妹島さん「でもだんだん家だけの問題ではないなというふうに思えてきました。今自分でつくり始めてからちょうど35年ぐらい時間がたっているんですけれど、私のキャリアのちょうど中ごろに取り組んだのが、今日来ております『金沢21世紀美術館』です。それまでと比べると一挙に規模が大きくなりまして、てんやわんやしながらつくりました。この金沢21世紀美術館というのはプロポーザルコンペから始まりまして、『ふだん着でも来られる美術館』というのが、市の考え方でした。
敷地は金沢市役所の横ですし、兼六園のふもとという非常に街の重要なところにあり、いろんな人が周りからやってくる場所でした。『公園のような美術館』というアイデアが出て、いろんな人が気軽に立ち寄ったり、思い思いの時間を過ごしたりすることができる場所にしたいと考えました」
妹島さん「プロポーザルのときの提案書です。『表裏のない開かれた建築』、『公園のような美術館』、『アートサークル』という3つを提案しています。表裏がない建築というのは、表と裏というのがあるのではなくて、どの方面から来ても人々を迎えられるような建物にしたいということ。実際、この21世紀美術館はメインに4つくらい入り口があります。いろんな方向から人が入ってくることができます。
それから、そのときに求められたのが『美術館』と『交流館』という二つの機能の施設をつくるということだったんです。いくらみんなが気軽に来られる美術館と言われても、交流館だけが盛り上がって美術館が静かなシリアスな場所になるのはおかしいなというふうに思って、美術館と交流館が一緒になる円形の建物を提案しました。円形だと二つを一緒にしてかつどこに対しても人を迎えられるという形になるのではないかと思って、こういうものを提案しました」
妹島さん「これは事務所での検討のための模型ですけれども、『美術館』と『交流館』の二つがばらばらだったら簡単だったんですが、違う機能を一つに入れたので、どうやってこの二つを一緒にしたらいいかというのを延々と検討しました」
妹島さん「それに対して平面図のスケッチがあるんですけれど、展示室と廊下と交流スペースをどんなふうに混ぜ合わせたり離したりするかとか、バックスペースの配線とか…そんな検討をしていたときのものです」
金沢21世紀美術館 長谷川祐子館長「たくさん印象に残ることはあったんですけれども、やはりいちばん最初のプロポーザルで、美術館という静かな場所とにぎわいの場所を一つにされたところが、非常に印象的でした。街の中の中心になるイメージということで、中心から街の周辺に向かって広がっていくような、そういうイメージを共有することができたと思います」
長谷川さん「いちばん大事に思ったことは、『来る人がきれいに見える』ということだったんです。美術館では、作品がきれいに見えるということをまず言いますけれども、私たちは作品もそうだけれども、いらしている方たちが、外にいても中にいてもきれいに見えるということをとても大事に思ったんですね。写メとかインスタグラムとか無かった時代なんですけれども、ここでいかにきれいに写るかというのはすごく大事。それを思い出として持って帰れるかということがすごく大事だと思っていました。だから外にいろいろなパブリックアートがあって、中にもあるんですけれども、それを体験していただきながら、中と外の人たちが視線を交わしたりすることによって、『本当にあの人たちは楽しそうにしているな。アートと一緒にあるな』という感覚を共感してもらえる、そういう心理的な効果を考えたと思います」
長谷川さん「特別感というのは、やはり一つ一つの部屋が独立していて、多様性を包括していること。ひとりひとりが違っていてもいいんだということのメッセージになっている気がします。あとは、パブリックスペースがすごく広いので、作品を見たあとで一回外に出て、中庭の光がありますよね。そのことによって自分の体験がリセットされて、またフレッシュな気持ちで次の部屋に入っていける。そうすると自分にとって本当に大事な思い出だけがきれいに残るんです。だから人生においてそんなにたくさん作品を見たり展覧会を見たりする必要はないんですけれども、本当の出会いというのはすごく必要で、そのことを大事にしている美術館だと思います。だからここに来ると、すごくリフレッシュするというか、光がやわらかく入っていて、隣で感じている誰かと、思いというのがやわらかく伝わってくる」
長谷川さん「『公園のような美術館』というのも妹島さんがおっしゃったことなんですけれども、それはどういうことかというと、パブリックとプライベートが一緒にそこにあって、でもプライベートな空間がちゃんと維持されている。だから公園はひとりひとりがそれぞれ違うたたずまいでいるけれども、みんながそこにいることをなんとなく共有していますよね。それで一つの安心感とかたたずまいが生まれる。周りをガラスで囲われていますよね。見えすぎないということも大事で、この中に迷路のようにいろんな建物が、小さいギャラリーがあるということもそうですし、人々の動きが見え隠れしていくということもあったと思います」
