国の4年前の調査によると、全国の空き家の数は推計で848万あまり。各自治体が対応に頭を悩ませる中、奈良県生駒市は新たな切り口で貸し手と借り手をマッチングするサービス、「恋文不動産」を始めました。そのサービスとは?
ベッドタウンに迫る高齢化の波
奈良県西部、東大阪市と接する生駒市は、古くから奈良と大阪を結ぶ交通の要衝として発展してきた街です。電車では近鉄の奈良線・けいはんな線、道路では阪奈道路に第二阪奈道路、古くは、日本屈指の“酷道”とも言われる暗峠のある街道・・・交通の便の良さから、大阪のベッドタウンとして発展してきましたが、近年、高齢化が急激に進み、空き家対策が急務となっていました。
市が6年前、独自に空き家の数を調査したところ、市内で確認されたのは1400あまり。なんとか解消しようと、市は不動産業界の関係者などともタッグを組み、売却や賃貸を支援する仕組みを立ち上げていました。ただ、この取り組みなどを進める中で、市の担当者は、空き家の所有者から「地域活動に使ってもらえるなら安く貸していい」という声を何度も聞いたそうです。
通常、不動産の賃貸と言えば重視されるのは、間取りや、家賃などの条件面。ただ、地域活動に使ってもらえるならば多少の家賃は度外視してもOKという声を聞くにつれ、そういう思いをもつ貸し手と、借り手を市がマッチングすれば、うまくいくのでないかと考えたことが、今回生駒市が「恋文不動産」事業を始めたきっかけだそうです。
見学会が開かれた
ことし5月から空き家の提供者を募ったところ、3軒の物件が集まり、10月、見学会が開かれました。
私が取材したのは、築40年あまりの木造2階建ての住宅で行われた見学会です。貸し手となる方は現在、横浜市に住む50代の男性。借り手として訪れたのは市内の奈良先端科学技術大学院大学でベンチャー企業を立ち上げている学生たちで、この日は、初顔合わせの日でした。
貸し手の方は、家の中の間取りなどについて説明したあと、若い人に使ってもらって、高齢化が進む地域の活性化につなげて欲しいという思いを伝えていましたし、見学に訪れた学生たちの側も、この家に住みながら、自分たちがベンチャー企業で取り組んでいることなどを生かして、地域の課題解決に役立ちたいという思いを伝えていました。打ち合わせは2時間ほどでしたが、貸し手の方自身もベンチャー企業での勤務経験があったということもあり、非常に盛り上がっていました。
家に詰まる数々の思い出
貸し手の男性に伺うと、見学会を開いた家は、小学3年生から高校卒業まで両親と兄の4人で住んでいたそうです。5年前に父親が他界し、母親も施設に入所したため、今年初めから空き家になったということですが、実家には思い出が詰まっていて、施設で暮らす母親の洋服や食器などもそのまま残っています。
思いなどが詰まった場所だということをうけとめた上で、活用してくれそうな人たちが見つかりそうだということで、非常に喜んでいました。打ち合わせのあとには、傷んでいる水回りなどの改修費用も、負担を検討したいと話していたくらいでした。
“恋”は成就するのか
ここまでだと、よくある不動産の見学会ですが、実は、ここから「恋文不動産」ならではの取り組みが本格的に始まります。借り手の人たちは、どのようにこの場を活用したいか、具体的なプラン(恋文)をつくって、送ることになっているのです。
その借り手の思いに今度は貸し手が思いを返す・・・市を通して、まるで往復書簡のようにやり取りしてもらうため、今回の事業名は「恋文不動産」。今回、見学した方に決まるのか、「恋」と同様、先行きは分かりません。ただ、順調に進めば12月に借り手の候補が決まることになっています
今回の取り組みを取材していて改めて気づかされたのは、「空き家」の1つ1つに、それぞれの「家族」の物語があるということです。自治体の空き家対策というと、改修費用の一部を補助したり空き家バンクを作ったりというのが一般的で、今回の生駒市のアプローチは、決して効率的とは言えません。
ただ、今回のような「思い」を重視した空き家対策は、結局は地域に根ざし、愛着をもって住む人たちが増え、長期的に見るとプラスになるのではないかと取材していて思いました。「思い」に着目した今回の取り組み、「恋文」が成就するのか、私もドキドキしながら、見守り続けたいと思います。
西村 亜希子
1992年入局、ことし8月から3度目の奈良局勤務。
現在は県政と生駒市政を担当。
神社・寺巡りもライフワークの1つ