建築家 妹島和世さん「こんにちは。ご紹介いただきました妹島です。建築の設計をしています。今日は、いろんな方にこの講義に参加していただいていると聞いております。今まで自分がつくってきたいくつかのプロジェクトについての話をとおして、皆さまに、建築家というのはどんな職業でどんなことをやっているのか、どういうことを考えて何を目指しているのか、少しでもイメージをつかんでいただければと思います。もちろんいろんな建築家にがいますから、あくまでもこれは私の一例というふうにお考えいただければと思います」
<妹島和世にとって 建築家の仕事とは?>
妹島さん「私にとって建築家の仕事とは、この世の中に暮らす多様な人々が、違うということで切り分けられるのでなくて、どういう空間だったら一緒に快適に暮らせるのかということを考えることではないかと思います。そして、お互いを尊重しあいながら一緒に時間を過ごすことのできる空間をつくることだと思います。それは公園のような場所ではないかと思っています。公園には、老若男女いろんな年代の人がいて、例えばお母さんと子どもたちのグループがいたり、カップルがいたり、サラリーマンが仕事の途中でひと休みしていたり、それぞれがみんな思い思いに時間を過ごしています。みんなと一緒にいられる場所でもあり、ひとりでもくつろぐことができる場所です。今日は『公園のような場所』ということを中心に、5つのプロジェクトをご紹介します」
<公園のような建築 “みんな”と“ひとり”の両立>
妹島さん「最初にご紹介したいのは、私が設計を始めたごく初期に設計しました再春館製薬女子寮です。熊本県が1988年に取り組みを始めた、良質の都市計画や建築をつくって文化的資産をつくっていこうという『アートポリス運動』に、民間から参加した最初のプロジェクトです。
80人の女子新入社員が、研修を重ねながら1年間共同生活をする場所で、企業の寮でありながら学ぶ場所でもあり、80人が一緒に暮らす、いわば大きな家のようなものでした。最初に説明を会社の方からお聞きしたとき、『ここでみんなと一緒に暮らしたことがよかった。再春館製薬で働いた女の子をお嫁さんにもらったらすばらしかった』というふうな場所をつくりたいと。一緒に1年間暮らすわけですからなかなか大変で、どんな場所だったら『仕事』と『一緒に暮らす』ということができるのか、私たちがいちばん考えたことでした。一般的に会社の寮というのはワンルームマンションみたいなものが多かったですから、こういう機会に、80人一緒だから経験できる、ワンルームマンションでは絶対に経験できないスペース、80人で居心地よく一緒にいながら、ひとりでも居心地よくいられる空間というのはどんなものがいいのか、いろいろ考えました」
妹島さん「集まり方のいろんなタイプを考えて、このスケッチはいちばん極端なものなんですが、なるべくひとりひとり離れ離れになれるのはどうかと考えたのがこの案で、80人分のベッドを敷地全体に均等にちりばめたんですね。そうすると、ひとりひとりができるだけ離れられる。その代わり2階に上がると、みんなで使う大きな部屋がいくつかあって、それが空間の中に浮いている。ただ、これはクライアントの方に『入院しているみたいじゃないか』と言われて、実現しませんでした」
妹島さん「これが最終的に実現した1階の平面図なんですけれども、両側にテラスがあって、そのテラスに向かって寝室をとる。そこが4人部屋でコンパクトになっている代わりに、真ん中のがらんとした通りみたいなところが、みんなのリビングルームというふうに設定しました。そこは、光と風が入ってくる半屋外のような明るくて大きな空間で、みんなで集まることもできるし、みんなから離れることもできる。室内空間としてプレッシャーがなくて、光や風を感じながら思い思いでもくつろげるんじゃないかと思って、こういうプランをつくりました。これは公園のような自由さを持つ場所ではないかなというふうに、そのとき考えていました」
妹島さん「これは真ん中のみんなのリビングルームを見上げた写真ですが、大体室内空間は18mの幅で45mの長さがあります。タワーが見えると思うんですけれど、構造のタワーになっていまして、これで全体を支えて、その5本はそれぞれ設備のコアにもなっています」
