帰ってきたよ!信州ダービー

NHK長野放送局ニュース編集 奥村祥汰
2022年5月10日 午後7:32 公開

昔からなんかよくわからないけど、周りに「仲が悪そう」と言われる関係がある。

プロ野球で言えば阪神ファンと巨人ファン、大学で言えば早稲田と慶応、アニメで言えば

「孫悟空」と「ベジータ」というところだろうか。そのような両者の関係性のことをことわざで、「水と油」と言う。

そのことわざにぴったりとはまるのが、サッカーJ3のAC長野パルセイロと松本山雅FCではないだろうか。その両者がぶつかる「信州ダービー」がJリーグで初めて実現する。すさまじいまでに盛り上がるとされる信州ダービーの理由をさぐるため、何度も経験した両クラブのOBに話を聞きに行くことにした。

(奥村祥汰)

信州ダービーとは

“1万5000”

この数字が何かわかるだろうか?

5月15日に行われる信州ダービーの来場者見込みだ。ダービーはパルセイロのホームの長野市のスタジアムで行われるが、パルセイロの今シーズンの平均観客数は約3000人。なんとその5倍、しかも1万5000はこのスタジアムの収容人数マックスだ。関係者の中には本番は満員になることを期待している人もいる。

長野市にホームスタジアムを構えるAC長野パルセイロと、松本市がホームの松本山雅FC。Jリーグでは“初”だが、これまでも行われた両チームによるダービーマッチは毎試合熾烈を極め、異様な盛り上がりを見せてきた。

1990年代に前身のクラブ同士の対戦が始まり、2007年に長野パルセイロが現在のチーム名になってからの対戦は全部で16試合。

2008年には北信越リーグの最終節で勝利したパルセイロがリーグ優勝を決める劇的な試合もあった。また、JFLの舞台で初の対決となった2011年には1万人以上の観客が入り、山雅が終了間際のゴールで勝利するなど、とにかく因縁を感じる両者の対戦だ。

対戦成績は16試合で山雅9勝、パルセイロ3勝、引き分け4つ。

この信州ダービーを題材にした映画も制作されたことがある。

実はこの11年間、公式戦で信州ダービーは実現してこなかったのだ。この11年の中で、ダービーを知る大半の選手が引退した。そして、当時の“熱気”を知らないサポーターも増えただろう。

あの“熱気”はどこからわいてきたものなのか、体験者を直撃した。

教えてやれ 俺らが信州

「全く普段と違うサポーターの熱狂ぶりと熱気、これは本当に負けてはいけない試合なんだと感じた」

そう語るのは現役時代、数々の信州ダービーを経験した松本山雅OBの鐡戸裕史さんだ。山雅には2009年から7年半在籍して主にサイドバックとして鐡戸さんは公式戦166試合に出場した。北信越地域リーグからJ1まで3回の昇格を経験するなど山雅を知り尽くした人物とも言える。引退後もスタッフとしてチームに残って強化担当にあたっている。

「サポーターや地域のみなさんのことが好きで、引退後もクラブに残っている。松本の地に恩返しがしたいし、みなさんの笑顔をとにかくみたい」

鐡戸さんは山雅に移籍前、佐賀県のサガン鳥栖(当時J2)に在籍。その時にお隣福岡県のアビスパ福岡との“九州ダービー”を経験し、ダービーの盛り上がりを肌身で知っていた。Jリーグのクラブ同士のダービーに比べると、当時はアマチュア同士の信州ダービーは「それほどのものではない」と思っていたと言う。

「2009年に山雅に加入して信州ダービーの噂は聞いていましたが、どこまですごいのか、どこまでの熱でやるのかピンとこないところもあった。ダービーが近づくとサポーターから『とにかく今週だけは絶対に負けちゃいけないから』、『パルセイロだけには絶対負けちゃいけない』と言われたのを今でも強く覚えている」

サポーター、地域の人たちとの関わり、信州ダービーの熱を感じ取るようになった鐡戸さん。ダービーの時のみにサポーターが歌う応援歌(チャント)について話を向けると。

「ダービーの時には独自のチャントがある。“パルセイロだけには負けられない”、あれを聞くと自然と気持ちが“あがる”。自分にも緑の血が流れているのかなと思うくらい」

“パルセイロだけには負けられない” 