長谷川さん「街のように一本アクセスとしてつながっていて、例えば、入口から見たときに、市役所の壁が見えるみたいな、そういうふうな突き抜けている場所もあります。そういう意味で、この美術館そのものが一つの街のような感じになっています。街の中に美術館が含み込まれる、美術館が外の街に響き合っていく。そういうことが公園のような美術館体験と合っていると思います。
妹島さんはすごく才能のある方で、私は『天才』と呼んでいるんですけれども、建築家というよりもむしろアーティストとしても大変尊敬しています。絶えずこちらが考えてもいなかった領域に向かって、いろんなアイデアを展開されるすばらしい直感力と想像力を持った方だと思います。同時に、その想像力に向かって、一緒に伴走していくのもかなり大変だということもお伝えしておきます」
妹島さん「長谷川さんの話がいろいろありましたけれど、こちらが金沢21世紀美術館の平面図です。いろんなものをつくった結果、キュレーターのチームの人と、それから金沢市のプロジェクトチームの方と侃々諤々(かんかんがくがく)しながら最終的にできあがったのが、このプランです。展示室と展示室の間に隙間があって道のようになっていて、人々が展示室から展示室に自由に巡ることができるようになっています。この中を歩いていただきますと、街を歩いているように感じることができますし、開放感があります」
妹島さん「これは展示室の断面図ですけれども、みんなが身近に近づけるようにということで、全体は低い建物になっているんですが、展示室は展示のために高さがとられていて、高く飛び出しています。
そして、室内環境についても、シミュレーションで温度分布とか風の流れによって省エネルギーをどういうふうにしたらいいかということを検討しました。今日はあまりそんな話はしていないんですけれども、建築というのは、いろんなエンジニアの人とコラボレーションしながら形づくっていきます」
妹島さん「これは実施設計に使った大きな模型で、私たちの場合は、最初は小さな模型でいろんな案を考えますが、最後に大きな模型をつくって、切ったり貼ったりしながら、より具体的な検討を進めていきます」
妹島さん「そしてこれが完成した外観です。大きな建物なんですけれども、4m程に抑えた高さで、どこからも人々がスムーズに入りやすいスケールと顔を持っていて、そこから展示室が飛び出しています」
妹島さん「光庭のいくつかはアートを展示する場所にもなっていて、展示室と展示室の隙間からは街が見えます」
妹島さん「これは展示室の様子ですけれど、例えばこれは音楽演奏が展示になったもので、演奏者と聴衆が一緒にいて、その風景が展示となっています。移動しながら自分でその人なりの音楽が組み立てられていくようなプロジェクトです」
妹島さん「これはアーティストの日比野克彦さんがワークショップでつくられた『明後日朝顔プロジェクト21』なんですが、春に子どもたちが植えたアサガオが、夏になって建物の外観を360度覆うようになって、そして育ったアサガオが日陰をつくって軒下のような空間が現れました。私たちがつくった空間はどんなに透明であってもガラスが感じられるんですけれども、アサガオの影によって本当にガラスが消えてしまって、全く違う空間が生み出されて大変驚いたことをよく覚えています」
妹島さん「これは私もすごくうれしかったんですけれど、美術館と街の関係を示す地図で、街で自分のギャラリーを運営されている方が、『自分のギャラリーはもしかしたら金沢21世紀美術館の展示室が一つ街に飛び出したと考えられるんじゃないか』というイメージを思いついてくださったんです。それから街と美術館が本当につながったというような気がしました。この美術館は、街を見ながら展示室を移動するイメージと申し上げたんですが、本当に街の中に入っていって、いろんな展開が生まれています」
妹島さん「ここまで時間がたって、設計を始めたころには考えられなかったことを、いろいろと感じるようになってきました。建築というのは物理的に動かないものなので、この美術館をつくるときも、どうやったらアーティストの人に使いやすくなるんだろうということをすごく悩んだりもしたんですけれども、いろんなことが有機的に関係を持って変わっていくということを経験しました。
若いときはどちらかというと、建物の完成がゴールで、それをいちばん目指してやっていたような気がするんですけれども、この金沢の経験をとおして、時間とともにどんどんつくり続けられていくというか、いろんなことを考えられるようになったかなというふうに思います」
