南アルプスのふもと、山梨との県境に位置する大鹿村。人口1000人に満たないこの村で、地元の食材にこだわったレストランが本格オープンし、SNSでも話題になっています。このレストラン、地元出身の男性が「副業」としてオープンしたのですが、その本業は、飲食店のイメージからかけ離れた意外な職業でした。(長野放送局 記者 篠田祐樹)
大鹿村で話題のレストラン
10月に、大鹿村で本格オープンしたレストランです。
大鹿村の野菜がたっぷり入ったカレーや、こだわりソースのチキン南蛮など、地元食材をふんだんに使ったメニューを提供します。
レストランは、標高1500メートルほどの場所にあり、中央アルプスの絶景がのぞめるとあって、SNSを中心に話題を集めています。
出店企画した男性の意外な本業は?
出店を企画したのは、大鹿村出身で今は長野市で暮らす北澤淳さん。
飲食店を立ち上げるのは今回が初めて。レストランはあくまで「副業」だといいます。そんな北澤さんの本業とは・・・。
なんと県庁で働く公務員。現在は県民協働課に所属し、民間企業などと県をつなぐ窓口の業務を担っています。
北澤さん
「基本平日は県庁で仕事をして、土日を使って月何回か帰って(店を)やるというのを続けています」
長野県は4年前に「社会貢献職員応援制度」をつくり、「公益性の高さ」や「報酬額が妥当であること」などを条件に、公務員の「副業」を認めています。
これまでに、この制度を使って副業に取り組んだ職員は約30人。その内容は、スキーのインストラクターや、学校の部活動の外部指導者など多岐に渡りますが、レストランを出店したのは北澤さんが初めてです。
北澤さんの上司も副業で視野が広がることに期待しています。
県民協働課 今井政文課長
「これからの時代の中で民間の視点をもって課題解決していくのは大切です。副業の経験をいかして本業にも取り組んでもらいたい」
なぜ公務員がレストランを?
それにしても、なぜ大鹿村でレストランを開くのか。
最大の動機は、大鹿村の将来への危機感でした。37歳の北澤さんが生まれた頃、村の人口は約2000人。しかし若者の流出が止まらず、今は1000人を切っています。
北澤さん
「この村で生まれ育ち、いい村だと思ったんですけど、人口も減っていくし、なかなか元気がないなと感じていたところで、自分でも何かできないかとずっと思っていました」
北澤さん自身、村を出て長野市で県庁職員として暮らしていますが、レストランを出店すれば、村への観光客の呼び込みに貢献できると考えました。申請を受けた県庁は、過疎の村の活性化に向けた出店であれば「公益性」が高いと判断し、副業として認めることになりました。
さっそく出店準備にかかった北澤さん。おととし、元々そば屋だった空き店舗のテナント募集に応募しました。
さらに地元の後輩で飲食店での勤務経験がある松澤莉央さんに声をかけました。松澤さんが店長兼シェフとしてメニューの考案などを行い、北澤さんは開店のための事務手続きなどを担当しました。
松澤さん
「私も、もともと大鹿村でお店をやりたいと思っていたので、声をかけてもらってすぐにやりましょうとなりました。村特産のブルーベリーや、村の大豆を使った味噌、唐辛子などをふんだんに使ったメニューを考えました」
開店に向けた最初の難題は資金調達でした。店の改装などには約800万円が必要で、手持ちの資金だけでは賄えません。そこで、インターネットを通じたクラウドファンディングを活用することにしました。村を活気づけたいという北澤さんたちの熱意が共感を呼び約300万円の寄付が集まりました。
開店に向けた準備では、民間の苦労を垣間見る一幕もありました。営業許可をはじめとした国や村などへの書類提出は10回近くに上りました。外から見た行政の手続きは思っていた以上に煩雑でした。
北澤さん
「公務員がこうして事業をやるからこそ見えてくるやりづらさとか、もっとこうした方が良いんじゃないかという行政に対する目線もあります」
大鹿村の魅力はなんといってもその風景。中央アルプスが正面からのぞめるように、テラス席の配置やデザインにこだわりました。“写真映えスポット”として、訪れた人にSNSで発信してもらい、特に若い世代に大鹿村への関心を高めてもらうのが狙いです。
北澤さん
「風とか虫の声が楽しめて、日常を離れてゆっくり出来る場所です。景色を眺めながらゆったりして、これまで村にいらっしゃらなかった若い人に興味を持ってもらいたい」
ついにオープン!
2年近くの準備期間を終え、いよいよ開店の日を迎えました。
北澤さん
「いよいよと言いつつ結構ばたばたしてるのでどきどきです」
午前11時。オープンと同時にさっそくお客さんが訪れました。
訪れた人が何度も足を運びたくなるくらい、店と村を気に入ってもらいたい。北澤さんの接客にも心がこもっていました。この日は、県内のほか、岐阜県や愛知県からも客が訪れ、中には「SNSを見て来た」という人もいました。
訪れた人
「ひさしぶりにこんなおいしいカレー食べました」
「山のきれいな景色を見ながら食べるご飯はおいしいです」
上々のスタートを切った副業レストラン。北澤さんは、この経験を本業にも生かしたいと考えています。
北澤さん
「こんなに多くの人が来てくれてありがたいです。(副業で)民間感覚とか、物事を見ることができるチャンスが増えてきました。県の立場だとこれが良いけど、民間の立場だとこれが良いみたいな、そういったところのズレにも気づけるようになりました。本業と副業とのバランスを保ちながら負担になりすぎないようにやっていきたい」
【取材後記】
レストランがあるのは、大鹿村の中心部からさらに車で30分ほど山道を登った、まさに“秘境”とも言える場所でした。最初は「本当にこんな場所に人が来るのだろうか」と疑問に思っていた私も、北澤さんの店にかける思いを取材するうちに考えを改めていきました。村を盛り上げるために副業という道を選んだ北澤さん。この時代、働き方や地域貢献の仕方は無数にあるのだと取材を通じて気づかされました。
(長野放送局 記者 篠田祐樹)
2020年入局。警察・司法担当を経て現在は飯田支局。