後記】
2019年に松本市の高校にイノシシが侵入したという出来事を取材していたところ、校舎から私服で出てくる生徒に、私は違和感を覚えました。一緒にいた松本市出身の同僚に聞いてみると「松本市は制服がない高校が多いですよ」と話していたため、今回の投稿をきっかけに自分の中の疑問も解消できました。
また、取材を通して制服がある学校、ない学校に関係なく、“自治”“自立”“自主”という言葉を何度も聞いたほか、教員側も生徒の意見を重視しているのだなと強く感じました。信州にいるすべての高校生がこのような環境で日々学び、生活していることをうらやましいと思いました。
長野放送局記者 斉藤光峻
2017年入局。現在は警察・司法キャップ。軽井沢町で起きたスキーツアーバス事故の取材を一貫して続けている。