NHKアカデミア 第15回<テニスプレーヤー 伊達公子>③

NHK
2023年5月24日 午後5:56 公開

<復帰ではなく再チャレンジ>

復帰ではなくて「再チャレンジ」という言葉を使ったのは、自分に対する意識の持ち方の一つなんですけれども、まず目標に掲げたのは全日本選手権ですね。全日本選手権にした理由というのは、やっぱり日本の女子テニス界に対してもっと頑張ってほしいという思いがあったし、外からいろんなことを言うだけではなくて、コートに立つ姿で示すことができることがあるんじゃないかなと思ったからです。

そのためには試合勘を戻すために、もう少し前倒しで試合に出ることになるんですけれども、掲げたこの目標というのは、その年にシングルスとダブルスで優勝というかたちで、自分ではベスト8くらい、良くてベスト4ぐらいかなと思っていたんですけれど、結果は優勝というかたちにすることができました。

その前倒しにした大会というのが国際大会になったので、その大会に出ていたことで、いわゆる世界のポイントというものを取ることができて、8か月ぐらいで、全豪オープングランドスラムの予選に引っ掛かるくらいのランキングを取ることができたので、再び私自身は海外のツアーに出るということになっていきます。

私自身は当然ですけれど、それだけブランクもあって、年齢もいっていたので、一番はやっぱりフィジカルの心配ですね。どうしてもテニスというのは勝てば勝つほど連戦になっていくので、そこにかける回復力を補うためのエネルギーが、セカンドキャリアの中ではすごく重要でした。当然、体も若いときのように無理が利くわけではないので、よく私の心にとめていた言葉として、「無理はしても無茶(むちゃ)はしない」というのがあるんですけれども、無理をすることはアスリートの世界にいる中では当然のこと。無理を超えて無茶(むちゃ)をしてしまうと、ケガにつながってしまうので、そこの境目を間違わないように心がけていました。

テニスはメンタルなスポーツでもあるので、テクニック的にスピードがあるとか、パワーがあるとか、それだけでは勝てないというのがテニスの世界なんです。やっぱり冷静な試合運びとメンタルの駆け引き、心理戦っていうことと、戦略・戦法を変えることで、勝敗が変わったりすることにもつながるので、その辺を楽しむことをセカンドキャリアではより強く考えて、そうやってプレーしていたことが大きかったかなと思います。

選手の表情だったり、今どういう心理面でいるのかなと思ったり、そういうことは随時見逃さないようにしていました。国内の試合とかでもそうだったんですけれど、選手によっては、打つコースを必ず目で追うんですよね。ワイドに打つときに、目でピッと見たりするので、次はワイドが来る確率が高いなと思ったり・・・だから、そういう選手の表情を読むということも、できることの一つとしてやっていました。コートチェンジするときも、実はすごく息が上がっているんですけれど、その選手とすれ違うときだけは、穏やかな顔をしながら、息を止めてコートチェンジするということもしていました。

※映像(開始点1時間03分20秒)とあわせてご覧ください。

このセンターコートで再び試合ができるということは、私にとってはもちろんスペシャルな試合になったことは間違いないんですけれども、ここの中でビーナスのサービスから試合が始まったんですけれど、私のリターンがあまりにもタイミングが合ったことに対して、彼女が動揺した顔を見逃さなかったんですよね。そうすると次のときにダブルフォルトをして、私は1ゲーム目からブレークをすることに成功して、試合の主導権をしばらく渡すことはなかったんです。ただやはりウィンブルドンの優勝者は、どこかで修正してくる力があって、セカンドセットを取られ、ファイナルセットも競ってはいたんですけれども、勝ち切ることはできませんでした。でも十分にビーナスを脅かすことはできた試合になったのかなと思います。1球目のリターンでピタっとタイミングが合ったからこそ、ここまでの試合ができた。やはりテニスだけではない、メンタル面ができたからこそだと思っています。

この試合をすごくいろんな人が見てくれていて、いろんな人から試合のあとに声をかけてもらったんです。マッケンローからも「誰かをほうふつさせるプレーだった」とか、「Age is just a number」っていうことで、とにかく40歳だった私が、優勝したビーナスをそこまで追い込むことができたということで、すごくたたえられた試合の一つになったかなと思います。

