みなさんは「ワーケーション」をご存じでしょうか。
仕事の「ワーク」と休暇の「バケーション」をかけ合わせたことばです。
いつもの職場ではなく旅行先などで、休暇を楽しみながら仕事もするというものです。
このワーケーションで、働く人だけでなく温泉街も元気になろうとしているという取り組みが長野県内で行われていることを知り、さっそく現地を訪ねることにしました。
すると、そこには温泉街の魅力にとりつかれた移住男性の奮闘がありました。(谷田希)
千曲市にある戸倉上山田温泉。 美肌の湯で知られ、120年以上の歴史があります。
最盛期の昭和50年ごろには、年間120万人の観光客が訪れていました。「牛に引かれて善光寺詣り」の故事にちなんだイベントも行われています。
しかし、客が減少し続け、コロナ禍となった令和2年は約30万人とピーク時の4分の1となっています。
せっかくなのにもったいない
この苦境に立ち上がった人物がいます。市内のコンサルタント会社で「まとめ役」をつとめる田村英彦さんです。5年前に市内に移住してきた田村さんは生活する中で次のように感じていました。
「温泉があって、コンパクトないろんな魅力がぎゅっとつまっている。姨捨とか景色や空気もいい。都心で働く場合、閉じこもった場所で働くことが多いが、ここならオープンエアの中で、非常に景色もいいところでストレスを解放しながら働くことができると思った」
このすばらしさを生かさないなんてもったいない。
こう思っていたところに、田村さんは信州千曲観光局から「温泉街を復活させてほしい」と相談を受けました。そこで提案したのがワーケーションでした。
ワーケーションとは?
では実際のところ、ワーケーションとはどういうものなのでしょうか。
(画像提供:富岡写真館)
戸倉上山田温泉でのワーケーションの様子を見てみると、旅館の1室で宿泊客がパソコンに向かって仕事をしています。
仕事が終われば、そこは温泉旅館ですから、温泉を楽しむことができます。
新型コロナウイルスの影響でリモートワークが進む中だからこそ、注目を集めている働き方とも言えます。
ただ、これではほかにワーケーションを導入している温泉街や観光地とさほど変わりがありません。こう考えた田村さんは“千曲市民の気質”をワーケーションに取り入れることにしました。
田村さんが考える千曲市民の気質とは、“おもてなしの気持ちが強く、来る者を拒まない”です。
ワーケーションで温泉を訪れる人と地元の人が交流できないかと検討を進めることにしました。
田村さん自身、大学時代にホッケー部で2部だったチームを、選手同士が団結することで勝利を重ね、1部に昇格させた経験があります。その経験から人と人とを深くつなげていくことをテーマにした仕事をしようと、人が働く環境のデザインや計画を行う東京の会社で10年以上にわたって勤務しました。
人と人との結びつきが、時に予想を超える力を生み出す。
交流で温泉街や住民の魅力が伝われば、千曲市を定期的に訪れてくれる人が増えるかもしれないと考えた田村さんは、ワーケーションに多くの交流プログラムを取り入れることにしたのです。
去年2月、千曲市のワーケーションの交流プログラムで最大とも言えるイベントが行われました。それはワーケーショントレインというものでした。
このイベントでは観光客と地元の人たちが温泉街にある戸倉駅から観光列車「ろくもん」に乗り、軽井沢や浅間山といった県内各地の名所を回りました。電車内には個人スペースもあり、リモートワークでの仕事ができるのです。
乗車時間は約5時間でした。ワーケーションの観光客からは次のような感想が寄せられました。
「いろいろな人と話しながら乗れるのはすごくぜいたくな体験です」
「非日常の時間が過ごせて、新しい出会いや交流をすることができた。ワーケーションには、可能性がすごくあることを感じた」
地元の参加者からの反応も上々でした。
「今までは列車を外から見るだけだった。乗ってみたら楽しく交流もできて良かった」
交流から生まれたよ!
好評だった交流イベントのおかげでさっそく効果が表れます。
お隣の長野市から移住してきた清水則子さんがゲストハウスをオープンさせたのです。
ゲストハウスは清水さんのかねてからの夢で、ワーケーショントレインで知り合った建築会社社長やIT企業社員らからアドバイスを受けた結果でした。
「ワーケーショントレインが自分の夢をかなえることにつながった。どういった人に何を学んだらいいのかということを考えるきっかけになり、参加して良かった。田村さんに出会いの場を作ってもらって感謝している」
地元の結びつきも
さらにワーケーションイベントで、地元の住民同士の結びつきも強くなりました。
イベントツアーには、観光客向けの弁当を準備する会社やワークスペースを提供する飲食店など地元のさまざまな人が関わっていて、その中で交流が深まっているのです。
こうした新たな結びつきから生まれたのがことし4月にオープンしたスイーツ店でした。
開店初日には県内外から約200人の客が訪れました。
「千曲市出身なんですが、こういうお店が増えるとうれしいですね。子どもたちが立ち寄れる場所にもなるし」
「リピート確定です」との評判もあったこのスイーツ店は、ワーケーションを仕掛けた田村さんら4人が温泉街を盛り上げようと立ち上げたのでした。
地域特産のあんずを使い地元にこだわったスイーツを提供し、県外からはもちろん、地元の人が気軽に立ち寄る場所になってほしいと4人は願っています。
田村さん以外の3人にワーケーションについてたずねると、以下のように返ってきました。
「ワーケーションでつながりができて、街が活性化していくのを実感できた。さらにこれを継続していろいろな動きに繋げていきたい」
「さまざまな人と交流できた。その結果、自分自身の学びにもつながった」
「今まで接点が無かった人と知り合うことができ、ワーケーションは大切な存在」
新型コロナの影響もあり、温泉街はまだまだ厳しい状況が続きます。それでも減少一途だった温泉街に去年からことしにかけて3つの店が増え、田村さんはワーケーションによる温泉街再生に手応えを感じ始めています。
「ワーケーションのツアーを行うことで、改めて地域の価値を見直すことができた。店ができていく中で、新しく何かにチャレンジする機運を感じているし、そういった機運をいろいろな人に感じてもらって、将来もいろいろなことにチャレンジするような地域になってほしい。温泉街の活力になればいいと思っている」
ワーケーションと地域活性化
ワーケーションに詳しい山梨大学の田中敦教授は街の活性化につなげるためのポイントを次のように解説しています。
「その土地土地の人と付き合うことができ、さらにそこを訪れた人同士も交流してコミュニティーが生まれるという点が大切だ。地域住民側も少しずつ輪を作り、そこにワーケーションでやってきた人もその輪に加わって、そうした動きが継続していくことが街の活性化につながっていく」
(取材後記)
コロナ禍では人と人が直接出会い、理解し合う機会が減ったと感じます。こうした中、千曲市のワーケーションでは人同士の新たな交流を生むものです。美肌の湯の温泉街がワーケーションで再生するのか、取材を続けます。
長野放送局 映像取材 谷田希