自宅移転で複雑な思い それでも復興望み前へ

NHK長野放送局 記者 長山尚史
2022年10月14日 午後8:02 公開

「地域の安心安全が高まるのであれば、しょうがない」

台風で自宅が被害を受け、復旧工事の関係で約60年住んだわが家から立ち退かざるを得なくなった男性のことばです。

その台風とは3年前の10月に本州に上陸して、東日本や東北に記録的な豪雨をもたらした台風19号です。

この台風で長野県内では千曲川など6つの河川で堤防が決壊し、災害関連死も含めて死者は23人、住宅被害は8300棟余りに上りました。

この豪雨災害から3年がたつ中で、住宅の移転を余儀なくされた男性。複雑な思いを抱えながらも、男性には地区の再生、復興を望む強い思いがあります。

(長山尚史)

被害受けた佐久市入澤地区

長野県佐久市の入澤地区。山あいにあり、中心部は千曲川の支流、谷川が流れています。約700人が暮らすこの地区も台風19号に襲われ、男性1人が死亡。谷川があふれるなどして地区の約3割にあたる77軒が床上・床下浸水の被害を受けました。

大きな被害から3年となる中、地区内では豪雨や大雨による川の増水などに対応できるよう護岸工事や住宅の修理・再建も徐々に進んでいます。

復旧復興に取り組む

(三石剛さん)

この地区に60年以上住み続ける三石剛さん(69)。被災後、住民らで作る入沢災害復旧・復興協議会の会長を務めています。選ばれた理由は自主防災組織の役員として台風19号の初動対応にあたり、復旧に中心的な役割を果たしていたからでした。復旧復興では住民と行政、工事事業者の間で利害関係が発生することがあり、三石さんはその「調整役」を期待されたのです。

三石さんのこの3年間と現在の地区の状況を次のように話します。

「地域の安心安全のために早く復旧させようと動き、非常に忙しかった。工事の図面だけではわからなかったが、工事が進んできてようやくこの先の姿が見えてきた。現在はもうひと踏ん張りの状況だと思っている」

災害の教訓を後世に

三石さんは有志とともに、この豪雨災害の記憶や教訓を次の世代に伝えていこうと被害状況や復旧工事の様子をまとめた記録誌を作りました。災害直前の10月10日から1年間の記録で、地域が一丸となって復旧に取り組んだことがわかります。

「台風19号のときは地域の人が率先していろんなことをしてくれた。たとえば、1軒の家が台風でかなりの被害を受けたが、次の日には近所の人たち全員が土砂を出すなど作業をしていた。わたしも行ってみて『これがこの地域なんだ』と感じた。地域の人と人とのつながりが絶対に崩れないようにとの思いで作った」

苦渋の決断

復旧復興が進む一方で、三石さんは苦渋の決断をしました。

住宅が並ぶ川沿いのエリアに河川管理や災害時の避難をよりスムーズにするために新たに道路を建設する計画が進められていて、三石さんの自宅を含む11世帯が立ち退きの対象になったのです。計画は被災直後から持ち上がり、住民説明会を経て、対象となった世帯すべてが同意したということです。

三石さんが暮らしてきた自宅は築60年以上、まさに住み慣れたわが家です。先祖代々の土地でもあります。そんな愛着のある地から約800m離れた高台の住宅に移転することを決めたのでした。

住み慣れたわが家、先祖代々の土地を離れることをさみしいと思いませんか?と尋ねたところ、三石さんは「割り切っている」としつつ、戸惑いを隠せない様子で苦しい胸の内を打ち明けました。

「新しい家を建てて、引っ越して、もとの家を解体する。言葉にすると簡単だが、実はそうではない。土地を探して新しい家を建てるにも時間がかかる。ある家は荷物を全部出して処分するのに1年かかった。私も引っ越し作業を始めて3か月だが、まだどうしていいかわからない。両親や祖父母のころからの家を壊したくないのが本音だ

「だけど」と続けて、移転を決めた理由を話しました。

あの台風19号を見ると、あの台風以上のものが来たときでも大丈夫な地域にしていかないといけないと思った。立ち退くことで地域の安心安全が高まるのであれば、住民同士で『しょうがない』と話している」

それでも前へ

それでも三石さんは、地区の復旧復興に取り組んできた1人として前を向いています。

実際に被害の悲惨さを目のあたりにしたからこそ、地域や河川を安全なものにしていかないと強く思っているからです。

地区で行われている道路や護岸などの復旧工事は来年度(令和5年度)中の完成が予定されています。三石さんはこうした復旧復興、ひいては地区がよりよくなるための工事が円滑に進むようこれからも調整を続けていくことにしています。

また、地区では台風19号、そしてコロナ禍によって催しものなどさまざまな行事がストップし、三石さんは区長らとともに地域を盛り上げる活動にも取り組んでいきたいと考えています。

「地域の安心安全を確保するための工事を早く完成させようと、住民と県や市、それに工事業者が一体となった動きになりつつあると感じている。災害や工事を通じて、みんなのことを思いやり、感謝をする気持ちがこの地域にはあると改めて思った。復興の段階ではこの地域の輪をさらに広げていきたい

【取材後記】

入澤地区には古い住宅が多くあり、先祖代々の土地からの移転は容易ではなかっただろうと思いました。それでも移転に反対した人は1人もおらず、「逆に地区をよりよくするために住民同士のまとまりが強くなった」と三石さんは話します。復旧が進んだとはいえ、地区内ではほぼ毎日のように重機の作業音が響いています。3年がたっても災害の爪痕が残る被災地で、苦渋の決断を迫られても前を向いて歩みを進めようとする被災者がいることを心に強く刻みました。

長野放送局記者 長山尚史

平成29年入局。鳥取局を経てことし8月から長野局で警察・司法キャップ。3年前の台風19号では福島で取材。