<勝敗への考え方の変化>

根本的な軸としては、「負けたくない」という気持ちはずっと持ち続けてプレーはしていたんですけれど、でもやっぱり勝ち負けというものを超えた上での「テニスの面白さ」「スポーツの面白さ」ということに気づき始めて、勝敗というものに対する考え方が、すごく変わったかなと思っています。

インディアンウェルズという、カリフォルニアにある大会なんですけれども、これが試合終了のときの写真です。この写真を見て、どっちが勝ってどっちが負けたか。皆さん、ちょっと考えていただきたいんです。

実はこれ、フルセットで私が負けた試合になるんですね。もちろん、日頃からツアーを一緒に回っている選手ということもあるんですけれども、何かやり遂げたあとの満足感みたいなものを感じた瞬間でもあったので、これぞ女子テニスの最高の姿だっていうふうに、あるイタリア人の記者から写真が送られてきたんです。すごく納得のいく瞬間でもありました。やるべきことをやり切ったあとは、負けても、結果というものを受け入れられるということがすごく感じられる、1枚の写真になったかなというふうには思います。

ファーストキャリアのとき、私は本当に孤独と自分の殻に閉じこもってプレーしていることが多かったんですけれども、セカンドキャリアというのは、負けても、負けることが大嫌いな私でも受け入れられる瞬間があるということで、よく“キミコスマイル”って言われるんですけれども、自分が納得できれば、人は笑顔になれるということが言えるのかなと思います。

<ケガで辞めるわけにはいかない>

まさかまさかの手術っていうことになっていくんですけれども、ある日突然、ひざの腫れが起きました。これまでどんなこともメスを避けてきた人生だったんですけれども、2016年、左ひざの半月板に亀裂が入って、これはもうどうにもならないということで、手術に踏み切って、手術を経てリハビリをやりました。

※映像(開始点1時間08分45秒)とあわせてご覧ください。

手術を終えて長いリハビリが始まるんですけれども、テニスができない日々がずっと続いて、何とかボールを打ちたいという気持ちで、松葉づえや車椅子で、リハビリを兼ねて打っていたりしたときの映像です。けがを経ての過酷なリハビリトレーニングというのは心が折れるという人も多い中で、全く歩けなかった自分が一つ一つ動けるようになっていくという段階で、心が折れることなく、1年後の復帰を最大の目標にしながら日々を送っていました。実際に、1年3か月のリハビリを経て、46歳でツアーに復帰することになります。

本当によく言われましたね。「もういいんじゃない?」「もう十分やったよ」って。でも、私の頭の中には、けがで引退するというイメージが全くなかったんです。このひざだけ治れば、このひざが時間を経て元に戻れば、まだ自分は戦えるという気持ちが頭の中にあったということが、私を奮い立たせていたかなと思います。

うーん、悔いはありましたね。結果は、勝てる回数というのは減っていたので、負けることが多いんですけれども、やっぱりアスリートで、「現役でいたい」という気持ちがすごくあったんです。でも、体は限界に達していたので、もうこれは引退を決断するしかないということで、引退を決意しました。一度目のテニスが好きか嫌いかも分からないような孤独な気持ち、精神的にいっぱいいっぱいな状態での引退とは大きく違って、未練がある中での引退でした。2回目は。当然、全ていい結果が伴えば、いちばん理想的だと思うんですけれども、やっぱり結果が全てではなく、結果が伴わなくてもチャレンジすることに意義があるっていうことが分かるようになったのが、2回目のキャリアから学んだことかなと思います。

<2つのキャリアで得たもの>

今は本当にプレッシャーとかストレスとかということをから無縁の、リラックスした状態で、いろんなものと向き合って過ごせている生活になるかなと思います。でもやっぱり体を動かしたり、スポーツというものに関しては、私自身はプロテニスプレーヤーではなくなったけれども、生涯、テニスプレーヤーであることには変わりはないし、プロテニスプレーヤーではなくなるけれども、テニスと切り離した人生にはしたくないというのが2回目だったので、今は週1回、テニスを楽しんだり、スポーツが自分のライフスタイルの中にしっかり入っている生活をしています。

