上高地へのシカ進出を防げ!

NHK
2022年7月7日 午後0:20 公開

シカの増えすぎに伴う食害が全国的に問題となるなか、国内有数の山岳観光地「上高地」でも、近年、本来いるはずのないニホンジカが急増しています。貴重な植物への影響を懸念して、環境省は早々と対策に乗り出しました。

(長野放送局記者 川村允俊)

上高地で急増するシカ

環境省が設置したセンサーカメラがとらえた野生のシカの映像です。6月中旬に松本市の上高地で撮影されました。

上高地には、もともとシカは生息していませんでした。しかし平成26年以降、山小屋の従業員などからシカの目撃情報がたびたび寄せられ、植物が食べられる被害も出ています。これまでの調査で、少なくとも11頭が確認されました。

このまま増えていくと上高地を代表する植物のニリンソウも、シカに食べられてなくなる恐れがあります。

シカの生態に詳しい信州大学農学部の泉山茂之教授は警鐘を鳴らしています。

信州大学農学部の泉山茂之教授

「より食べ物の条件のいい場所を求めていくうちに上高地に入っていったということになると思います」

シカの生息域は、ハンターの高齢化やなり手不足などが影響し、全国的に広がっています。新たなエサ場を求めて、上高地にも進出してきたと見られています。

南アルプスの事例

シカは、雪が多いとエサが見えなくなることもあり、標高の高いところにはあまり生息していませんでした。しかし近年、各地の高山地帯でシカの目撃が相次ぐようになっています。その1つが南アルプスです。標高3000メートル付近までシカが進出し、貴重な高山植物が食べられる被害が出ています。

こちらは、昭和54年に撮影された南アルプス・塩見岳の様子です。山肌一面が美しい花で咲いています。

一方、去年の同じ時期に、同じ場所で撮影された写真では、花や緑が減り、一部では地肌が露出しています。

泉山教授は、南アルプスの教訓から、上高地ではシカが少ない今のうちに対策を取るべきだと訴えています。

信州大学農学部 泉山茂之教授

「南アルプスでは、1990年代くらいに入ったころから、シカが高山帯に入るようになり、じゅうたんのようなお花畑が食べられてしまったんです。柵を張って元に戻そうとしても元にもどらないんですよね。元の生態系にも戻すのは大変なことです。最近シカが急増していますので、このまま放っておいたら、上高地の今の生態系そのものが変わってしまう。とても危機感を感じています」

環境省が”異例の”早期対策

泉山教授の働きかけもあり、環境省は上高地でシカの捕獲に乗り出しました。被害がほとんどない段階で国が対策を始めるのは極めて異例です。センサーカメラの映像などを分析した結果、シカの群れは、梓川沿いの林の中に生息している可能性が高まりました。水が豊富で、シカの好む植物も生えている場所です。

シカが頻繁に確認された場所に、エサを置いておびき寄せ、わなで捕獲しようと試みました。6月13日から2週間にわたって、およそ20のわなを設置したところ、2頭のシカが捕獲されました。今後、環境省は専門家とともに結果を検証し、効果的な捕獲方法を検討することにしています。

環境省信越自然環境事務所 有山義昭 野生生物課長

「今上高地にいらっしゃる方も、花が見られなくなるというのは大変困ると思います。上高地での試験捕獲が高山の生態を保全できる1つの手立てにつながればいいのかなと考えています」

取材後記

当然、シカには何の罪もありません。しかし食害によって貴重な自然が失われ、気づいたときには手遅れになってしまう現実に恐ろしさとやるせなさを感じました。貴重な植物を守るためだけでなく、農作物被害を防ぐため、全国で多くのシカが駆除されています。駆除されたシカ肉を「ジビエ」として活用する取り組みも進んでいますが、新型コロナの影響もあり、外食を中心としたジビエの消費は伸び悩んでいます。増えすぎたシカをいかに駆除し、どう役立てていくのか。有効なサイクルの確立が急務となっています。

取材者プロフィール

川村允俊

平成30年入局。警察・司法担当として軽井沢町で起きたバス事故や動物に関わる社会問題を取材。