「無くさないでほしい。でも・・・」。
毎朝、列車に乗るのは自分と同級生の2人だけです。
来年自分たちが高校を卒業すれば、誰も乗らなくなる可能性があります。
通学に欠かせない路線である一方で、こんなに人が乗っていなくて経営は大丈夫なのかと思うこともしばしばです。
そんな中で、「路線のあり方をめぐる協議が始まった」と聞いた女子高校生の胸の内です。どんな思いで見守っているのでしょうか。
(牧野慎太朗)
高校1年生から2人だけ
取材で初めて鷲澤れいさん(当時高校2年生)に会ったのはことし2月でした
「冬は30分早く起きて雪かきをしないと駅まで行けないんです」
長野県と新潟県の県境に位置する、人口2600人の長野県小谷村に住んでいます。
大規模なスキー場が点在する豪雪地帯です。
村内の中学校を卒業後、自宅から40キロ離れた県立高校に進学した鷲澤さん。
その通学に使っているのが、長野県と新潟県を結ぶJR大糸線です。
北小谷駅 午前7時5分発。
毎朝、この列車に間に合うように自宅から駅まで父親に送ってもらいます。
これを逃すと次は午前9時41分発で、授業の開始には間に合いません。
北小谷駅から鷲澤さんと同じ列車に乗る人がもう1人います。
保育園から中学校まで一緒で、同級生の村越郁也さんです。
別の高校に通っていますが、村越さんも大糸線を使って通学しています。
高校1年生の時からこの列車に乗るのは2人だけです。
村の中心部に近い2駅先の南小谷駅で乗り換えて、約1時間かけて高校に通うのが2人の日課になっています。
(鷲澤れいさん)
「たまに観光客が乗っているくらい。少人数で列車に乗ることができるのは都会では味わえない“ぜいたく”だと思う。冬は車窓から見える雪景色がきれいで、ふだんはテスト勉強をしたり、携帯を見たりしながら高校まで行っている」
100円稼ぐのに3431円の費用
その大糸線に激震が走りました。
ことし2月3日、JR西日本が大糸線について、沿線自治体などとともに「今後のあり方の協議を始める」と発表しました。
長野県と新潟県を南北に結ぶ大糸線は全長105キロの路線で、JR西日本とJR東日本の2社が区間を分けてそれぞれ運行しています。
このうち、新潟県の糸魚川駅から長野県の南小谷駅を結ぶ35.3キロの区間をJR西日本が管轄していますが、さらにことし4月、この区間の衝撃的なデータを会社が示したのです。
「輸送密度」、1キロあたり1日に平均何人を運んだかを示すもので、令和2年度はわずか50人でした。
沿線人口の減少や高速道路などの道路整備に伴い、ピーク時(平成4年度)の20分の1以下までに落ち込んでいたのです。
1日あたりの駅ごとの利用者で見ると、新幹線が通る糸魚川駅は一定の乗客がいますが、そのほかは多くが2人から1人で、中には0の駅もありました。
こうした結果、この区間の2020年度までの3年間の平均収支は赤字で、その額は6億1000万円にも上っていました。
実は100円の収入を得るために3431円の費用がかかっている計算です。
廃線ありきではない議論を
JR西日本の発表から3か月後のことし5月19日、長野県の大町市役所に沿線自治体や地元経済団体の幹部らが顔をそろえました。JR西日本の担当者もオブザーバーとして出席する中、大糸線の“今後のあり方”をめぐって協議が始まったのです。
JR西日本が路線のあり方を協議したいと発表したことに対し、自治体側は廃線の前提ありきの協議には応じられないと強く反発していました。このため、あり方をめぐる協議が開催される見通しはまったく立っていませんでした。
しかし、その後「廃線ありきではない幅広い議論を行う」とする書面をJR西日本と取り交わすことで、協議が始まることになりました。
非公開の初会合では、JR西日本が大糸線の現状を説明し、結論を出す時期を定めず協議を続けるということになりました。
初会合のあとの会社、自治体、双方の反応です。
(JR西日本金沢支社 森下智文副支社長)
「大糸線の経営の厳しさを説明した。今後も現状を共有しながら沿線の活性化や持続可能な方策を特定の前提なく幅広く対話したい」
(大糸線振興部会長務める糸魚川市の五十嵐博文課長)
「新幹線が西に向かって延びていく時だからこそ、大糸線の持続を図る方策を2県8市町村で知恵を出し合っていきたい。あくまで大糸線を残す方策を探りたい」
無くさないで、でも複雑
この2年間、ほぼ毎日大糸線を利用している鷲澤さん。
通学に欠かせない路線である一方で利用者の少なさも知っているだけに、複雑な心境ものぞかせます。
(鷲澤れいさん)
「私には大切な通学手段で大糸線がないと高校にも行けなくなるので、鉄道を無くさないでほしい。でも、地域の人がほとんど利用してないのが実情なので、赤字になっているなら無くなっても仕方ないと思ってしまうこともある」
仮に廃線になった場合、最寄り駅は自宅から8.5キロ離れた「南小谷駅」になります。
列車がなくなると通学に影響があるのでは?
尋ねてみると、意外な答えが返ってきました。
(鷲澤れいさん)
「最寄り駅が遠くなるので、車で送迎してくれる両親の負担が増えるかもしれない。ただ、代わりにバスが走ってくれれば話は別。そもそも冬は雪で1週間近く列車が運休になることもあって、そのときは各駅を通る代替のタクシーで通学できている。バスになっても同じかもしれない」
鷲澤さんは高校卒業後は都内の大学への進学を考えています。
同級生の村越さんも県外の専門学校に進学する予定で、2人とも大糸線を使って通学するのは、あと1年です。
2人が毎日乗っていた列車には、来年誰も乗らなくなる可能性があります。
ただ、近所に住む子どもたちは数年後、自分と同じように大糸線を使うことが予想されます。
せめてそのころまではどうにか存続してほしいと願っています。
(鷲澤れいさん)
「来年は誰も乗らなくても、下の世代の子どもたちが高校に行くようになれば列車を使うようになると思う。今まで使ってきた思い入れもあるので、できればこのまま運行が続くようにしてもらいたい。そのためには列車の利用客を増やさないといけないと思うので、地元の観光を盛り上げる対策も話し合ってほしい」
“あり方をめぐる協議”が始まったことしは、大糸線の全線開通から65周年となる節目の年でもあります。
そんな節目に岐路に立たされることになった大糸線。取り巻く環境が厳しさを増す中、関係者の議論の行方に注目が集まっています。
長野放送局記者 牧野慎太朗
2015年入局。宮崎局を経て長野局。県政キャップ。宮崎ではバスを、長野では鉄道を取材。