2回目の引退をしたとき以上に、少しずつ体力的にも、さらに年齢的にも、衰えてきていることは感じているので、この先も長くスポーツをというところで、最近は、ひざの手術の状態もすごくよくなっているので、冬はスキーをやっています。子供のときもスキーをやっていたんですけれど、プライベートレッスンを付けてスキーをして、初めてバックカントリーにも挑戦しました。これ(上写真)は初めてのトライなので、腰が引けているんですけれども、全く音がしない中でのバックカントリーというのがすごく新鮮だったのと、今までにやったことのないことに対して上達していくことの楽しさ。テニスで新しいことというのはなかなかもう見いだすことは難しいんですけれども、競技が変わると、やっぱり上達することの楽しさがあります。私にとってはスキーの中で感じられているかなと思っています。

<世界で戦えるプレーヤーを育てる>

※映像(開始点1時間14分36秒)とあわせてご覧ください。

世界で活躍できる女子の選手たちが増えてほしいということから、セカンドキャリアというのはコートに立って刺激を与えたいという思いだったんですけれど、今は育成プロジェクトでジュニアたちに関わる中で、このジュニアたちがグランドスラム出場を目指すという目的でこの育成プロジェクトに取り組んでいます。

対象になる選手たちは、12歳から16歳になります。一部の選手は、グランドスラムジュニアに出場できるようになって、ウィンブルドンジュニアにも3回戦まで進出できるぐらいのところまでレベルを上げてきています。

指導者としてはね、本当に難しくて、コーチにどうやって自分は指導を受けていたのかなということを思い返して考えたりすることも多くなったんですけれども、私自身がやっぱり“天才”ではないので、アプローチの仕方が難しいなと、どういうふうに表現すればいいのか・・・天才であれば、感覚みたいなものがすごく分かると思うんですけれど、私は意外と努力を重ねて、何回も何回もボールを打って、体で覚えるまで打って習得してきたタイプなので、今のジュニアに足りないものを、体で見て感じても、それを言葉で表現することの難しさというのはいつもあるかなと感じています。今のジュニアたちは本当にレベルが高いので、もっと貪欲に、ハングリーに、勝つことに対する執着心というものを持ってほしいなということは、ジュニアたちを見ていて感じます。

過去に世界のトップ50を経験した有志9人で「JWT50」という団体を立ち上げました。本当にみんな同じ思いを持っていて“3つの柱”を立てました。スローガンがまず「Rally for the Future」ということで、いろんなことをラリーしていきたい、キャッチボールをする中で、日本女子の底上げをしたいというところで、一つの柱が「メンタリング」ですね。世界に行くためにどういうことが必要なのかということの精神的なサポートをすることが一つの柱になっています。もう一つの柱は、できるだけ「世界に行く機会を作ってあげたい」ということで、大会を作っています。3つ目は、やっぱりもう少しいろんな情報を発信していかなくてはならないというところで、選手側への情報と、選手からの発信ということの両方の発信をしていく。この3つの柱になります。ジュニアたちがより世界に近づいていってくれるような大会になればという思いで作っています。

<Q&A パート②>

かなたさん「テニスをやっている中で、例えば部活とかで、自分よりあとに始めた人の方ができるというようなことが多くなってきていて、そういうときはどういうふうにしたらいいか。心構えはありますか」

伊達さん「例えば、プレースタイルの違いだったりとか、もちろんテニスにかける時間の違いだったり、それぞれいろいろとあると思うんですけれど、長くやるからといって必ず強いとは限らないというのは、受け入れないといけないと思うんですよね。だから練習にしても、時間を長くやればうまくなっているかと言ったらそうでもないし、時間が短くても質の高い練習をする方が身になることもあったりもすると思うので、まず外から、自分のできるできないということの判断をつけないということは大事かなと思います。

