先月、統一地方選挙がありましたが、視聴者からこんな投稿をいただきました。
「私の息子は重度の知的障害があり、発語や意思の伝達もままなりません。成人し、投票用紙が届くようになったのですが、この選挙権をどのように扱えばいいのでしょうか?」
知的障害のある人たちが選挙に向かううえで、いったいどんなハードルがあるのか。
バリサーチしてきました。
北九州市に暮らす、
久森泉美さんです。
ダウン症で、知的障害のある泉美さん。日中は施設に通って働いた後、自宅で好きなことをして過ごすのが日課です。文字の書き写しが何よりの趣味です。
母の栄子さん
「本当に字を書くのが好きです。それで選挙も行けるかなと思ったんですけど」。
選挙の仕組みを正確に理解しているとは言えないといいますが、自分が投票したいと思う人を、街のポスターなどを見て決めると言います。
母の栄子さん
「(投票の基準は)見た目ですかね、やっぱり若い人とか、女の人が好きなんで、まあそれでもいいかなって。特に知的障害の方ってやっぱり誰か支援者がいないと1人ではなかなか(投票)できないので、選挙の中では自分1人の世界ですから、立派な社会参加ができてるんじゃないかなって思います」。
しかし、初めての選挙では投票することができませんでした。
「何せ初めての選挙なので、半分パニック状態で、途中で止まってしまったんですね」
障害の特性上、慣れない人や場所に抵抗感があるという泉美さん。
選挙では、不正防止のため、家族やヘルパーによる代理記入はできず、介助も原則できません。
係員に依頼すれば、代筆や介助が可能ですが、泉美さんたちは誰にどう支援を頼めるかわからず、そのまま投票に進めなかったのです。
知的障害がある人の投票をどう支援できるのか。
母親の栄子さんは、同じ悩みを持つ親たちと、4年前から北九州市に要望を続けてきました。
「私の子どもは字が書けない、内容もわからないから、だから選挙には連れて行かないって声が多かったんですけど、やはり親のハードルもけっこう高いんですよね」
要望を受け、市は今年3月、知的障害のある人に向けた模擬投票を実施。
実際に使われる投票箱を置き、係員も参加。
泉美さんたち15人が投票の練習をすることができました。
さらに、市との対話から生まれたのが、選挙支援カードです。
インターネットで事前に入手できるこのカード。
漢字を読めない人は「候補者名を読んでほしい」、投票所でパニックになる人は「声をかけてゆっくり誘導をしてほしい」など、具体的な内容を記入して投票所の係員に渡すことで、障害の程度にあわせた支援を受けることができます。
4月の統一地方選挙では、およそ20人がこのカードを使って投票することができたと言います。
北九州市 選挙課長 中原崇さん
「選挙支援カードを使っていただいて、投票を初めてしたというお声もいただいていますし、さほどハードルを感じること無く投票をして帰っていただけると、そういう投票所をご提供できればなと」
自閉症や知的障害がある人たちの弁護に携わってきた、市丸健太郎弁護士。
知的障害がある人は、誰に投票したいのか、意思を伝えにくいこともあり、周囲のサポートが大切だと指摘します。
「投票することの大事さっていうところに思いをはせると、投票するって言うところについてぜひチャレンジしてもらいたいなと。結局ご本人が、そのままでは意思決定がしづらいって言うときに、みんなが関わっていく、支援していくっていうところについては、これからとても大事な要素になってくるのかなっていう風に思っています」
かつては知的障害や認知症のため、判断力が十分でない人は、投票権が制限される場合がありました。しかし、選挙権を能力で制限するのは違憲だと、2013年に法改正があって、その制限はなくなっています。
市丸弁護士は、「たとえ顔やポスターの色で投票を決めたとしても、それは一つの判断と言える。投票する権利は平等なので遠慮せずチャレンジしてほしい」と話してくれました。
一方で、取材を進めていくと、知的障害のある息子の投票を支え続けるなか、深い葛藤を抱き続けてきた人にも出会いました。
福岡市に住む、小栁浩一さんです。
息子の浩太郎さん。自閉症という発達障害があります。
通っている施設では、自転車の解体や整備を担当しています。
解体した部品を黙々と積み上げていきますが、ほとんど言葉を話さないため、なぜ積み上げているのかは、長年一緒にいる浩一さんにもわからないといいます。
「うちの子は絵を描いたりってできないし、できないっていうかやらないし、どういうつもりで積み上げているのか、本人が教えてくれないとわからないんですね」
小栁さんは、息子の浩太郎さんにも選挙に参加してほしいと、二十歳になったころ、一緒に投票に向かいました。
「投票券もらって、さあ次に書かなきゃいけないですよね、で、そうすると、彼はそこで何をしなきゃいけないかっていうことはたぶん、推測ですけど理解できないだろうと。結局本人が何も書いてないやつを、とりあえず白票でもいいから、放棄よりもきっちり投票させようと、もうそのまま白票を投じてすっと出ていったということもありました」。
それ以降、何度も挑戦してきましたが、投票に至らないことも多かった浩太郎さん。
浩一さんは、投票に連れて行くこと自体を悩むようになったと言います。
「本当にじゃあその選挙っていう制度、まあそれなりに理解して、なにがしかの彼の基準の中でこれと選んでいるかどうかっていうと、その辺がぜんぶその、1つ1つそうじゃないんじゃないかなと私には見えてしまうんで」。
支援をうけて投票できたとしても、本人が意義や仕組みを十分理解しないまま、選挙に参加することは本当に必要なのか。
考え抜いた先にあったのは、投票しないことを、前向きに捉えるという選択肢でした。
「多くの人はちゃんと自分の意思で投票した方がいいなと僕は思っています、だけども、みんながこうしているからだとかっていうことが、そこにきっちりはまらないといけないかっていうと、実はそうじゃないと思うんですね。だから、そうやって投票しないうちの子がいてもいいかな。あくまでこれは勝手に親の推測なんでね、だけど人それぞれ、それぞれだって言ってもっと広く緩やかに捉えていった方がいいのかな。そんな世の中であれば、もっとやわらかにみんな生きていけるんじゃないかな」。
放送後、バリサーチのLine友だちの方から投稿をいただきました。
▼息子は30才のダウン症です。
我が家では20歳になってから毎回家族一緒に投票しています。
もちろん名前などはわからないので『私達障害のある者も社会の一員である!みなさまどうぞ私達の思いと一緒にしっかり投票してください!』という思いを込めて白票を投票しています。
▼我が家にも知的障害で自閉症の25歳の娘がおります。
私も親として選挙の度に悩んでいました。どうにか参加ができないだろうかと。
小栁さんのお話をお聞きしてホッとしました。無理することなくと。個人の自由だなと。
色々な意味でも選挙の在り方を考えていかなければいけないところではないかと思います。今回、取材等、取り上げていただきありがとうございました。
今回の取材では、障害がある人が、きちんと意思表示して投票できるようなサポート体制が、さらに充実していくとことへの期待とともに、障害のある息子さんの意思を慮って、悩みながら投票に行かないという決断をしたことも尊重されるべき選択だと思いました。振り返って考えれば自分自身、きちんと考えて投票できていたのか、深く考えさせられ、今まで以上に1票の重みにしっかりと向き合っていきたいと強く感じました。(ディレクター河﨑涼太)
☟投稿はこちらから☟