御嶽山噴火訴訟 遺族らの訴え棄却も国に「違法」

長野放送局 記者 谷古宇建仁
2022年8月12日 午後0:49 公開

「噴火の直前に警戒レベルを据え置いた気象庁の判断は合理性に欠け違法だ」

8年前の御嶽山噴火をめぐる裁判で、裁判所は異例とも言える指摘をしました。

死者・行方不明者が63人にのぼった御嶽山の噴火災害で、長野地方裁判所松本支部は、国などが噴火警戒レベルの引き上げを怠ったとして、遺族などが賠償を求めた訴えを退けました。

ただ、判決では国の判断の違法性を認めたのでした。

遺族らが裁判で求めてきたのは噴火の真相でした。裁判で明らかになったことは何だったのでしょうか。

(谷古宇建仁)

戦後最悪の噴火災害

2014年9月27日午前11時52分、長野と岐阜にまたがる御嶽山が噴火しました。死者・行方不明者は63人にのぼり、戦後最悪の火山災害となりました。

  この噴火をめぐって2017年、一部の遺族らが「事前に噴火警戒レベルを引き上げるのを怠った」などとして国と長野県に賠償を求める訴えを起こします。  

遺族らは裁判を起こした理由を、最愛の人たちを奪った火山災害を検証するためだと述べました。

夫の保男さん(54)を亡くした伊藤ひろ美さん(長野県)

「夫は噴石を浴びても折れた足をベルトで結び、なんとかして生きて帰ろうとした。その最期の姿を見て、一体なぜこんなことになったのだろうか、噴火警戒レベルが引き上げられていれば助かったのではないかという思いが頭から離れなかった。火山性地震が50回以上起きるなど噴火の兆候があったにも関わらず、気象庁や長野県が対策をしなかったのは怠慢そのもので、その結果、63人が犠牲になった。遺族に残された検証の場は裁判しかない。同じようなことが再び起きないようにきちんとこの災害を検証する。歴史に残る裁判にしたい」

長男の英樹さん(37)を亡くした堀口純一さん(岡山県)

「息子はこれまでもほかの火山への登山を計画した際に『噴火警戒レベルが2になったから中止にしよう』と仲間にメールを送るような慎重な性格だった。裁判を通じて当時の火山防災の体制や真相を明らかにした上で、国や長野県には責任をとってもらいたい。2度とこのような災害でたくさんの命が犠牲にならないようにしてほしい」

裁判は2017年3月に始まり、5年以上にわたって23回の審理が行われ、ことし2月に結審しました。この間、原告は遺族やけがをした人の32人になりました。

裁判の争点

裁判で主に争われたのは、事前に噴火警戒レベルを「2」に引き上げずに「1」に据え置いた気象庁の判断が適切だったのかという点でした。

原告側は噴火警戒レベルを上げるべきだった時期は2つあったと主張しました。

1つ目は、噴火の2週間余り前に気象庁が引き上げ基準の目安の1つとしていた1日の火山性地震の回数が50回を超えた直後です。2つ目は、山体の膨張を示すデータが観測されたとする噴火の2日前

この2つの段階いずれかで「噴火警戒レベルを引き上げるべきだった」としたのです。

これに対し被告の国は、▼火山性地震の回数はレベル判断の目安にすぎない、▼山体の膨張について示す確実なデータはないと反論します。

その上で、「判断はほかの観測データも考慮して総合的に行ったもので、著しく合理性を欠くものではない」として訴えを退けるよう求めました。

また、設置した地震計のうちの2つを故障したまま放置したとして訴えられた県は、設置は砂防のためで火山活動を観測する法的義務はないと主張しました。

判決を前に、遺族は

23回の審理のすべてに出席した伊藤さんは判決を前に、改めて次のように語りました。

「当時の気象庁の観測や危機管理体制がずさんだと思うような証言がこれまでの裁判ではあった。だからこそ、多くの犠牲者が出たと強く感じた。裁判所には、火山防災の発展につながるような納得のいく判決を望む」