妹島さん「上の方には空調機と換気設備が入っていて、下にトイレが入っています。その5本にばらばらにトイレがありまして、人がいないところとか、行きたいところのトイレに行けるし、ちょっとこの写真で見えると思うんですけれども、陰に洗面所が5か所、散らばっているというふうなことです。
床は舗石ブロックで仕上げまして、より公園のような半屋外みたいな感じを味わえるような空間にしようと思いました」
妹島さん「突きあたりはガラスと金属スクリーンで、外からは見えないんですけれど内側からは外の通りが見えるようになっています。床のレベルは、外の地面より少し下げて落ち着ける空間にしました」
妹島さん「その次に、5人家族のための70平米、20坪くらいですね、そんなに大きくない専用住宅を都内につくりました。このように梅の木に囲まれています」
妹島さん「これがもともとの敷地の写真です。設計するときに、まずクライアントの方に『梅がきれいなので見に来てください』と案内されたときの最初の写真です。そのときに『周りの人もみんな、毎年この梅が咲くのを楽しみにしているので、梅を残してください』と言われたんですね。そうは言ってもそんなに大きくない土地だし、どういうふうに建てるのかなと思ったし、私としても建ぺい率いっぱいに建てるのが当然だと思っていたので、クライアントの方からそういう話を聞いたときは本当に驚きました。
普通は『自分の家は何畳と何畳があって、こういう場所がほしい』というようなことから組み立てていくことが多いんですが、この方の話を聞いて『家というのは、地域と共にあるということなんだ』ということを、逆に教えられたというような経験を持ちました」
妹島さん「もう一つそのときに言われたのが、ここはご夫婦と子どもさん2人とおばあさんと5人で暮らされるおうちなんですが、『みんなで一緒にワンルームで暮らしたい』と言われまして…建築をやっているとワンルームと言ったら、工場みたいに大きなものであれば5人がばらばらに暮らせばいいだろうと思うんですけれど、どうやってここに暮らすのかなというふうに思っていたら、『立体的なワンルームはできないのか』と言われました。そんなことを考えたことがなかったなと始まったのが、この家なんです。
これは、この家の平面図です(上写真)。立体的に小さな部屋が組み上がって、みんな薄い鉄板でつくられています。その薄い鉄板というのがこの建物の構造になっています。5人家族なので、本当は7、8部屋あれば、5つのベッドルームとリビング・ダイニング・キッチンとお風呂ができるんですけれど、ここでは20坪強の敷地に小さな部屋を20室ぐらいつくりました。
そうすると、普通の住宅だと自分の部屋かリビングかどちらかの選択になるわけですけれども、ここではダイニングにおばあさんとお嬢さんがいたとしたら、上のティールームにお母さんがひとりでいたり、また読書室にお父さんと息子さんがいたりと、いろんな形で集まったり離れたりできる。そして、自分のものをベッドルームにしまって、みんなのものはリビングにしまってというのではなくて、いろんな形で並べ替えられるという家になりました」
妹島さん「これは工場でつくっているところですけれど、壁は16mmの鉄板でできています。穴が空いた鉄板の部品がつくられて、現場でつながれて家が出来上がりました。鉄板に大きな穴が空いていて、部屋から部屋へ人が通り抜けられるようになっているので、各部屋は独立しながらもつながっている家です」
妹島さん「これはベッドの部屋ですね。右上に、お姉さんの勉強部屋の窓が見えます」
妹島さん「これが、お姉さんの勉強部屋です。外に向かっている本当の窓は一つですけれども、向かって右横にも窓があって、その先にベッドの部屋があって、さらにその先にダイニングの上部が見えて、その先にダイニングルームの高いところに付いている本当の窓が見えます。小さな部屋でもいろんなところに開口があって外が見えて、壁の奥行きがないので、隣りが見えても横にポスターが貼ってあるというような感じです。だから、みんなで一つの家を共有しながら、集まったり離れたりできる家かなというふうに思います。そして、住まいながら、この家族の方たちがいろんなことをつくってくださいました」
妹島さん「これはテラスですけれど、隣りが遊園地なんです。その空間を共有するようなテラスとなりました。
ここまで私がお話しした企業の寮や個人の住宅というのは、人がどんなふうに集合するのかということを考えていたと思います」