「東日本大震災10年 原子力災害の伝承と教訓」

初回放送日: 2021年3月23日

「東日本大震災10年 原子力災害の伝承と教訓」関谷 直也(東京大学大学院 准教授)

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  • 「東日本大震災10年 原子力災害の伝承と教訓」(視点・論点)

「東日本大震災10年 原子力災害の伝承と教訓」(視点・論点)

東京大学大学院 准教授 関谷 直也

(1) 東日本大震災と原子力災害
東日本大震災はトリプルディザスターと海外では呼ばれます。過去に例のない地震、津波、原子力の複合災害です。
浪江町の請戸地区は、東京電力福島第一原子力発電所の事故の進展のため、津波によって流された多くの方々の救助に行けないまま3月12日朝に避難せざるを得ませんでした。請戸小学校の小学生と先生方は、大平山へ向かい津波で一人も犠牲を出さなかったという奇跡を起こしながらも、そのことはあまり知られることのないまま、その後、東京電力福島第一原子力発電所事故による避難のため、双葉郡8町村の住民と同様に全国に避難していくことになりました。
そして、放射線量は低減し、避難指示は解除されていきましたが、双葉郡の方々で、自宅に戻ることない方も多いまま10年を迎え、震災前とは異なった形で、復興がスタートしています。
さて、今日は東日本大震災の伝承について考えたいと思います。

VTR(伝承館)
2020年9月、この大規模な複合災害の課題や教訓を伝えるために、その浪江町から双葉町にまたがる復興記念公園に隣接する場所に東日本大震災・原子力災害伝承館ができました。ここでは展示のみならず、研究・研修も行われることとしています。
ただし、開館後、展示内容について、
「何を伝えたいのかわかりにくい」
「政府や東京電力に対する批判が弱い」
などの批判が多くありました。そして展示の改修をしたところです。地震・津波の被害、安全神話ゆえの対策を怠った人災であること、SPEEDIが避難に活用できなかったこと、双葉病院の避難状況などについて展示が加えられることになりました。今後もより多くの双葉郡、福島県民の「声」に耳を傾け、納得してもらえる伝承館に育てていく必要があると思います。

なお、批判を受け修正をしていくという作業は当然ですが、ポイントは展示内容に賛否両論があったということかと思います。
 大規模・複合災害、広域災害、長期災害、規模・範囲・時間の広がりは、個々人毎、さまざまな被害と生活再建の形を生んできました。
被災者の生活再建を前提に、帰還した人もいれば、移住した人、避難を継続している人など多様な復興の形もあり、「複線型復興」が日本学術会議をはじめ様々な方から提唱されてきました。
一人ひとりが体験した地震、事故、その後の10年間の体験や復興の過程は異なるのならば、一人ひとりが考えている東日本大震災・原子力災害の課題・教訓は異なるのは当然です。そのため誰もが納得しうる形での教訓の抽出は非常に難しい作業です。地域ごと、個人ごとに異なる状況と共通した教訓、すなわち、個別化と一般化のバランスを踏まえた教訓を引き出し伝えていくことが必要です。

誰しも、自分と異なった考え方は受け入れがたいものです。
長期にわたる原子力災害は他の災害と異なり複雑です。原子力災害を伝えようとするとき、広域避難、区域外避難、甲状腺がんなど健康影響、放射線に対する不安感、賠償など、原子力発電所事故の影響や放射線の影響をより大きくみようとする方向性と、地域再生、帰還、農林水産業や観光業の回復、風評被害、リスク・コミュニケーション、コミュニティ再生など、福島県の復興をより重視し、放射線の影響をより小さくみようとする方向性があります。これらは、放射線について不安の大小、原子力発電の推進ないしは再稼働の反対/賛成、福島県の農産物消費に対する考え方と結びついてしまっています。

