「スーパーの優先駐車場に車を止めたら、高齢者に詰め寄られました。妊婦であることなど理由を説明しましたが、『妊婦が利用するな』と言われ、つえで何度もたたかれました」
長野県内に住む妊婦からNHKに寄せられたものです。女性が車を止めたのは車いす利用者や障害者、妊婦など配慮が必要な人のために設置されている、いわゆる優先駐車場でした。
長野県にはこうした駐車場をより優先的に使うことができるよう利用証を交付する制度があります。
怖い思いをした妊婦は「制度への理解は進んでいるのか」と疑問を抱き、情報を寄せてくれたのでした。優先駐車場とその制度をさっそく調べることにしました。
(長山尚史)
突然、スーパーの駐車場で
まず情報を寄せてくれた30代の女性の話を聞きました。
トラブルはことし8月、当時妊娠6か月だった女性は普段通っているスーパーに行き、車いす利用者や妊婦が利用できる「優先駐車場」に車を止めました。この駐車場はスーパーの出入り口近くに設置されているため、女性は体調が優れないときに利用していました。しかし、その日は車を止めるやいなや突然高齢の男性に声をかけられました。
「『つえをついていないのに、どこか具合が悪いのか』と声をかけられたので、『妊娠しているから駐車しています』と説明しました。しかし、『誰でも止めていい場所ではない』としかられ、つえで何度も足元をたたかれました」
女性は必死に事情を説明しましたが、聞き入れてもらえませんでした。スーパーの関係者も「この状況を見た」と証言しています。最後は店側が間に入って収まったということでした。
幸い大きなけがには至らなかったものの、女性は強いショックと恐怖を抱くことになりました。
「本当に怖くて、今後優先駐車場を利用していいのか、とても不安になりました」
実は駐車場を優先利用できる制度が
女性は障害者や妊婦向けの優先駐車場を利用できる証明書を持っていました。
これは長野県が平成28年から始めている「信州パーキング・パーミット制度」と呼ばれるもので、身体障害者や妊婦、難病患者や高齢者などが対象です。
優先駐車場は健常者が使ってはいけないという決まりはありませんが、健常者が長時間駐車して本当に使いたい人が使えなくなる事態を防ぐためにこの制度が導入されています。いわば優先駐車場を必要とする人に“お墨付き”を与えているのです。
女性はこのトラブルを経験したことで、「制度はどのぐらい理解されているのか」と疑問に思ったのでした。
そもそも優先駐車場とは
まず優先駐車場とは何かについて説明します。長野県内では主に2種類あります。
1つ目は、よく見る車いすマークのついた青い駐車場です。主に車いす利用者を対象にしたもので、通常の駐車区画より1メートル以上広く、乗り降りがしやすくなっています。この駐車場は、バリアフリー法という法律で施設の広さに応じて設置が義務づけられています。
もう1つが、緑色で妊婦や高齢者などが描かれているものです。スーパーや公共施設などが敷地内に設置していることが多く、車いす利用者用の駐車場と同じように出入り口に近いところにあります。妊婦や高齢者、小さい子どもを連れた人など配慮が必要な人たちが対象です。
周知・普及は?
こうした駐車場を優先的に使えるとしたのがパーキング・パーミット制度で、長野県が制度を運営しています。
申請は県や市町村の窓口などで受け付けています。
制度導入からことし7月末時点で申請したのは延べ5万2000人余りです。このうち、最も多くを占めているのが身体障害者で約2万5900人、次いで妊婦や小さな子どもがいる妊産婦が約1万8600人となっています。これらの人たちが、優先駐車場に“正当”に止めることができるのです。
ちなみに、こうした優先駐車場の制度に協力している店舗などは県内では1000近くにのぼっています。
県の担当者にどういった形での申請が多いか聞いてみました。
「母子手帳や障害者手帳を交付する際などにあわせて、パーキング・パーミット制度を紹介するケースが多い」
つまり、届け出などの際に紹介していることが多いようです
そこで、制度が周知されていると考えているか尋ねると、単純な制度そのものについての質問やトラブルの相談が寄せられることもあり、県としても制度の周知・普及には課題があるという認識です。
(長野県地域福祉課 手塚靖彦課長)
「いろいろな立場からの相談があり、パーキング・パーミット制度については周知や普及を図る必要がある。必要とする人が円滑に利用できるよう制度の趣旨をできるだけ多くの人たちに説明していきたい」
国も議論始める
さらに調べてみると、実はパーキング・パーミット制度は平成18年に佐賀県で最初に始まったことをきっかけに、今や全国41の府県で導入されていたことがわかったのです。
そして、制度の周知・普及などに課題があるとして駐車場制度などを所管する国土交通省が、車いす利用者用の駐車場やパーキング・パーミット制度についての検討会を昨年度から立ち上げ、議論を重ねています。
(東洋大学 髙橋儀平名誉教授)
検討会で委員長を務める東洋大学の髙橋儀平名誉教授は、制度を必要とする人だけでしか議論していない現状を指摘します。
「障害のない人たちがパーキング・パーミット制度の議論に参加していない。そうした人たちには『なんのために制度があるのか』『車に掲示されている利用証が一体何なのか』など率直な疑問があると思う」
また、制度が全国に広がる中で統一した内容になっていないことも理解を難しくしているというのです。
例えば、車いす利用者専用の青い駐車場は、長野県ではパーキング・パーミット制度の利用証を持っていれば妊婦などでも使うことができます。
その一方で、地域によっては車いす専用駐車場は車いす利用者のみとするところもあり、
その対象が異なっているのです。
このため、髙橋名誉教授は次のように提言します。
「全国で異なる利用対象にするのではなくて、まずは統一をしていくこと。統一の内容を全国展開し、周知していくことが大事なポイントになると思う。全国に制度を普及させていき、47都道府県すべてが制度を導入して、相互に利用できるような形になることで制度への理解が深まり、適正な利用につながっていく」
課題を解決するために
優先駐車場、パーキング・パーミット制度を調べた結論です。
▼長野県
・制度が広く浸透しているとは考えておらず、制度そのものやトラブルの相談が寄せられることもある
▼専門家
・利用者以外が制度を知る機会がほぼない
・都道府県ごとにルールが異なる点も制度をわかりにくくしている
妊婦の思い
相談を寄せてくれた女性に結果を伝えると、制度の周知と理解を求める声が返ってきました。
「明確にどういう人たちが利用していい駐車場なのか、もっと広めてほしいです。1番は必要とする人が利用できる環境が当たり前になってほしいです」
【取材後記】
優先駐車場でのトラブルは日常茶飯事です―ある施設の関係者の話です。髙橋名誉教授によると、パーキング・パーミット制度によって車いす専用の駐車場を使える対象者が増えすぎたために、本来最も必要とする車いす利用者自身が止めることができないという問題も全国で起きているとのことです。相談を寄せてくれた妊婦以外にも、駐車場で嫌な思いをしたことがある人はまだまだたくさんいるのかもしれません。今回の取材を通して、私も制度を十分理解していなかったと痛感しましたが、「知らなかった」ということで、必要とする人が傷つくことはあってはならないとも感じました。このパーキング・パーミット制度への理解が広がっていってほしい、こう強く思いました。
長野放送局 長山尚史
平成29年入局。鳥取局を経てことし8月から長野局で警察・司法キャップ。