お盆に天ぷら?~信州のごちそう事情~

長野放送局 記者 長山尚史
2022年11月17日 午後8:13 公開

お盆に天ぷらの謎~信州のごちそう事情~

「長野県ではお盆に天ぷらを食べる習慣があると聞くがなぜか」。

県外出身の20代男性からNHKに寄せられた疑問です。

茨城県出身の私にとっても、ちょっと意外な話。さっそく調べていくと、特別な日を「ごちそう」で迎えたいという信州人の気質が見えてきました。

(長山尚史)

疑問寄せた男性は

この疑問を寄せてくれたのは、京都府出身で、現在松本市に住む会社員の早川智絢さん(24)です。大学進学を機に長野県に移り住んだ早川さんは、たまたま聞いていたラジオでパーソナリティが口にした「信州の人がお盆に天ぷらを食べる」という話が気になり、周囲の人に尋ねてみたそうです。

(早川智絢さん)

「友達に聞いたら『食べるよ。ほかに何をお盆に食べるの?』と疑問で返された。長野県民にとってはそれが当然みたいな感じだったので疑問に思った」

野菜の天ぷらをよく食べる?

実際のところどうなのか。

JR長野駅前で話を聞いてみました。

(長野市40代女性)

「お盆はおやきと天ぷらを食べる。天ぷらは野菜が多い」

(信濃町出身80代女性)

「お盆の天ぷらはオクラやなす、地元でとれる野菜でつくる。天ぷらを食べる理由はわからない」

(伊那市在住20代女性)

「さつまいもや、いんげんなど何でも揚げる。当たり前だったので、理由は聞いたことない」

何人にも聞きましたが、どうやら本当に食べるようです。それも「野菜の天ぷら」を。

お盆は売り上げ15倍!?

天ぷらを販売する側にも話を聞いてみることにしました。取材に応じてくれたのは、長野市にあるホームセンターを兼ねた大型スーパーです。

惣菜売り場では、日頃から野菜やエビなどさまざまな天ぷらを販売しています。

お盆の時期、県内に展開する13店舗全体での天ぷらの売り上げはなんとふだんの15倍。需要が大きく跳ね上がるといいます。

売り場に立つスタッフもお盆の「天ぷら特需」には目を見張ると話してくれましたが、理由は分からないということでした。

(店舗のスタッフ)

「お盆の時は天ぷらを山積みにして販売している。売り場にお客さんがいっぱい来てみんな天ぷらをとっていく様子が印象的。わたしもよく自宅で食べるが、子どものころから天ぷらを食べているのが普通で、理由を深く考えたことはなかった」

「野菜×油」はごちそう?

かくなる上は、専門家に聞くしかありません。解説してくれたのは、長野県の生活や文化などを研究している、松本市立博物館元館長の窪田雅之さんです。

窪田さんは、お盆に天ぷらを食べる習慣がいつ始まったかはよく分からないとしながらも、昭和以前から定着していたのではないかと話します。

その上で、野菜の天ぷらを食べる理由については「諸説ある」としつつ、身近な野菜を貴重だった油で揚げる天ぷらは特別な日の「ごちそう」だったのではないかと指摘します。

(窪田雅之さん)

「昔は油を使う、買うというのは1年に何回もなくちょっとお金がかかるものだった。自給自足の時代、身近な野菜を高価な油で揚げる天ぷらはごちそうだったのではないかと言われている」

「お盆はご先祖さまが家に帰ってくる時期なので、ごちそうをお供えしようと天ぷらを食べるようになったのではないか」

大切な先祖にごちそうを…

今回の調査結果です。

▼かつての長野県民にとって、身近な野菜を貴重な油で揚げた天ぷらはごちそうだった。

▼お盆に食べる背景には先祖をごちそうでもてなしたいという思いがあった。

以上のことがわかりました。

こんな変わりダネも

取材をしていると、インタビューを受けてくれた女性がこんな話しをしてくれました。

(伊那市在住20代女性)

「伊那は天ぷらまんじゅうが有名。お店にも普通に売っていて、それを家で食べるのは毎年恒例」

天ぷらまんじゅう(画像提供:JAみなみ信州女性部)

まんじゅうをそのまま揚げた「天ぷらまんじゅう」。中信や南信では、お盆の天ぷらのメジャーな具材の1つだといいます。

窪田さんによりますと、中信の一部地域などでは、7月の七夕の時期に収穫に感謝する意味合いでまんじゅうを食べる習慣があり、約1か月後のお盆の天ぷらの具材にも使うようになったのではないかということです。

気になるお味ですが、食べたことがある人に聞くと、揚げたてはサクッとした食感で、あんこが入った中身はしっとり。普通のまんじゅうとはひと味もふた味も違うそうです。

年末はサケとブリ?