ただ科学的な正確性が問題なのではなく、混乱が生じたこと、意見が対立してきたこと、合意形成の過程、それらこそが歴史・記憶として、伝えていかなければならない教訓です。
これらの様々な価値観を持つ人誰もが納得しうる表現となっていなかったということは、検証作業また伝えたい内容への昇華が十分にできていなかったことに他なりません。
また、避難生活や社会的な影響としての災害は、直後だけではなく10年間続いたわけです。現在も風評被害、ALPS処理水、除去土壌の再生利用・最終処分、区域再編、廃炉・エンドステートなどさまざまな課題が残っています。この相互に連関する課題を分析することが必要です。
そのためにも、より多くの双葉郡、福島県民の「声」を集めていく必要があり、またそれらを理解し、研究しつづける人材の育成も必要になってきています。

(2)原子力災害の伝承とはー海外との比較
ところで、海外における原子力に関連する展示施設は、様々な特徴を持っています。
ワシントン州ハンフォードにおいては、REACH博物館とワシントン州立大学において、マンハッタン計画を支えた場所という誇りと、クリーンアップの成果、Pacific Northwest National Laboratoryという国立研究所の設置まで地域振興を伝えるアーカイブ群が成立しています。

チェルノブイリにおいては、「世界を救った人たち」としての消防士、処理作業に従事したリグビダートルの健康被害という惨事を伝えるとともに、強制避難の苦渋、失われた時間を体感するというダークツーリズムが象徴的です。旧ソ連の事故処理に対する恨みと運命論というキリスト教的な価値観が同居するところに、その特徴があります。

我々は、広島・長崎では平和、公害問題からは環境、阪神・淡路大震災からは防災を教訓として学び取ろうとしてきました。
では、原子力災害については何を学ぶべきなのでしょうか。
我々は原子力事故、原子力災害を伝承し、この原子力災害を知らない世代、知らない人々に知ってもらう、海外向けに情報を更新する必要があります。多くの人が、簡単に「災害を忘れてはならない」といいます。ただ「何」を忘れてはならないのか、「何」を学んでもらうのか、「何」を伝えるべきなのか、事故や災害への評価がかたまり切らないうちに、10年を迎えてしまったということもできようかとも思います。

(3)原子力災害の教訓
原子力災害は、核種、量と規模、季節、人口、土壌と作物によって、その被害の様相は異なりますし、また長期の災害/時間の経過をいかに伝えるか、何を伝えるのか、考え方に幅があります。
原子力事故の教訓としても「再稼働をしないこと」「原子炉の安全性を確保すること」「災害が発生したときの対処を考えること」立場によって、様々な幅があります。規制委員会による原子力規制は厳しくなり、改善も行われたがゆえに、福島原発事故規模の事故が起こる可能性は極めて少ないという主張をする関係者も増えてきました。だからこそ、事故前に立ち戻り、原子力事故とその後の災害対応の検証と教訓の抽出が必要なのです。

今後、じっくりとそれらを検討していかなければ、この災禍の教訓、災害情報の発信は難しいわけです。この原子力災害伝承館では事故対応、災害対策の検証など、調査・研究事業もこれから実施し、展示や記録をおこなっていくことになっています。
より多くの双葉郡、福島県民の「声」を集め、教訓を引き出すことができるかがポイントになります。
また、現在、政府・復興庁で、福島県浜通りに国際教育研究拠点を整備することが検討されています。そこでは、研究内容の一つとして、原子力災害に関する知識・知見の集積や、風評払拭に向けた効果的な情報発信手法、リスク・コミュニケーション等に関する社会科学研究が行われることになっています。

現在の大きな課題は情報発信にあります。
東日本大震災から10年を過ぎ情報発信が難しくなります。また新型コロナウイルス感染拡大の中、東日本大震災のことを、関心を失ってきた層にどう情報発信していくのか、後世に、海外にどう伝承していくのか、これが現在の復興の最大の課題といえると思います。 

10年とはいえ、課題は残り、復興もまだ道半ばです。事故・災害・復興の検証やコミュニケーションの手法の検討も十分ではありません。東日本大震災から「何」を学んできたのか、「何」を次の世代に残さねばならないのか、海外に伝え、後世に伝承していく作業は、まさにこれからともいえます。改めて、様々な教訓を引き出す努力をしていかなければならないのではないでしょうか。