自由を目指した先の“虚無感” ジェンダーを言い訳にしない生き方

小原ブラス
2023年9月5日 午後8:29 公開

 虹クロ視聴者の皆さん、おはこんばんちは。ロシア生まれ関西育ち、普段はコラムを書いたり、テレビに出て偉そうにコメントをしたり、YouTubeで配信をしてみたり、外国人の子供たちの就学を支援する活動をしたり…色々やっているのだけど、こういうのひっくるめてなんていうのかな。タレントでいいのかな。とにかくふわふわ社会を漂っている小原ブラスです。この番組風に自己紹介をさせていただくと、「割り当てられた性」「性自認」「好きになる性」「表現する性」が全て男性。世間では一般的に「ゲイ」と呼ばれるセクシャリティになります。

 さて今回のクローゼットさんは、17歳のチアキさん(仮名)。生まれた時に割り当てられた性は女性、それに違和感を覚え、将来は身体を男性にしたいとのこと。そのことを母に打ち明けると「そのままでもいいんじゃない」と、やや反対気味。母や周りに自分の”性別を変えたい”という気持ちを分かってほしいと悩んでいるのだとか。

 チアキさんが男性になりたいと思ったのは小学5年生の頃。小学5年生というと10歳、11歳。世間的にはそのくらいの子が「性別を変えたい」といっても「子供の勘違いなんじゃないの」と言われる年齢かもしれない。実際に、子供の頃に思っていた性自認と大人になってから気づく性自認が違ったという人は少なくはない。そのため、子供の性自認にあわせて早期に性別を変更することの正否はいまだに議論の続くところではある。

 でも、7年もこの気持ちが変わらず抱え続けてきたチアキさんにとっては「子供の頃の勘違い」なんかで片付けられたらたまったもんじゃない。しかも性別を変えるのにかかる年数を考慮すると、若いときに自分の望む人生を謳歌するためにも、少しでも早く始めておきたいはず。

 だからといって、理解のないお母さんだなとは言えないんだよね。いくら子供の人生、子供の選択でも、自立するまではお母さんは保護者なんだもの。どうあがいたって子供の選択の責任は保護者である間は親にあるからね。むしろ、子供が身体にメスを入れるリスクに肯定的になれる親の方が少ないのではなかろうか。自分が親だったらお母様と同じく「今のままではダメなの?もう少し待ってから決めたら?」と言うだろう。それに、金銭面を考えると、これから独り立ちするにあたって、大学に行く費用、一人暮らしをする費用がかかる。実は子育てで1番お金のかかる時期はこれからなのだ。そんな時期に性別を変えることに資金を優先して流していいのかという葛藤もあるだろう。

 僕が高校生くらいの時期、30歳くらいの大人を見ると「おじさん(おばさん)だなあ。おじさん(おばさん)になる前にちゃんと若さを謳歌しなきゃなあ!」という謎の焦りがあった。「今が若さの最前線!1度きりの人生、若いうちに楽しまないと!おじさんになったらもう人生は終わりだ!」本気でそんなことを思っていた。それが30歳になった今、まだまだ若造の扱いを受けるし、いくらでも楽しいこともある。今から新しい人生に方針転換することも余裕でできる。むしろ、20代前半の若者はお金もなくてかわいそうとすら思える。今の焦る気持ちはすごく分かるけど、成人して自立してからでも手遅れってことはないんだってのは声高に伝えたい。それに世の中には、若いうちに人生楽しんじゃうタイプの人と、年取ってから楽しむタイプと2種類の人がいると僕は思っている。

 僕の場合は母親がロシアの人で、宗教的にも社会的にもゲイには厳しい。男は男らしく、女は女らしくあるべきだと母は考えている。とうていカミングアウトもできなかったし、堂々と恋愛することもできなかった。子供の頃は男らしくなるために空手教室にも入れられた。「親なんかどうでもいいじゃん、自分の人生なんだから。」と言われたって、もしも社会に出てうまくいかなかったら最後に頼るのは親。親には嫌われたくないという心理は当たり前なんだよね。僕も親の前では男っぽく過ごし、ていの良い息子を装ったけど、やっぱり行き着くのは孤独。ゲイに会いたい!ゲイの仲間がほしい!偽らなくていい環境を作りたい!恋愛もしたい!その一心でカバン一つで東京に出てきた。

