新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、多様な働き方が認められてきている。
そのなかで注目を集めているのが、「副業」ならぬ「複業」だ。
「副業」が本業以外で副収入を得るために行う仕事を指すのに対し、「複業」は、経験やスキルを生かし、複数の仕事をパラレルで行うことを指す。
この「複業人材」を、人材やノウハウが不足する地場企業と引き合わせ、業績の回復、
ひいては地域活性化につなげようという取り組みが、長野県塩尻市で進んでいる。
(西澤文香)
自分の力を試し、仕事の幅を広げる“複業”
日本社会で進む働き方改革、その1つの表れが「仕事の掛け持ち」だ。
2018年、少子高齢化に伴う労働人口の減少を踏まえて、政府は兼業や副業に関するガイドラインを策定。
さらに新型コロナの感染拡大で、在宅勤務やリモートワークが推奨され、通勤という束縛から解放される人が増えたことも相まって、ひとつの仕事にとらわれない働き方が広がってきている。
「会社の将来的なリスク分散という側面もありますが、いろいろな可能性があるなかで自分の力をどこまで試せるか、というのはおもしろいです」
こう話すのは、東京・恵比寿でデザイン会社を経営する龜田敦さん。
ふだんは、化粧品のパッケージデザインなどを手がけているが、もうひとつの仕事、「複業」として取り組んでいるのは、塩尻市の町工場とタッグを組んでの新商品開発だ。
新商品のプロジェクトに携わるのは、龜田さんを含む、住む場所もスキルも異なる「複業人材」7人。システムエンジニアはウェブページの制作を手がけ、中小企業診断士の資格を持つメンバーは事務作業を担う。
メンバーたちのイメージを形にする役割の龜田さんは、ゼロからみんなで新しいものを生み出す作業には、発注を受けての仕事とは異なるやりがいと楽しさがあると話す。
「自分が当たり前だと思っていたスキルが、ほかの人にとってはそうではなく、自分の持つ知識や経験をもっといかせるのではないかと思っています。地方の企業とは、経営に関するような部分も話しながらできる仕事が多く、とてもやりがいを感じています」
“複業人材”が突破口に
龜田さんたちを「複業人材」として活用する塩尻市の町工場。
従業員は5人ほどで、これまではメーカーの下請けなどとして主に携帯電話や自動車などに使われる精密部品加工を手がけてきた。
しかし、新型コロナの感染拡大で、メーカーなどからの発注は大きく減少。
苦境を打開しようと、取締役の大沼真弓さんは、自社製品の開発を考えたが、そのための人材もノウハウも不足していた。そんなときに知ったのが「複業人材」の存在だった。
「最初は他人に頼るのが嫌だったんですが、そんなことを言っていたら何も始まらないなと。何か作りたいというところからだったので、アイデアをもらえるかなというのがありました。作り手からとは違う目線でいろんな意見をいただけたことはすごくよかったです」
「複業人材」のアイデアやスキルと、町工場の加工技術が融合した新商品は「箸置き」。
誰もが使え、町工場の負担を増やさずに作れるものにしたいと考え、およそ1年かけて商品化にこぎつけた。
しんちゅうを磨き上げた金色と、ジュラルミンの質感を生かした銀色の2個1セット。ケースもジュラルミン製で特殊な機械でマットな質感に仕上げた。ことし5月からの販売を目指している。
地域の活性化にも貢献
龜田さんら「複業人材」と町工場を引き合わせたのは塩尻市だ。
マッチングに取り組み始めたのは3年前。
都市部に多い「複業人材」の豊富な経験やスキルを、地域の活性化に生かすのが目的だ。
地元企業から悩みや課題の聞き取りを行い、その解決に貢献できそうな人材をサイトを通して募集。3年間で、52件68人のマッチングに至った。
コロナ禍で、都市部の人材の地方回帰の流れが加速していることもあり、「複業人材」の将来的な移住にも期待を寄せているという。
(塩尻市産業振興事業部 古畑久哉部長)。
「地方への関わりを持ちたいという声が年々増えている実感はあります。
中小企業や地域の課題は非常に多岐にわたってきていますが、
地方においてはそれを解決する人材や手法は限られているので、
そこを補う点で複業人材の活用は支援策の選択肢がひとつ増えたと考えています」
将来有望な“複業” 拡大には課題も
専門家は、こうした働き方は、都市部にとっても地方にとってもメリットがあると評価する。
(三菱総研 松田智生主席研究員)。
「働く個人は自分の力試しになり、受け入れる地域は課題解決になり、人材を送り出す企業は多様な働き方の促進にもつながるので『三方よし』になる。そのうえ、働き方改革や暮らし方改革にもつながるので将来有望だと思います。ただ、現在は自由な働き方ができるような人などにとどまっているのでうまく進めなければ一過性のブームになりかねません」。
「複業人材」の活用は、佐久市や東御市でも進められているが、共通の課題は、働く側と企業側のミスマッチだ。
塩尻市によると、これまでに複業をしたいと手を挙げた人材は、なんと500人超。
一方で、中小企業などは、外部の人材が経営にタッチすることに抵抗を感じていたり、どこまで仕事を任せていいのかという戸惑いがあったりすることから、マッチングが成功したケースは決して多くない。
働く側への手当を含む制度設計や、企業側の理解促進など課題は山積するが、「複業」の広がりが、多様な働き方の実現、そして人口減少や高齢化が進む地域の活性化の1つの手がかりとなるのは間違いないと言えそうだ。
長野放送局 記者 西澤文香
民放を経て2019年に入局。理想の職場は猫がいること。