原っぱや土手などで、ごくごくふつうに自生しているよもぎ。これを国内で栽培して意外な場面で活用しようという動きが広がっている、という話を、ある日、耳にしました。なんでなの?取材を進めると、過疎地の課題とよもぎのつながりが見えてきました。
(奈良局・及川佑子)
人気上昇中のよもぎ
奈良県南部の東吉野村。弘法大師・空海がこの地を訪れた際に、地域の人がよもぎを渡したという「逸話」が残っている村です。現在、よもぎを栽培している農家は3軒。
そのうちの1軒、岡本輝雄さん(79)は「コメ余り」の問題に頭を悩ませていたとき、よもぎ栽培に転換しました。栽培歴は26年と県内の「よもぎ農家」としてはベテランですが、ここ数年、生産が追いつかない状況に直面していると言います。
よもぎ栽培歴26年 岡本輝雄さん
「コロナ禍からの健康ブームで、需要が伸びて、問い合わせも多くなっている。売り上げは5年ほどの間に3割も増えた。お茶など、直接口に入れるものだけではなく、入浴剤としての活用もかなり人気のようだ」
取材に訪れた日の前日、岡本さんのもとには、手がけた商品を販売している店の担当者から、「商品がもう売り切れてしまったので、新しいものを納品してください」という連絡が入っていたとのこと。よもぎ人気は本物のようです。
なんで栽培の研究?
ただ、お茶や入浴剤、そして、餅や団子に使われているのは、よもぎの葉や茎の部分。わたしが耳にしたのは、もっとほかの部分の需要も高まり、県の農業研究拠点がわざわざ栽培方法の研究に乗り出している、という話でした。いったいどの部分かと言うと・・・
タネです。実は、よもぎのタネは、のり面工事の分野で注目を集めています。
タネを混ぜ込んだ特殊なシートでのり面を覆うと、数か月で青々としたよもぎが生えてきて、地盤の補強と緑化を同時に行います。こうした用途のタネを国内で確保しようという動きが、いま始まっているというのです。
背景にあるのは、「生態系保全への意識の高まり」です。
のり面工事を発注する国や自治体の間で、「その土地の生態系の保全に配慮した緑化工事を行うように」という要請が強まるなか、各地の工事現場で、次第に海外産から国産に切り替える動きが出てきているといいます。
今回取材した、大阪に拠点があるのり面整備会社も、これまでは海外から輸入した牧草などがメインでしたが、3年前から国産のよもぎのタネを扱うようになったということです。
のり面整備会社 中川孝貴さん
「国産のよもぎを使うことで、より、まわりの日本古来の草が入ってきやすくなる状態を作れる。そのおかげで、従来より早い段階で森に戻すことが出来る。今後も、より環境に配慮した形で、のり面緑化を進めて行ければと思う」
タネ需要にどう応える?
ただ、こうした新たな需要が高まっても、肝心のタネの生産は需要に追いついていないようです。
そもそも、国内では、わざわざ栽培するということに、あまり目が向けられてこなかったよもぎ。のり面整備会社でも、現状は、国産のよもぎのタネを、本来必要な量の5分の1程度しか確保できていないと言います。
この新しいチャンスを生かそうと、動き出したのが、奈良県です。昨年度から、農業の研究拠点で本格的な試験栽培を実施。
安定した収穫量と収入を確保できるためには、どんな栽培方法がふさわしいのか、研究を重ねています。
ことし2月には、新規参入を呼びかけるための講習会も開催。20人ほどの農家が参加して、関心の高さをうかがわせました。
タネは過疎地を救う!?
こうした県の取り組みに応じる形で栽培に乗り出した農家のひとりが、山添村の向井秀充さん(69)です。
向井さんがまず驚いたのは、栽培の手軽さでした。葉や茎の収穫をメインにする場合は、年に何度も刈り取る必要がありますが、収穫するものをタネだけにすれば、雑草の抜き取りなどは必要ですが、圧倒的に手間が少ないため、これならば、この先、年を重ねて体力が落ちてきたとしても、十分、作業が出来ると手応えを感じています。
さらに、思わぬ効果も期待できるのではないかと、気づきました。それが、耕作放棄地対策です。
人口減少や高齢化に伴って、山間部では、年々耕作放棄地が増えています。担い手がいなくなればやがて土地が荒れ、保全・管理が行き届かなくなります。この課題が、よもぎという比較的手間のかからない作物の植え付けによって、克服できるかもしれない、というのです。
よもぎ栽培に挑戦 向井秀充さん
「過疎化ということで、後継者も作り手、労働力もなくなっているなかで、もし各地でよもぎ栽培への活用が進めば、農地も荒れなくて済むし、国土の保全とか言うことにもつながってくるのかなと思いますね」
急しゅんな地形も多く、土地全体の8割が森林という奈良県は、従来から、大規模な農業の展開は難しく、生産量は決して多くありませんでした。
しかし、時代のニーズをうまくつかみ取る鋭い嗅覚で、チャンスをものにすることは出来るのかもしれない。新しいことに挑戦しようとする農家や研究者の皆さんの気概が感じられた取材でした。
及川佑子記者
2007年入局 奈良の農業界は作付面積は決して大きくありませんがいつもキラリと光る関係者の皆さんの知恵や工夫に驚かされます