 親から離れて一人で生活をすると、「なんだ。日本は制度も充実してるし、ちゃんと一人で生きていけるじゃん。」ってどんどん自信がついてきて、親への依存心も薄れていった。もしも親に嫌われて縁を切られたって死にはしないし、関西の地元の友達にバレてキモいと言われても今は東京の友達がメインだし、だから何?という吹っ切れた気持ちになる。ああ、自由だって感じるようになった。

 自分が願う自分を偽らなくても良い環境を作れて自由をゲット。いいなと思うかもしれないけど、自由を手に入れても幸せになったかと聞かれると、全然幸せじゃない。理想とする環境をつくれたけど、ただそれだけ。その先に何もない虚無感に襲われたのが僕の25、26歳くらいの会社員時代だ。

 女性から男性に性別を変えた木本奏太さんが番組でこんなことを言っていた。

「性別を変えて環境は良くなったし、保険証の性別欄を見られてご本人様ですかと確認されることもなくなった。居心地は良くなった。だけど、これからどうしよう。僕は何が好きだったっけ、何がやりたくて生きてきたんだっけとなってしまった。もともと映像を学んでて映画を作りたかったんですけど、それさえ忘れちゃってたんです。」

 これがすごく大事なことで、結局性別を変えようと、環境を変えようと、カミングアウトしようと、それによって自分のやりたかったことのハンデ(障害)が取り除かれるという状況にならない限り、幸せにはなれないんだということなのだ。本来は性別を変えることを目標とするのではなく、幸せになることを目標として、そのための過程に性別変更があるくらいの位置付けにしておかないと、僕のように虚無感に襲われる。(僕は性別を変えたわけではないが)

 例えばチアキさんの場合、今性別を変えることは物理的にできないかもしれないが、性別を変えた後にやることや目標を決めて、それに向けて勉強をしたり貯金をすることはできるはず。何もしないことは恐ろしいが、幸せのために何か動いていることは不安や恐れに対して最もよく効く薬だと思うのだ。

 番組内でもう1つ大切なことをサリー楓さんが言っていた。

「私は人生は選択の連続だと思っているんですね。例えば服を選ぶ時、友達を選ぶ時、職業を選ぶ時。全てが人生の一部で選択の連続だと思うのですが、選択をするときに自分のジェンダーを理由に選んだり、ジェンダーを理由に諦めたりしないでほしいなと思います。それは、ジェンダーで言い訳ができなくなったときに自分に説得力を持たせられないからです。」

 なんだか反省させられた。僕の青春時代「僕はゲイだから相手にしてくれる人とは絶対に出会えない」と恋愛は鼻から諦めてたし、アルバイトをしたいと思っても「外国人だから雇ってくれるところはないんじゃないかな」と応募すらしなかった。

 今でさえも、僕が恋愛できないのは「メディアに出ているから出会いづらいんだ。」とか、「外国人としてはそこまで背も高くないし、英語も喋れないし、モテないからだ。」と諦めている。でもこれはただの”逃げ”なんだよね。僕が恋愛できないのは僕がメディアに出てるからでもなんでもなく、僕がやろうと重たいお尻をあげて行動してないからなんだよね。結局自分のセクシャリティや、状況を行動しないための言い訳に使っているだけ。

 なにもセクシャルだけではない。「私は太っているから」とか「僕は身長が低いから」とか「もう若くないから」とか、皆それぞれいろんな壁があるはずだ。その壁のせいにして、自分の選択肢を自ら減らしておいて、それを社会のせいにするはちょっとズルい。前例がないなら自分が第一号になってやる気持ちでいてもいいじゃないか。

 自分で選択することが恐いからって、自ら幸せを避けて生きたらアカンで。人間は皆幸せ追い求めてええねんで。そして物理的に今はできないことでも、ベクトルは大きな幸せに向けて少しくらいは動いておきたいな。