妹島さん「今日せっかく美術館に来ているので、少しだけ美術館をご紹介できたらと思います。このレクチャーホールもこのようにガラス張りにするかどうか、設計時は侃々諤々(かんかんがくがく)だったんですけれども、大きなホールが一つ向こうにあって、ここはアーティストトークとか展覧会の最初の説明とか、そういうことに使うので、やはりこの周りの環境があった方がいいだろうということで、こういうものが出来上がりました。オープニングのときも、最初はカーテンを閉めたんですけれど、やっぱり開いた方が気持ちいいということで、途中でカーテンを開けました」
妹島さん「レクチャーホールから外に出ると音がしてきます。光庭です。先程ご説明しましたとおり、周りを街に囲まれていて、何本も道があって、展示室と展示室を移動するときには、いろんな風景が見えます。建物が丸い形なので、長い道があったり、短くてすぐ端と端が見えてしまうような道があったり…そんな体験をしながらこの中を回れます。私としては、何度か来るうちに自分でいろんなことを発見していけるような美術館がいいんじゃないかと思って…そうすることによって、与えられたところに来るというよりは、どんどん自分の美術館をつくり上げていける、そういうものになったらいいなと思ってこういう設計にしています。今日もたくさんの方が来てくださっていて、一緒に美術館をつくってくれているという感じがします」
妹島さん「続いて、もう一つのプロジェクト、日立のプロジェクトです。日立市というのはこの写真でもちょっと分かると思うんですけれど、山と海に挟まれた街で、山から海に向かって地形が下がっていくんですね。日立は私の故郷なので、日立とのつながりっていうことは、このプロジェクトに関係しているかなというふうに思っています」
妹島さん「これは日立駅なんですけれども、山から海に向かってきて、そこをつなぐような形で駅があります。高校生のときに毎朝駅を使っていたんですが、当時は駅から海が見えなかったんです。いろんなところから海が見えるけれど駅で海が見えないということを、不思議にも思っていなかったんですが、ある朝プラットホームで潮の香りを感じて、海が駅のすぐ近くにあるんだということを気づかされた。そのときから駅からも海が見えたらいいのにという思いを持っていました」
妹島さん「あるときプロポーザルがありましてそれに参加して、海が見えるということがいちばんの日立らしさだと求められたときに提案したのがこの案です。街と海を分けるようにあった駅を、今度はつなげるんだというような提案です。やっぱり駅というのは、日立を訪れた人が最初に到着する場所なので、海と山という日立の街の地形や自然が感じられる場所になるといいなと思いました」
妹島さん「これが街側からずっと海の方に向かってきているブリッジです。このブリッジは自由通路になっていて、誰でも通ることができる道です」
妹島さん「その道のいちばん突端に、海に出会う場所があります。太平洋をパノラマ状に見渡すことができます。水平線の広がりを見ていると地球が丸いんだということを、本当に感じることができます。その日の天候や時間によって、さまざまに海は表情を変えて、海と空が一体になって見えることもあります。私も常磐線で日立に行くんですが、「今日はどんな海が見えるか」というのがいつも楽しみで、本当に毎回違うんです。驚きながら写真を撮るということを毎回経験しています」
妹島さん「これは日の出のときの写真ですけれど、だんだんここは名所のようになって、いろんな方がこのすばらしい写真をアップしてくれて、一つの日立のすばらしさというのをつくり上げていっている…そういう気がします」
妹島さん「こちらは、駅が完成したあとに始まった日立市の市役所なんですが、前に大きな屋根付き広場を配して、街の人々が集まることができる市役所というのを提案しました」
妹島さん「プロポーザルのときに描いたアイデアスケッチです。『みんなの広場』というのを提案しています。市役所が用事のあるときだけ来る場所ではなくて、いつでもぶらりと立ち寄ることができる、街の中心の一つになるといいのではないかと考えて提案しました」
妹島さん「大きな屋根の一部に穴を開けて、上から光が入ります。みんなの広場は、街の風景とともにあって、いろんなイベントがここで行われています。
みんながどう一緒にいられるかということを考えるうちに、最初は80人の家(再春館製薬女子寮)から始まり、徐々に大きくなって美術館や駅や市役所になったわけですけれども、市役所もある意味では市民の家であるとよいのではないかと考えます。『家』というのは自分がよそ者ではなくて当事者として関わることができる場所というふうなイメージです。
ひとりひとりが自分も『社会をつくっていくメンバー』だと感じられる空間。みんなが共につくり上げていく空間。そういう場所を、建築が示せるとよいのではないかと思っています」