木曽漆器といえば、長野県を代表する伝統工芸品ですが、生活様式の変化などによって売り上げは低迷し、産地では将来への危機感が高まっています。こうしたなか、女性や若い世代に木曽漆器の魅力を伝えようと、漆とガラスを組み合わせた新しいアクセサリーの販売が始まりました。
(長野放送局記者 川村允俊)
新しいアクセサリー
独特のつやがあり、光の当て方で色合いが変わるイヤリング。透明なガラスにベージュや茶色の漆が塗られています。
塩尻市木曽平沢地区で漆器店を営む小坂玲央さん。ことし8月7日、初めて漆を使ったアクセサリーを販売しました。
漆器店経営 小坂玲央さん
「緊張はやはり常にあります。ギリギリまできのうも夜もやっていたのでなかなか寝れなかったですね」
木曽漆器の苦しい現状
「木曽路はすべて山の中である」 島崎藤村の「夜明け前」の書き出しにもあるように、木曽地域は良質なひのきやあすなろの産地として知られています。海抜約900メートルの塩尻市木曽平沢地区では、湿度が高く夏も比較的涼しいという漆塗りに適した気候を生かし、古くから漆器の生産が盛んに行われてきました。しかし、日本人の生活様式の変化や、輸入家具・食器の増加もあり、出荷額は年々減少。最盛期の3分の1ほどに落ち込んでいます。
売り上げの低迷に伴い、漆器作りの担い手の減少も深刻化しています。地区内にある木曽漆器の学校では、職人を目指す若者たちが減っています。伝統工芸を継承していけるか不安が高まっています。
時代にあわせた変化を
木曽漆器の衰退を食い止め、新たな顧客を開拓したい。最初に立ち上がったのは、漆器店の先代である小坂さんの父親でした。30年近く前に、ガラスに漆を塗る技術を開発し、グラスや皿などの販売を始めました。伝統的な漆器と異なり、木材を一切使わない新商品は、当時、「邪道」呼ばわりされたといいます。しかし、モダンなデザインが徐々に人気を集め、今では産地を代表する商品の1つに成長しています。
木材にこだわらず、さまざまな素材に漆を塗る取り組みは木曽平沢地区全体に広がっています。こちらは皮に漆を塗った財布。
金属のタンクやハンドルにも漆が塗られた大型バイクも誕生しました。
コロナ禍 さらなる新商品を
時代の変化に対応し、懸命に生き残りをはかる木曽漆器ですが、さらなる苦境に陥りました。ここ数年のコロナ禍です。旅行の自粛などで、塩尻市を訪れる人は大きく減少。約100軒の漆器店が建ち並ぶ木曽平沢地区からもにぎわいが失われました。厳しい状況を乗り切るため、小坂さんは父親の歩みをたどるかのように、新商品の開発に乗り出しました。
漆器店経営小坂玲央さん
「代々続いてきた木曽漆器を受け継いでいるので、私としてもつなげていきたいという気持ちはすごくありますが、つなげていくにはお客様に手にとってもらえるものを増やしていかなければなりません。若い人、特に女性だったりとか、漆器を知らない、漆を知らない人たちに漆器製品を届けたいです」
小坂さんが開発を目指したのは、「小さくて手に取りやすく」、「インターネットを通じた注文が見込める」新商品。そうした条件を満たすものとして、漆とガラスを組み合わせたアクセサリーが考案されました。小坂さんにとって器や家具以外の商品開発は初の試みです。
しかし、販売までには多くの苦労がありました。1つは開発資金集めです。地元・塩尻市の新ビジネス補助金制度に応募し、市役所の担当者などに何度も開発の意義を説明しましたが、あえなく落選。補助金は交付されず、自前の資金調達を余儀なくされました。
そして最大の課題は、器よりもはるかに小さい、直径数センチ程度の丸いガラス玉に、どう漆を塗るかでした。漆塗りの難しさは、塗り始めは色が薄く、徐々に色が濃くなっていくため、どこに塗ったかが分かりづらいという点です。小さな丸い玉に薄くムラなく塗るには高い技術が必要とされます。
漆器店経営 小坂玲央さん。
「小さくなればなるほど作業も細かくなるし塗りたせば塗り足しただけむらがはっきりしてしまうだけです。今までグラスとか、ある程度大きなものでやっていた塗膜も薄くしないといけません」
玉のつなぎ目にもムラなく漆を塗るため試行錯誤を繰り返し、極細と平たい筆を組み合わせる手法を編み出しました。着手から1年以上かけて、ようやく商品は完成しました。
コロナ禍を乗り切るためにも、ネットを通じた販売を増やしたい。それがアクセサリー開発の動機の1つでした。それだけにホームページのデザインにはこだわりました。また、価格はほとんどが1万円前後と、ちょっと高級なお土産やプレゼントに選ばれやすい価格に設定しました。
いよいよ販売初日。さっそくお客さんが訪れます。苦労を重ねた新商品、反応は上々だったといいます。
客の女性
「値段が高いとか敷居が高い感じがありましたがこれならふだん使いできそうです」
客の女性
「木曽漆器のアクセサリーは、すごく新鮮です。毎日使います」
漆器店経営 小坂玲央さん
「手にとっていただけてうれしいです。まずは使い手に気に入っていただく、今まで漆器を敬遠してきた方々にもっと手にとってもらいたいと思います」
漆塗りという伝統の神髄は守りつつ、柔軟な商品発想で生き残りをはかろうと模索する木曽漆器業界。長年受け継がれてきた伝統を未来へつなげていきたい。小さなアクセサリーには、大きな願いが託されています。
【取材後記】
時代の変化によって危機に直面している伝統工芸は少なくありません。いかに伝統を守りつつ消費者のニーズに応えていくか。今回の取材を通して、そのヒントが得られたように感じました。木曽漆器の新たな魅力の発信が、技術を受け継ぐ職人の増加にもつながることを願っています。
取材者プロフィール
川村允俊
平成30年入局。警察・司法担当として軽井沢町で起きたバス事故や動物に関わる社会問題を取材。
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