コロナ禍、外国人たちの暮らしは 2021年4月23日

NHK
2022年4月4日 午前11:03 公開

バリサーチ取材班は、コロナ禍の福岡に暮らす外国人のリアルに迫りたいと、外国人が集まる福岡市内の教会を訪ねました。すると、こんな声が聞かれました。

「漢字が難しいからアルバイトが探しにくい」 「勉強した日本語と日本人が話す日本語は、方言などがあり、全く違いました」 「日本人との間に壁を感じる。もっと深く関わりたい」  

アジアの玄関口である福岡には8万人あまりの外国人が暮らしています。
彼らの多くが、コロナ禍で母国にも帰れないままになっています。
どんな暮らしを続けているのかさらに詳しく知りたいと、外国人の生活支援をしている
NPO法人、グローバルライフサポートセンターを取材しました。

14年前に設立された、NPO法人。

就職や職場の問題、役所の手続きなど、日本で暮らす際に出てくる様々な相談にのってきました。取材の日も、帰化申請を考えているネパール人の男性が相談に訪れていました。

コロナ禍になってからも相談は相次いでいるといいます。

(NPO法人グローバルライフサポートセンター代表理事 山下ゆかり さん)

(NPO法人グローバルライフサポートセンター代表理事 山下ゆかり さん)

「去年だけでも100件以上の相談が寄せられた。内定取り消されたのももちろんありますし、実習生、アルバイトがなくなったっていうのはもちろんあります」

NPOに相談に来ていた人を紹介してもらい、直接会って話を聞くことができました。
それが、福岡市内に住む、ベトナム人女性のディンティ・ルェンさんでした。
同じベトナム人で、専業主夫としてルェンさんを支える夫。
そして3歳と10ヶ月の息子の4人で生活しています。

アニメが大好きだったルェンさんは9年前に来日。
大学で日本語を猛勉強し、卒業後、念願だった通訳として工場で勤務していました。  

(ディンティ・ルェンさん)。
「石の上にも3年と働きたいと言っていたので、社長からもその考えがあるならいいと褒められた」  

状況が一転したのは、去年の4月。次男の産休中のときでした。
コロナ禍で、派遣先での勤務が打ち切りになり、派遣会社からは、産休から復帰しても戻る場所はないと言われたと言います。  

(ディンティ・ルェンさん)。
「はっきり辞めてくださいとは言われてないですけど、自分で派遣先の仕事を探しなさいと言われたから仕事を辞めました。自分の会社が自分のことを守らないだから、自分もちょっと寂しい気持ちがある」  

去年11月に自主退職を選択せざるを得なかったルェンさん。
就労ビザの期限が半年後に迫るなか、コロナ禍で職を見つけるのは困難を極めたそうです。  

外国人実習生が来日できなくなり、通訳の募集はまったくなかったといいます。
想定外だったのが、応募の際、小さな子どもがいることを伝えると、企業が面接を取りやめたことでした。  

夫もアルバイト先の仕事を減らされ、生活が困窮していったルェンさんは、ビザの期限が迫るなか、毎晩、2人の子どもを寝かしつけると、胸が苦しくなったと言います。

その後、ルェンさんは、日本語能力とこれまでのキャリアを評価され、スタッフを募集していた山下さんのNPOに採用されました。滞在期限は残り1か月を切っていました。

(ディンティ・ルェンさん)。
「まだ日本に生活続ける。家族と過ごす時間できたら本当にうれしい気持ちがありました。ほかの人が正しい道を伝えられるとか、大事な仕事になると思います」  

ベトナム人の女性のルェンさんが経験した、小さい子どもがいることで、職を得にくかったという出来事。
外国人だからという問題ではないのではないのでしょうか。
コロナ禍が外国人を直撃しているのに加え、日本社会の問題が外国人をさらに苦しめていると感じました。  

外国人の生活支援をしているNPO法人は、次のように指摘しています。

(NPO法人グローバルライフサポートセンター代表理事 山下ゆかり さん)
「コロナがあったことによって日本側での体制が整っていない部分や、浸透していない部分が浮き彫りになった」  

今回の取材を通して、日本の社会は、外国人の労働者などに支えられている場面が多いにも関わらず、彼らを置き去りにしているのではないかと感じました。

行政手続きの悩みなど、相談窓口などの受け入れ体制は一定程度、整っているにも関わらず、外国人たちがそこにたどり着けていない現状もありました。  

彼らの悩みの中には、われわれが少しでも寄り添ったりアドバイスしたりすれば解決できる悩みも多く、彼らを置き去りにせず、隣人の問題として考えることが必要ではないでしょうか。