地名のナゾ 「牟田」の由来は 2021年6月4日

NHK
2022年4月4日 午前11:03 公開

バリサーチ取材班には、地名に関する話題が数多く寄せられています。
その1つがこちらです。  

ペンネーム「やす」さん。
「大学進学をきっかけに福岡に来たのですが、
『牟田』がつく地名、大牟田や名字の方が多いのが気になりました。
何か理由はあるのでしょうか」。  

今回はこの疑問をもとに取材しました。

そもそも、福岡県内にどのくらい「牟田」とついた地名があるのか・・・。

調べてみると、なんと県内全域に30か所以上!!
大牟田市だけでなく、福岡市博多区や糸島市、水巻町の辺りにもありました。

さらに一口に「牟田」といってもさまざまな種類があるようで、「上牟田」「中牟田」「牟田尻」、「八町牟田」などといった地名がありました。  

なぜ、これだけ多くの「牟田」という地名があるのか。牟田の謎を明かすべく、バリサーチしました。  

まず訪ねたのは、地名に詳しい研究者です。

【地名研究家 池田善朗さん】

【地名研究家 池田善朗さん】

御年88歳の池田善朗さん。
小学校の教師を退職後、福岡を中心に30年近く地名を研究しています。
バリサーチにも地名の由来について情報を寄せていただいてきました。  

(地名研究家 池田善朗さん)
「地名を調べると真実を知るという喜びを得られる。
こういう意味があるんだなと」  

池田さんは、地名の由来は、その土地の地形にあるといいます。
さらに、地名からは先人たちのメッセージが読み取れるとも。  

(地名研究家 池田善朗さん)
「今、災害で問題になっていますけどね、例えば旧朝倉郡。
あれが完全に土地の様子を表しているわけです。
朝倉の『アサ』というのは『アズ』という音で、古いことばで『崩れる』という意味。
それから『クラ』は『えぐり取られる』という意味がある。
なので、『崩れ谷』とか『崖崩れ』といった意味が込められて
『アサクラ』と呼んでいたわけなんです」(※諸説があります)  

では、「牟田」とはどんな地形に由来しているのか。

(地名研究家 池田善朗さん)
「沼田、沼地の田、『沼田』が最初だったんじゃないでしょうか。
それが『ぬた』という音に縮まり、そのあと発音が変わっていって、
『牟田』という発音に変わっていったのではないかと思います」  

牟田の真実を探るため、さっそく現地へ。
向かった先は、県南部の大牟田市です。  

【江戸時代の大牟田周辺の地図】

【江戸時代の大牟田周辺の地図】

地元の歴史資料館を訪れると、江戸時代に書かれた絵図がありました。
「大ムタ」という地名が初めて登場したのは、江戸時代といわれていて、当時の「三毛郡」の中に、「大ムタ」という地名があったことが分かりました。  

【大牟田市立三池カルタ・歴史資料館 梶原伸介館長と藤澤アナウンサー】

【大牟田市立三池カルタ・歴史資料館 梶原伸介館長と藤澤アナウンサー】

歴史資料館の梶原伸介館長によると、以前は大ムタのほかにもムタがつく土地はたくさんあったといいます。
しかし、今ではその多くが、違う名前に変わりました。  

そこで、今は姿を消した「牟田」のつく地名を、現在の地図に書き込んでもらいました。
すると・・ ・。

(大牟田市立三池カルタ・歴史資料館 梶原伸介館長)

(大牟田市立三池カルタ・歴史資料館 梶原伸介館長)

「三川町(鴨牟田)は現代のみなと小学校校区なんですが、去年の7月の水害で被害が大きかったところになります」  

去年の豪雨で、大きな被害に見舞われた大牟田市。
牟田という地名と、浸水被害との接点が見えてきました。  

(大牟田市立三池カルタ・歴史資料館 梶原伸介館長)
「沼地が多いということで牟田地名がついたんだろうと思われますし、
市内北部の上内も去年の豪雨災害で大きな被害が出たところ。
市内全域にそういう豪雨災害の危険性があるということが再認識できたと思います」  

そもそもなぜ大牟田には、沼地を意味する「牟田」が多いのか。
そこには、土地の成り立ちが深く関わっていました。  

訪ねたのは、手鎌地区の歴史を調べている「手鎌歴史と里山の会」のみなさん。

【手鎌歴史と里山の会の皆さんが作った干拓地図】

【手鎌歴史と里山の会の皆さんが作った干拓地図】

これは、大牟田市の干拓の歴史を時代ごとに説明する地図です。
大牟田市は長い年月をかけて海の浅瀬を干拓し、農地へと変えてきました。
今陸地となっている多くの場所が、かつては海や海岸線に近い場所だったのです。  

牟田だった場所は、実際に浸水被害に見舞われやすいのか。
近くにかつて「湯牟田」と呼ばれていた場所があり、その地域を「手鎌歴史と里山の会」の方と一緒に訪れました。  

おとずれたのは、海岸線から3キロほど内陸に入った交差点です。

最新の技術で大雨の際の被害を可視化する機械をこの交差点に重ねてみると。

近くの川が大雨で氾濫すると、1メートル以上、浸水することもあることがわかりました。  

腰の上まで浸かり大人の男性でも歩くことが難しくなる高さです。

【手鎌歴史と里山の会 坂本陽子さん】

【手鎌歴史と里山の会 坂本陽子さん】

(手鎌歴史と里山の会 坂本陽子さん)
「地名を勉強して地図を作ってきましたが、
水との関係で見るということが大事だなと思いました。
特に去年、災害があった後なので、今後はどこにくるか分からない。
知っておくと、早めの避難も考えられるなと思っています」

湿地帯で、沼地ということを示していた「牟田」。
水害と密接な関係のある場所だということも分かりました。  

この地図は県が公表している大牟田市の浸水想定区域にかつて「牟田」という地名がついていた場所を示したものです。  

このように、現在の浸水想定区域と重なる部分や、距離が近い場所が多いことが分かりました。  

昔の人たちがメッセージを込めた地名は「牟田」だけではありません。

みなさんもお住まいの住所の地名に注目していただき、ぜひ、ハザードマップも見てほしいと思います。  

バリサーチでは、皆様からの疑問やご質問を、HPと郵送で募集しています。

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