鐡戸さんにとってパルセイロは良きライバルでもある一方で、感謝の思いを持っているという。そして、後輩たちに激励の意味を込めて次のように語った。

「今の山雅があるのは、当時の地域リーグやJFLで同じ県内にあって切磋琢磨して上を目指したライバルのおかげ。今シーズンはそのライバルとJ3という同じカテゴリーで戦い、J2昇格という同じ目標を持って過ごしている。感謝もあるが、やはりパルセイロだけには負けてはいけないと思うので、120%130%の力を出して戦ってもらいたい」

信州ダービーは本物のダービー

信州ダービーの熱気の中でプレーしたレジェンドがいる。「ミスターパルセイロ」と呼ばれる宇野沢祐次さんだ。いわゆる「点取り屋」のフォワードとしてパルセイロに10年在籍し、出場した公式戦226試合で決めたゴールの数は82にも上った。

11年前、リーグ戦としては最後となったJFLでの信州ダービーは激闘の末、引き分けに終わった。この試合で先制ゴールをあげたのが宇野沢さんだった。

「いまでもしっかり覚えている。どの選手からどういうパスが出て、ゴールシーンも。そこからサポーターのところに行って一緒に喜んでということも、つい昨日のようにはっきりと覚えている。かなり気持ちが入った状態でゲームに挑んで、ホームだったので一緒にサポーターと喜びたいという思いが強くあり、絶対に点を取ってやろうと思っていた。そんな中でのゴールだったので特にうれしかった」

長野への思いを熱く語る宇野沢さんだが、実は千葉県の出身だ。地元では当時J1のチーム同士のダービーも行われていたが、それほどの熱は感じなかったという。

「千葉県でも柏と千葉が対戦するときはダービーと言われているが、信州ほどバチバチとした雰囲気はなかった。その感じで長野に来たが、パルセイロと山雅の場合はバチバチの本当のダービーだとかなり感じた。最初はダービーを意識していなかったが、試合前と試合後の周りの人たちの反応が大きくて、自分の気持ちも熱くなっていった。選手同士も『山雅には負けたくない』というのが生まれ、ダービーになると『絶対勝ってやろうぜ』という雰囲気になっていた。」

宇野沢さんも現役引退後、パルセイロのスタッフになり、現在は下部組織の監督を務めている。「山雅には絶対負けられない」、その精神は教え子たちにも受け継がれている。

「下部組織の選手たちも意識している。試合で山雅の下部組織に勝つとすごく喜ぶ。戦う前も気合が入っていると見て取れるので、いいDNA、いいチーム同士のライバル関係があるのかなと思っている。OBとしても1人のサッカーファンとしても、これほどの緊張感を持ったライバル心バチバチのダービーを見るという機会は多くない」

宇野沢さんはライバルに敬意を払いつつも、信州ダービーでのパルセイロの勝利を信じている。

「山雅は手強いと思う。勝負どころの力強さはJ3でトップクラスの力を持っている。だからと言って、パルセイロが勝負どころの力強さがないわけではない。パルセイロのいいところを存分に発揮して戦ってほしい」

いよいよ決戦!

山雅の元選手、鐡戸さんも信州出身ではない(熊本県出身)。それでも松本に残って、チームのため、地域のために活動している。信州のサッカーにひきつけられる何かがあるのだろう。

実はJ3で初となる信州ダービーの前に、その前哨戦が5月8日に行われた。天皇杯出場をかけた長野県サッカー選手権大会の決勝だった。

互いの意地がぶつかる激戦となり、宮田村出身で山雅の下部組織に所属する17歳の田中想来(そら)選手が値千金の決勝ゴールを決め、山雅が1対0で勝利した。

だからといってパルセイロもこのまま簡単には引き下がらないだろう。次はホームでの“絶対負けられない”試合、サポーターの前で勝利への強い執念をみせるに違いない。両クラブの強い思いがぶつかる一番で、信州サッカーに新たな歴史が刻まれる。

(取材後記)。

11年前を最後に行われることがなかった信州ダービーのことを覚えているのか。取材前にはそんな不安を抱えていたが、それは杞憂だった。かつてのダービーの話を昨日のことのように話してくれた2人。その熱い思い、地域を巻き込んでのすさまじいまでの盛り上がりを感じ取ることができた。さらに天皇杯をかけた決勝で、その盛り上がりは確信に変わった。

ますます過熱する気配を帯びてきた信州ダービー。5月15日も熱戦を期待したい。

長野放送局映像制作 奥村祥汰

2020年入局。中学、高校、大学といずれも野球部でスポーツが大好き。