“泣いているのに、笑っている人”へ

NHK
2022年4月21日 午後6:44 公開

「泣いているのに、笑っている人がいます」と書かれたポスターには、さまざまな人の笑顔が描かれています。

取材したのは、性暴力被害にあった人を支援するための相談窓口、性暴力被害者支援センター・ふくおか。そのセンター長を務める加来麻子さんのことばからは、誰一人として「ひとりにさせたくない」という気持ちが伝わってきました。

【福岡の性犯罪 深刻な状態続く】

福岡県での性犯罪発生率は深刻な状態が長年続いています。

人口10万人あたりの性犯罪の発生率をみてみると、平成22年から全国ワースト2位が続いていました。この3年で改善はしているものの依然として10位以内に入っています。

深刻な被害が出ている一方で、ニュースとして報じる件数は少ないのが現状です。私たち事件取材を担当する記者は、報道が犯罪の再発防止などにつながっていないのではないかという疑問を持ち、性暴力被害者支援センター・ふくおかの加来センター長に取材を申し込みました。

(写真:性暴力被害者支援センター・ふくおか 加来麻子センター長)

(写真:性暴力被害者支援センター・ふくおか 加来麻子センター長)

加害や被害をなくすために何が必要なのか。

被害者のプライバシーについては質問しないことなどを条件に、性暴力についての実情を聞きました。

【増加傾向の相談件数】

センターへの相談件数の傾向を教えてください。

24時間体制で相談を受けるようになった2015年の12月から増加傾向にあります。昨年度(R3)は約3200件の相談を受けつけ、5年前と比べて約2000件増加しています。
相談を受けて、病院や警察、裁判所に付き添うケースもあります。相談を受けてさらに直接支援に結びつくケースは年間280件ほどです。

【性犯罪の数は氷山の一角】

警察が把握している性犯罪の数は実際に発生している件数より少ないと言われています。実際にはどのくらいになるのですか。

性犯罪は暗数が多いと言われていて、内閣府が令和3年に発表したデータによると、無理やり性交などをされて、警察に相談した人は5%~6%にとどまっています。逆に言うと94%の方が警察に相談していないのが現状です。

(写真:電話相談を受けるセンター長)

(写真:電話相談を受けるセンター長)

相談しづらい背景としてどんなことが考えられますか。

「恥ずかしくて言えない」「自分さえ我慢すればいい」「思い出したくない」という理由が指摘されています。性被害というのは、顔見知りの人からの被害が多く、内閣府の調査でも性被害の7割から8割が知り合いからの被害だと言われています。

性暴力を受けたことを公にすることで、学校や会社に居づらくなることを心配してなかなか相談しにくいという実態があります。

顔見知りから徐々に迫られて被害にあうような状況だと「これは性暴力なんだろうか?」「自分の態度がそうさせたのか?」「自分が隙を見せてしまったからではないか?」というように、自らを責めてしまう方が多いように思います。

誰にも相談できずに孤立してしまうケースが出てきてしまいます。

【悪いのはあなたじゃない】

加害者の認識に問題があるように思いますが、どうでしょうか。

加害者が自分を正当化するためによく言うのは、「相手がおしゃれをしてきた」「露出の多い服で来た」「2人きりでお酒を飲めた」ということですが、服装やお酒などが「同意」したことにはなりません。

性の境界線を越えたいっていうふうに思った時は、その場の雰囲気やシチュエーションだけではなく、お互いの意思をことばで確認することがとても大切です。

顔見知りや目上の人に失礼がないように振る舞うことは、私たちが小さい頃から学んできたことですが、それが性的に同意したことにはならない。社会に誤った見方があれば、それを変えることが大きな力になります。

性暴力は「望まない・同意がない性的な行為や言動」のことを言います。性暴力の話は聞くだけで心理的に負担がかかるので、「なかったことにしたい」「対岸の火事にしたい」「被害を認めたくない」という心理的な規制がかかりやすいです。自分や自分の家族が被害にあうなんて思いたくないですし、相談された人も「被害を受けた側にも原因があったのではないか」と考えて被害者と距離をとりたいという気持ちになることがあります。しかし、性の境界線を勝手に越えたのは加害者ですので、被害者ではなく加害者に責任があるということを社会全体が認識する必要があると思います。

(写真:「泣いているのに、笑っている人がいます」と書かれたポスター)

(写真:「泣いているのに、笑っている人がいます」と書かれたポスター)

【「話してくれてありがとう」と伝えて】

被害にあった場合、どのような対応をすればいいでしょうか?

性被害は発生時の苦痛に加えて、その後も心理的・身体的にも、そして生活にも大きく影響していきます。例えば、無力感を感じたり「自分はダメな人間だ」「何をやっても上手くいかない」「誰も信じられない」とネガティブな思考になったり、自己肯定感が低くなったりすることもあります。

なかなか人に相談することは難しいかもしれませんが、「自分が信頼できる人は誰かな?」と考えて、もし誰かに相談して思い通りにいかなかったとしても、諦めずにほかの人に相談をしてください。親しい人だからこそ相談しづらいという時はこちらの支援センターに連絡してほしいと思います。

(写真:加来麻子センター長)

(写真:加来麻子センター長)

相談された人も対応が難しいと考える人がいると思います。アドバイスをいただけますか。

相談された人は「嘘でしょ?」「なぜ1人で歩いていたの?」「なんで早く相談しなかったの?」と打ち明けた人を責めてしまうことがよくあります。これは相談された人も話を受け止めるのがきつくて、心理的に防衛してしまうからなのです。被害者は被害にあっただけでも大変なのに、勇気を出して相談した時に「嘘でしょ?」などと言われると責められていると感じて、より孤立してしまうことも多いのです。なので、相談された人は、まずは「話してくれてありがとう」「勇気を出してくれてありがとう」と伝えてください。そして「あなたは1人じゃないよ」「一緒に考えようね」「悪いのはあなたじゃないよ」ということばをかけて、寄り添ってあげてください。

事件取材を担当する私たちも疑問を感じています。性暴力・性犯罪をなくすために必要なことは何でしょうか。

加害行為が加害であることが、現状ではなかなか分からない報道になっているのかもしれません。被害者の気持ちやプライベートに踏み込む情報が出ることには、すごく気をつけないといけないと思います。

「性」に対して恥ずかしいとか、出さないほうがいいのではないかという意見もあると思いますが、正しい情報を正しく出していくことが非常に重要です。

性加害を行った人には、必ず責任があるんだということをしっかり伝えていくことが必要だと思います。

マスコミや社会全体が性犯罪を議論してこなかったと思いますし、被害や加害の実態がしっかりと伝わっていないことで、被害者が声を上げにくく、対策が進まない要因になっているのではないでしょうか。

(写真:「ひとりぼっちにさせたくない」と書かれたポスター)

(写真:「ひとりぼっちにさせたくない」と書かれたポスター)

追跡!バリサーチ「性犯罪・性暴力 なくすために」