恋せぬふたり制作日誌⑨ 耳をすませば!?「恋せぬふたり」の「音」の世界

スタッフ
2022年2月22日 午後1:00 公開

「恋せぬふたり」で音響効果を担当している、吉川(よしかわ)と申します。
恋せぬふたりは私と、二人の音響デザイナー(松本、岸)の3人で順番に各回の音響効果を担当しています。作曲家の選定、楽曲作り、各回の選曲や効果音まで、ドラマで鳴っている音全般のデザインを行っています。
今回は、私たちが「音」のどこにこだわって取り組んでいるのか、その一端をご紹介できればと思います!

こだわり➀楽曲づくり

皆さんは「アロマンティック・アセクシュアル」(以降はアロマアセクと略記)を扱ったドラマと聞いてどんな音楽を思い浮かべますか?
人によっては、難しい題材だと感じる方もいらっしゃるかと思います。私もはじめこの話を聞いたときは、「これはなかなか難しいドラマだ」と感じました。しかし、難しいからこそ当事者も含めた「誰もが前向きになれるドラマ」の必要があるとも感じ、そんな世界観を表現できる作曲家である阿部海太郎さんに音楽をお願いすることにしました。

<発注>
作曲家に音楽を発注する際に我々音響デザイナーが用意するのが発注リストです。そのドラマに必要な音楽の要素をまとめて記した音楽のメニュー表のようなものです。
阿部さんに発注をした時のテーマは「色とりどりの世界」。すべての人がそれぞれに輝いて生きている清々しさと前向きさをイメージしてお願いしました。それと同時にアロマアセクの方が抱いている、「もやのかかったような」感覚を音楽でも表現したいこと、またコミカルな表現についても、当事者を揶揄しているように見えない、コミカルだけど下品ではない楽曲というイメージも共有しました。

主題歌として決まっていたCHAIさんのインパクトを損なうことなく物語の世界観を作ることが求められる難しい発注だったと思います。
この時点で台本は半分ぐらいしかできておらず、阿部さんとともにこんな楽曲があるといいなと想像しながら音楽を作っていきました。

<録音>
音響デザイナーにとって録音は、それまでデモ音源で聞いてきた音楽の本当の姿を初めて目にする(耳にする)場です。
今回、阿部さんの録音で驚いたのは「ほとんどすべての楽器を生で録音する」ということでした。普通ならシンセサイザーを使って作成するような抽象的な音もウォーターフォンやビブラフォンなどを用いて録音していきました。

また阿部さんご本人もアコーディオンやバイオリンなど様々な楽器を演奏し、細かなニュアンスまでこだわって音楽を作っていきました。

かくして皆さんが耳にされている「恋せぬふたり」の音楽(全29曲!)が完成しました。
様々な生楽器が創り出す独特な世界観を感じていただけると幸いです。

こだわり② 効果音

撮影現場で収録された映像には、実はあまり音が入っていません。セリフ以外の環境音や登場人物の動きの音はほとんど入っていないのです。そこで私たち音響デザイナーが効果音を後乗せしていくのですが、効果音を単に状況的につけるのではなく、登場人物の心象表現のひとつとして設計・制作しています。時に音楽以上に効果を発揮することもあります。ここからは、そんな効果音のお話をしていこうと思います。

「恋せぬふたり」ならではの効果音制作として、アロマンティック・アセクシュアルである咲子の、恋愛や性的なことに対する「わからなさ・もやもや」の表現が挙げられます。
例えば第1回の冒頭では、会社の上司から「仕事だけでなく恋愛もしたほうがいい」と言われた咲子がその言葉に対してぼんやりとした違和感を覚えています。

このシーンではそういった「もやもや」を表現するため、それまではっきり聞こえていた周囲の声やスーパー店内の作業音を、徐々に聞き取れない籠もった音にしています。このような表現をすることで、ここで咲子にとって単なる違和感以上の「何かがある」と思わせるような、印象的な見せ方にしています。
このほかにも、第3回の咲子がカズくんからキスをされる回想シーンでは、それまで二人で見ていた「サニサイ」のライブ映像の音がキスの瞬間から歪んだ聞こえ方になっています。

ここで使われている耳鳴りのような高い音は劇伴録音の際に収録したウォーターフォンの音色で、この音を皮切りに劇伴が流れ出します。このような音のパーツの組み合わせや音そのものの加工、劇伴と効果音との音量バランスで、咲子の言葉にならない心情を表現しています。これはセリフや音楽だけではできない表現です。

さらに忘れてはならないのは、咲子と高橋の暮らす高橋家で聞こえる「生活の音」です。スリッパで歩く木の床の足音からぬくもりのある秒針のチクタク音まで、心地よく、懐かしさを感じるものにこだわっています。逆に緊張感やその場の空気感を強調したいときなどは、ほかの音をあえて入れていないこともあります。こういった効果音のちょっとした工夫にも耳を傾けるとまた違った楽しみ方ができるのでは、と思います。

こだわり③ 選曲

こだわり①で楽曲づくりについてご紹介しましたが、音響デザイナーの仕事のひとつに、それらの楽曲をどの場面で使うかを考える「選曲」があります。

「恋せぬふたり」では、作曲家・阿部海太郎さんによる多彩な楽曲のひとつひとつを、各回の

1.どのシーンで

2.どこから

3.どこまで

4.どんな音量で

かけるかを音響デザイナーが演出と話し合って決めます。
シーンを明るく楽しく見せる、裏にある複雑な感情を表現する、感情に寄り添う、突き放す…など、各シーンで曲をかける意味は様々です。最も良く作用する形を、時には演出陣と熱い議論を交わしながら、時間をかけて探ります。

【第5回担当した岸デザイナー 議論しながらPC上で音楽を調整】

第5回は、「千鶴との再会」「カズくんとの対話」と、咲子の心を大きく揺さぶるような出来事が2回起きました。どちらも「ひとつの関係性の終わり」のシーンではありますが、咲子の気持ち、相手との関係性、そのシーンで表現したいこと…など、持つ意味は全く異なります。ともにすっきり晴れやかな気持ちのお別れでもなく、悲しく辛いだけのお別れでもない、このドラマらしい複雑性をはらんだシーンで、阿部さんの美しさの中に切なさもある楽曲が響きました。

【繊細なピアノメインの楽曲】

【余韻の深い豊かなストリングスの楽曲】

主題歌「まるごと」が2回流れるのも第5回の特徴です。3人で小田原旅行に向かう道中にかかっていた「まるごと」と、番組の終わり、千鶴やカズくんとの対話を経て、食卓で咲子が涙するシーンにかかっていた「まるごと」、同じ曲でも全く違って聞こえたのではないでしょうか。

今後の怒涛の展開とともに、阿部海太郎さんの音楽やCHAIさんの「まるごと」、さらには効果音の表現まで、是非「音」にも注目して、お楽しみいただけると幸いです!