「17才の帝国」マージナルマンが見た夢【演出ブログ】

NHK
2022年6月4日 午後11:15 公開

ついに最終話の放送が終わりました。最後までご視聴いただき、本当にありがとうございました。演出の西村です。ここで書き初めて真っ先に思い出すのは、星野源さんや染谷将太さんがクランクアップの際に、出演する理由を「このドラマの【実験】が面白そうだから」と仰っていたことです。田中泯さんにいたっては「だいぶ昔からAIが政治をする未来を考えていた」と仰っていました。最終話ではOPやEDが境界を越えて本編に混じり合い、全編振り返ってもUAさながら実験的なドラマだったと思います。

このドラマの実験の結果がどのようなものであったか。今、みなさまのお声を聞いてみたい衝動に駆られています。それはユートピアかディストピアだったのか。ただ、私は実験なくして、新しい未来はない。その思いでSF✕政治✕青春、その境界を越えていこうとした作品でした。そしてキャストをはじめスタッフ、クリエイターのみなが同じようにそれぞれが仮説、実験、実証を繰り返し創り上げていきました。みなさまへの感謝とともに、すこしだけその思い出を振り返りたいと思います。

【現実と未来との境界】

17才の帝国の話が立ち上がったのはコロナ禍の社会混乱の中でした。各国のリーダーがそれぞれ全く違う方針を打ち出していました。誰しもがリーダーの「声」を求めていました。今でも収まらないコロナやウクライナの戦争、何がおこるか分からない世の中に必要なのは未来への指針です。現代のニュースは、暗い話ばかりが席巻しています。未来を切り開く内容にするときにフィクションのチカラがいる。科学的な仮説で未来を描くことが許されたSFというジャンルに賭けたいと思っていました。

そんなSF世界に生まれた17才の総理。最終話、中間発表で「ここにいない人たちにも参加してほしい」とランタン祭りを企画した真木くんは、自分自身が「いない人」としてランタン祭りに参加することになりました。そのシーンを撮っている時、「そもそも真木くんは存在していたのだろうか」とふと不思議な感覚に陥りました。リアルな社会では存在しない「17才の総理」が物語の中で呼吸をしたとき、それは何の化身となるのか。ずっと問い続けてきました。

ランタン祭りに参加する真木

【救世主を信じられるか】

政治家は「代議士」という言葉が示すように「国民の総意」の現れです。ある意味、肉体は媒介でしかない。ならばAIでも置き換えられるかもしれない、というドラマのスタートでした。

閣議には「存在しない存在」や「声なき声」にどれだけ寄り添えるか。「救う政治」を掲げた真木くんの中心にあったのは、ユキさんという幼い犠牲者の存在と情念でした。直接民主制の体を取ったUAでは翻って真木くんの仲間や市民からすると、システム障害の後17才の総理という存在を信じられるかということが問われました。

脚本の吉田さんの言葉で「救世主になり得るかもしれない人が、それを信じることが出来なかった人によって、なり得なかった物語」という言葉がありました。ユキさんの情念と真木くんの理想。一方でそれに対する諦念や不信。その双方を誰しもが持っており、誰しもがなり得るということだと私は解釈を広げました。そして、それでも「青い夢」は持ち続けられる、というのがこのドラマの一筋の中心線です。誰もが持つその2つの世界で、17才の帝国の住人たちは戦っていました。

平(星野源)、すぐり(河合優実)、サチ(山田杏奈)

【境界に生きる人・マージナルマンたち】

17才の帝国に登場する人々は皆、複数の世界で生き、戦うマージナルマン(境界人)でした。真木くんは、AIスノウとUAの仲間や市民との狭間で。サチさんは真木くんの理想と、疎外された自分との狭間で。保坂さんは、愛する故郷の守り方の狭間で。そして平さんは、これまでの政治と、真木くんら若き理想の狭間で。シンプルに言えば、ですが二元論ではなく複数の境界の狭間であったと思います。

4話のラストで「僕の17才は、とっくに終わっている」という平さんの名演がありましたが、物語が進むにつれ境界線はよりパーソナルに、自身の中にいる複数の自分との戦いが描かれて行きました。政治劇ゆえ今回は大きな動きのあるシーンが少ないため、お芝居としては非常に高度なものでした。しかし全ての俳優部が、その内の葛藤を見事に演じていただいたと思っています。

とりわけ2役演じられた山田杏奈さんの持つ境界線の数たるや凄まじいものがありました。サチだけでなく「助けて」とスノウがサチを誘う芝居は何テイクも重ねて数々の感情を表現して頂きました。加えて塩塚モエカさんにもあらゆるパターンの声を頂き「誰しもが、戦う複数の自分を持っている。」という事が表現されています。

その戦いのなかで、救いは何か。最終回で真木くんが罷免されるシーン。その撮影のリハーサルで、生まれてきた言葉がありました。罷免されてなお住民から寄せられる「総理、クビ」「次の総理まだー」という意見。自ら罷免のルール掲げていた真木くんは、市民の声を聞き退場します。聞く政治の最後でした。その後、サチが自分の責任であると追いかけようとしたとき、「あなたのせいではありません!」と平さんが一喝します。これは台本にはなく星野さんと山田さんとのやりとりから生まれました。芝居上、必要に迫られて生まれたこの言葉ですが、これが一つの救いかもしれないと思いました。

真木くんの罷免は、おそらくメンバー誰しもが責任を感じていたはずです。とりわけ平さんがそうです。しかしAIのバグは人知を超える。真木くんの罷免は、一度の過ちで支持率を下げた市民の「反射」の結果で、責任は真木くんを選んだソロンにあるかもしれない、UAが生まれるに至った日本全体の社会状況かもしれない。それも含め平さんは「自分の責任」だと思っていたのではないか。境界で葛藤する人たちがお互いに汲み取り、そしてその螺旋を止めようと誰かが奮起する。平さんのその一言は、メンバー全員に対する救いだったような気がします。

勢い割って入ったすぐりさんは「事実は覆らない、でもその17才の時の自分をずっと抱えていくのだ」と、とちおとめに激励します。それはブーメランのように「17才はとっくに終わっている」と言っていた平さんに刺さります。平さんがその後「境界」を越えていくのはご覧の通りです。

最終話のエンディング映像より

【青年となった17才の総理】

「それでも青い夢を見ることができる」と背中を押された真木くんは、最後の演説をします。

「役に引っ張られすぎて、ちょっと現場でも暗すぎました」と真木くんを演じきった神尾さんは笑顔で話していました。真木の抱える境界を考えると、実に難しい役を神尾さんしか成立しない!と唸るほどのお芝居と存在感で作り上げて頂いたと思います。

最後の演説をする真木くんは、そんな神尾さんのように等身大の17才に戻ったような表情で語ります。初回の眼光鋭い表情とは違い、UAでこれまで自分になかった青春を得たかのような清々しい顔で「捨てたくない。ここで生きたいと思う社会を作りたい」と語ります。このシーンの後に、星野さんがぼそっと私に「真木くん、いいですね」と話してくれたことを覚えています。本当に、そう思います。「真木くん、いいです」と。

果たして真木くんは、何の化身だったのか。あの後彼は、どうなっていくのだろう。と、未だにいろいろと思いを巡らせますが、彼は存在したのだ。出会った人に、見て頂いた人に存在するのだ。と完成して改めて思います。見て頂いたみなさま、改めて本当にありがとうございました。

演出・西村