「お父さん帰っておいで 大好きなお風呂沸かして待っているよ」
3年前の台風19号では千曲川の堤防が決壊。
その1か月後、女性は最愛の夫を亡くしました。
この台風19号により長野県内では災害関連死も含めて23人が犠牲になりました。
3年たった今も深い悲しみの中にいる女性。
それでも地域の人に支えられながら前を向こうとしています。
(浅野怜央)
台風で夫が…
長野市赤沼の中村節子さん。
千曲川の堤防が決壊した1か月後に夫の寿男さんを亡くしました。
3年前の千曲川の堤防の決壊で、節子さんの自宅の1階は浸水しました。
夫婦は2日ほど避難所で過ごしましたが、夫の寿男さんの希望で自宅に戻りました。被害を免れた自宅の2階で生活することにしたのです。寒さが厳しくなっていく時期にさしかかっていましたが、自宅の泥の片づけをやるなど何とか生活を再建させようと必死に取り組んでいました。
(亡くなった夫の寿男さん)
ところが、1か月後の11月12日。
寿男さんは椅子に座ろうとした時に、突然倒れました。「髪を切って欲しい」と節子さんに頼んだやさきのことでした。そしてそのまま、帰らぬ人となりました。
死因は大動脈解離でした。高血圧の持病があった寿男さんですが、車が水没した上に、かかりつけの病院も被災した結果、通院も薬の服用もできなかった時期があったといいます。さらに自宅の片づけなどに追われ、被災によるストレスも重なりました。寿男さんの死亡は災害関連死と認定されました。
夫を失って3年となる中でも、節子さんは寿男さんのことを忘れることができません。
「3年たってもやっぱりお父さんのことをいろいろ思い出してしまう。今でもそこにいるような気がする。5年たっても10年たっても変わらないと思う」
信じられない
中村さん夫婦は、旬の果物を食べたり、自宅の庭で花を育てたりするのが好きで、何をするにもいつも一緒でした。
節子さんは食事の後の何気ないやり取りを今も覚えています。
それだけに、寿男さんがいないことを今も信じられないと言います。
「果物が好きだった。りんごもぶどうも大好きだった。ごはんを食べたあとは必ず『きょうのデザートはなんだ?』と。『りんごだよ』と返すと『そうか』といつもニコニコとうれしそうにしていました。『お父さん帰っておいで。大好きなお風呂沸かして待っているよ』そう言っても返事がなくて。今でもたまらなくさみしいです」
心の支え
夫を失った節子さんの心の支えになっているのが、地元のボランティアグループとの交流です。
夫を亡くした直後に、節子さんは知人を通じてボランティアグループと知り合いになり、この3年間、月に数回、自宅を訪ねてくれるグループの人たちと一緒にお菓子を作ったり、食事をしたりして親交を深めてきました。
節子さんの誕生日には誕生日会を開いてもらったり、夫の命日にはお墓参りに付き添ってもらったりしています。ひとりで暮らすようになった節子さんにとって、グループの人たちはその時だけでも悲しみを忘れさせてくれる大切な存在です。
思い出すとつらくなるため寿男さんの話を避けてきた節子さんですが、3年がたつ中で、信頼するグループの人たちに夫のことを少しずつ話せるようになっています。
3年前から支援しているボランティア団体の代表、菊池奈央子さんも節子さんの最近の“変化”に気づいています。それでも、まだまだ支援は必要だと感じています。
(ボランティア団体「Hearty Deco」菊池奈央子代表)
「ボランティアという感覚は正直なくて、私たちがいつも節子さんに元気をもらっているという感じ。堤防や自宅など“ハード面の復興”は進んでいるが、3年たっても被災されたみなさんの“心の復興”はまだ進んでいないと思う。今後も被災されたみなさんとの交流を続けていきたい」
地元の人たちの支えもあり、節子さんは少しずつ笑顔を取り戻しつつあります。
確かに、夫が戻ってくることはありません。しかし、「笑って前を向いて生きていけ」、最近になって天国の寿男さんがそう呼びかけていると思うようになり、節子さんは前を向くと心に決めました。
「今でも夜になるとさみしくて涙が出るときがある。それでもボランティアのみなさんに会うと、私は『こんないい人たちに囲まれて幸せだ』と心から思う。みなさんに支えられて、どうにか笑顔で前を向いて生きていきたいです」
【取材後記】
私が節子さんと出会ったのは、被災地ボランティアの方からの紹介でした。初対面の私に対しても自宅に招き入れてくれて「遠慮せずにいっぱい食べて!」とおいしい料理をふるまってくれました。「この漬物ね、お父さんも好きだったんだよ」とふだんは明るい節子さんが、ふと寿男さんの話をする時にみせるさみしげな表情が強く印象に残りました。節子さんの漬物、とてもおいしかったです。
長野放送局映像取材 浅野怜央
2018年入局。名古屋局をへて2020年から長野局。カメラマンとして幅広く地域のニュースの取材や撮影を行う。