そして、判決は

そして、判決を迎えます。

長野地方裁判所松本支部 山城司 裁判長

「主文。原告の請求をいずれも棄却する」

裁判長を見つめていた遺族が、少しうつむいたように見えました。

しかし、その判決理由を聞くと、単純に棄却したわけではなかったのです。

主な争点の1つの噴火警戒レベルの判断では、火山性地震が増えていた2週間余り前の段階で、気象庁が直ちに引き上げる注意義務があったとは言えないと退けます。

一方で、噴火2日前に山体膨張の可能性が指摘された時点では次のように述べました。

山城司 裁判長(判決・要約)

「噴火2日前に地殻変動の可能性が指摘された際、十分検討をせず、レベルを漫然と据え置いた判断は合理性に欠け違法だ」

噴火警戒レベルの2日前の判断については原告の主張を認め、国の判断の違法性を指摘したのです。

そうなると、賠償を認めるのではないかと思いますが、裁判長の結論は次のようなものでした。

山城司 裁判長(判決・要約)

「その段階から気象庁が対応していたとしても、立ち入り規制などが間に合って被害を防ぐことができたとは言えない」

賠償を求める訴えは退けられました。

判決が言い渡されたあと、遺族など原告が胸の内を明かしました。

一緒に登っていた友人を亡くし自身も大けがをした田幸秀敏さん(長野県)

「気象庁の職員の違法性が認められているのに我々の訴えが認められないというのでは、安全を守る義務や責任の所在はどこにあるのかと疑問に思った」

娘の照利さん(小学5年生)亡くした長山幸嗣さん(愛知県)

「火山予知は難しいと国は主張していたが、それなら異常がある時点でなぜレベルを上げなかったのか。国や気象庁は違法性が指摘された今回の判決を今後の防災に役立てて欲しい」

長男の英樹さん(37)亡くした堀口純一さん(岡山県)

「いい判決を期待して、息子と一緒に判決を聞きたいとの思いで息子のネクタイを締めて来た。しかし、賠償が認められなかったので、控訴する」

また、弁護団も次のように語りました。

弁護団長 松村文夫弁護士

「今日の判決はこちらの主張が多く認められていながら、負けたことは予想外でショックが大きい。裁判では一生懸命国の責任を論じていたが、結論として国が勝ったため、事故から教訓を得て国が今後の行政に生かすことはない。裁判をやめることはできない」

一方、気象庁は判決の時点(7月13日)で次のコメントを出しました。

「平成26(2014)年の御嶽山噴火により亡くなられた方々へのご冥福を心からお祈りし、ご遺族の方にお悔やみ申し上げますとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。御嶽山噴火災害で、気象庁が噴火警戒レベルの引き上げを怠ったなどとして、国に対し計3億7600万円の損害賠償を求めた裁判について、長野地方裁判所松本支部より、国に対する損賠賠償請求を棄却する判決が言い渡されました。今後も、関係機関と連携しながら、火山活動の監視や評価の技術を向上させるとともに、噴火警報等の火山防災情報を適時的確に発表するよう努めてまいります

遺族など原告団は控訴

この判決から2週間後、原告32人全員は控訴しました。

主張の一部が認められたことから裁判を続けるか迷った人もいたということですが、戦後最悪の火山災害は再び法廷で争われることになります。

控訴を受けて、気象庁は「現在係争中のため、現時点での詳細は差し控えるが、控訴状の内容を精査して真摯に対応していく」とコメントしています。

【取材後記】

1審の判決の最後に、山城裁判長は「これらの判決の内容が、火山防災体制や予防について何らかのものになってくれればありがたい」と締めくくりました。これまでの裁判を通して検証が進んだ点や判決で認められた部分が今後の火山防災に役立てられるのか、注目していきます。

長野放送局記者 谷古宇建仁

2016年入局。高知局を経て、2021年から長野・松本支局に所属。