かつて信州で「お盆のごちそう」としてふるまわれてきた「野菜の天ぷら」。なら、もう1つの特別な時期である年末年始はどうなのか。気になるところです。

天ぷらを販売していた店舗で、年末年始の「ごちそう」はないのか聞いてみると、スタッフが鮮魚売り場へ案内してくれました。

(店舗のスタッフ)

「お盆は天ぷらだが、年末は海鮮を食べることが多い。中でも以前からサケやブリがよく売れる」

サケ

ブリ

お盆のように年末も食べるものが決まっているのか。

地元の人に話を聞いてみると…。

(信濃町出身80代女性)

「年末はブリを絶対食べる。食べ方は塩焼き

信州出身の知り合いにも聞きましたが、「大みそかは必ず焼き魚を食べる」と断言。どうやら信州の年越しは海鮮、しかも焼き魚が定番のようです。

“年取り魚”でよい年を

お盆と天ぷらの関係性を解説してくれた窪田さんは、「年取り(=大みそか)」に縁起のよい魚を食べる習慣があったと教えてくれました。

(窪田雅之さん)

「新しい1年を迎える前の大みそかは“年取り魚”ということで、東北信はサケ、中南信はブリを食べると言われている。サケは『ますます栄える』、ブリは『出世魚』ということで、非常に縁起が良い」。

では、なぜサケとブリなのか。窪田さんがあげた理由は、かつての魚の輸送ルートです。

サケは主に新潟方面から入ってきて、東北信に広まりました。一方、ブリは主に富山県から岐阜県や現在の新潟県糸魚川市などを経由して中南信に入ってきたということです。輸送ルートの違いが「東北信はサケ、中南信はブリ」という2極化につながったといいます。いまのような冷凍技術がなかった時代、サケやブリは保存のため塩漬けで輸送されていたため、焼いたりゆでたりして食べることが多かったそうです。

つまり焼き魚こそが、海のない信州にとっては、ごちそうだったというのです。また、年越しに食べることには「塩で身を清める」という意味もあったのではないかと窪田さんは考えています。

(窪田雅之さん)。

「日本人の考え方として、新しい年を迎えるときには心身を清めないといけない。そのためには、塩にひたるのが手っ取り早い。そういう中で海の魚を食べると言われている」。

年末の食事情には変化も…

塩漬けの魚しか手に入りにくかったころはともかく、物流が発達した今の時代、当然それ以外の海鮮も食卓に上るようになっています。

今回、インタビューをした中には、年越しに「刺身」「おすし」を味わうと答えた人もいました。また、取材に協力してくれた店舗によると、年末の品揃えは地域ごとに違いがあり、中信ではカニなどもよく売れるということです。

ただ、かつては県内を2分するほど親しまれていたサケやブリの焼き魚を年末のごちそうとして食べる習慣は、間違いなく今にも伝わっているようです。

取材後記

「お盆に天ぷら」「年末にサケやブリ」。長野県民にとっては当たり前のことかもしれませんが、投稿者の男性と同じように県外出身の私にとっても不思議な習慣です。今回の取材を通して、信州の食文化の一端を知ることができました。

その根底には、特別な日に先祖や家族に出来る限りのごちそうをふるまおうという長野県民の「おもてなし」の心があるのだと感じました。

このほかにも「当たり前のことだと思っていたけど、理由は知らない」という習慣がみなさんの身の回りにありませんか?。身近な疑問、ぜひお寄せください。

(長野放送局 長山尚史)

茨城県出身。鳥取局を経てことし8月から長野局。

好きな天ぷらはエビ天。