私が高校生ぐらいのときに、“ライバル”と言われる人も当然いました。でも、そのときにコーチから言われたのは、『お前は誰と戦ってんや?ボールと戦え』って言われたんですよね。やっぱりランキングだったり、相手の誰々と戦うだったり、外にあるものに対して勝負をしてしまっている部分があったんですけれど、本来のテニスというのは、もちろん対戦相手がいるんですけれど、やっぱりボールと戦わないといけない。そこがプレッシャーだったり、このボールは落とせないだったり、もちろんその中で戦う重要性というのもあるんですけれど、本来の『ボールと戦う』という心構えをしっかり持つことは、私の中でもずっと大事にしていたポイントにはなります。なので、ぜひ今度はボールと戦ってみてください」

にこさちさん「伊達さんは、ファーストキャリアでの頑張り方とセカンドキャリアでの頑張り方が、大きく変わられたんじゃないかなって思うんですけれど、自分の力を出すためのメンタル的な部分について教えていただきたいです」

伊達さん「私の場合はテニスにおいてになるんですけれども、結果は結果として出てくるものなので、私は常に『プロセス』を大事にしています。今のジュニアたちも目標を掲げていて、それはすごく大事なことではあるし、私自身も2つの目標を掲げて、それによってモチベーションを上げていたところはあるんですけれど、その目標を達成するためのプロセスというのを何よりも大事にしています。例えば、さっき質問にもあったように、大事なポイントのときに自分が硬くなってしまうとか、できなくなってしまうとか、そういう状況に陥らないために、私はこれだけのプロセス、やるべきことをやってきたという自信があれば、最後の目標を達成するための大事なポイントのときにも、どんなこともトライするエネルギーが湧いてくるというふうに思っていたので、プロセスをすごく大事にすることが、頑張り方みたいなことの答えになるのかなということは感じています」

ちえさん「私は介護の仕事をしていまして、介護への情熱が高過ぎて、今は会社の経営までしています。スタッフを育成するときに、自分の情熱と相手の情熱に差を感じることがあるんです。テニスをしている生徒さんも情熱の高い方ばかりだと思うんですけれども、人に教えるときに、その情熱をどう伝えたらいいのかなというのを教えていただければと思います」

伊達さん「介護の世界もすごくメンタル的にもタフな世界だと思います。私が今育成プロジェクトをやっている中で、同じような感覚になれるのかちょっと自信がないんですけれども、私も、私の強い思いをジュニアたちは同じように受け取ってくれているんだろうかというところで、どういうふうに伝えたらいいんだろうと悩んでいたときがありました。そのときに仲のいいテニスの先輩たちに、その悩みを打ち明けて教えてもらったのが、彼女たちもやっぱりプロを目指す一人のアスリートであることは同じだと。その年齢が15歳でも16歳でも、それが10歳でも、彼女たちはプロを目指しているアスリートの一人なんだから、私自身が彼女たちの年齢に分かるように説明をしようとしなくてもいいと、一人のプロとして扱えばいいというふうに言われたんです。自分が上ということではないんですけれども、知識としては、経験としてはやっぱりいろんな経験をしてきたので、それを掘り下げなくても、彼女たちが引き上がってくればいいんだと言われたときに、私は彼女たちを年齢で見るのではなくて、プロとして接していいんだということで、すっと悩みが消えましたね。介護の世界で同じように言えるのか、ちょっと疑問ではあるんですけれども、やっぱり、それを言い続けることで、いつか理解してくれるときが来るんじゃないかなということは、私の経験の中では思いました」

私がこれを通して皆さんに伝えたかったことというのは2つあります。一つは「チャレンジすること」。私のセカンドキャリアもそうなんですけれども、そこそこ若い子供のときというのはチャレンジする気持ちが旺盛だと思うんです。年齢とともにいろんなことにチャレンジする機会というのは減ってくるという現実があるかなと思うんですが、自分自身にとってどんなに小さなことでも、大きなことでも、自分がやりたいと思う気持ちに素直に、チャレンジする気持ちを持ち続けることというのは、すごく大事なんじゃないかなと思います。

もう一つは、「追求する気持ち」。やっぱり人間というのは自分の中に成長できるものがあるというのは、すごく楽しいことだと思うので、追求する気持ちというのを持ち続けられれば、自分のライフスタイルとして、有意義なものになっていくのではないかと思います。

日々の中に、自分の「チャレンジすること」と「追求する気持ち」というのを持ち続けて、楽しいライフスタイルを築いていってほしいなと思います。