がんとともに働く

初回放送日: 2022年10月5日

「がんとともに働く」松浦 民恵(法政大学 教授)

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松浦民恵「がんとともに働く」

法政大学 教授 松浦 民恵

 三大疾病の一つであるがんの罹患者は年々増加しており、2人に1人ががんに罹患する時代といわれています。就業者も高齢化するなかで、就業期間中にがんに罹患する可能性も高まっており、「がんと仕事」は、がんを経験した人にとっても、その周囲の人にとっても、身近で重要なテーマだといえます。一方、がん経験の内容は実に多様で、病状や治療方針、本人の意向や周囲のサポート等によって、「がんと仕事」のあり方は大きく変わります。

中には、十分な検討を経ない段階での早急な退職判断や、ご本人が望まない形での働き方の変更や退職につながるケースもあります。がんになっても働き続けたい人が、周囲とコミュニケーションをとりながら、なるべく納得できる形で働き続けられるようにするにはどうすれば良いのでしょうか。
このような課題意識のもと、がん経験者・「がんと診断されたことがあり、当時働いていた人」と、がん経験者以外・「がんと診断されたことがない人」それぞれに対して、「がんと仕事に関する意識調査」をアンコンシャスバイアス研究所と共同で実施しました。
その結果、がん経験者本人や周囲の人の、「がんになったら働けない」などのアンコンシャスバイアス、すなわち無意識の思い込みが浮き彫りになりました。この無意識の思い込みに気づかずにいると、偏った判断、不適切な言動を誘発し、結果として負の影響をもたらすことも少なくありません。
本日は、この調査結果とともに、結果から導き出された「“がんと共に働く”を応援するための6つの提言」についてお話しさせていただきます。

それでは調査結果についてみていきましょう。

調査では、がん経験者に、初めてがんと診断された後の仕事についてたずねています。企業などに雇用されていたがん経験者が、がんと診断された際「最初にイメージした働き方」と「検討した上で希望した働き方」を比較すると、「これまでどおり働く」が35.5%から57.0%へと大きく増加しています。「結果として実現した働き方」も「これまでどおり働いた」が57.1%となっています。

つまり、がん経験者が最初にイメージした「がんになったら働けない」などのアンコンシャスバイアスが、その後の検討を経て、「やっぱり働けるかも」に「上書き」された結果、「これまでどおり働く」を希望するようになった可能性があります。このため、本当は働きたくて働ける可能性もあるのに、最初のイメージで退職などの意思決定を行うと、結果として後悔することが懸念されます。
なお、「これまでどおり働いた」については、設問の設計上、休暇・休業を取得して、もしくは休職して、復帰後に「これまでどおり働いた」場合も含まれます。また、「これまでどおり働いた」は「勤務の時間や場所」や「仕事上の役割や責任」を変更せずに働いたことを意味しています。つまり、たとえばフルタイム勤務から短時間勤務への転換はしていないものの、フルタイム勤務のまま残業を減らした人は「これまでどおり働いた」に含まれることになり、実際の労働時間をみると、診断前に比べて診断後のほうが減少しています。

がん経験者以外に対する調査では、身近にがん経験者がいたことで、がんの治療と仕事の両立に対するイメージがどう変わったかについてたずねました。ポジティブに変化したとする割合は36.5%、ネガティブに変化したとする割合は13.7%と、ポジティブへの変化傾向がみてとれます。
特に上司はあわせて6割強がポジティブに変化したと回答しています。がん経験者とのやりとりのなかで、上司のアンコンシャスバイアスも「上書き」された可能性があります。ただし、がん経験者に対する調査では、がん経験者ががんを周囲に報告するにあたり、多くの懸念や心配を抱えていることも明らかになっています。
具体的には、「かわいそう、気の毒だと同情される」が50.2%と最も高く、次に「自分ががんだという噂が広がる」、「過度な配慮や特別扱いをされる」が4割弱で続いています。このため、がんをカミングアウトするかどうかは、がん経験者本人の慎重な判断が必要ですし、周囲の意識改革もポイントになります。

調査結果からは、がん経験者本人は「できる限り、仕事はこれまでどおり続けたい」傾向が強いのに対して、家族や上司には「仕事をセーブしたほうがいい」や「休業を取得したり、休職したほうがいい」と考える傾向がみられ、上司や家族の言動によって、本人が不本意な決断をしてしまうことも懸念されます。

さらに、がん経験者に対する調査結果からは、職場で同じ対応を受けてもうれしいと感じる場合とそうでない場合があることがうかがえます。このため、本人の意向を確認した上で、対応や配慮をすることが有益だと考えられますが、がん経験者以外の調査結果をみると、身近ながん経験者が「勤務先の部下」である場合を除けば、周囲が本人の意向確認をするケースは半数程度にとどまっています。

以上のような調査結果から導き出された、「“がんと共に働く”を応援するための6つの提言」についてご紹介します。

提言①~③はがんと診断された方に対する提言です。提言①は「がん診断直後の「びっくり離職」を回避するために、仕事に関する意思決定までに、自分自身のアンコンシャスバイアスに気づき、「上書き」する期間を取る」です。ここでいう「びっくり離職」とは、がんという診断にショックを受けて、治療開始前など早い段階で退職・廃業してしまうことを指します。提言②は「がんに対する「アンコンシャスバイアスの上書き」のためには、特定の情報源だけでなく、さまざまな情報にアクセスすることが重要」、提言③は「がん経験者からの報告や相談は、周囲の人の「がんの治療と仕事の両立」に対するイメージをポジティブに変化させる可能性がある」です。
提言④~⑥はがんと診断を受けた方の周囲の方への提言です。
提言④は、「上司や家族等周囲の人は、がん経験者の仕事に関する意思決定に、負の影響を及ぼす可能性があることを自覚する」です。
逆に、その影響力の大きさゆえに、「上司は、『働き方』に関する部下のアンコンシャスバイアスを『上書き』する支援者となり得る」というのが提言⑤です。がん経験者に対する調査では、がん経験者の状況や意向を確認し、理解や支援をしていた上司のもとでは、「これまでどおり働いた」とするがん経験者が多く、「結果として実現した働き方」に対する満足度も高いことが明らかになっています。
提言⑥は、「周囲の人は、がん経験者の働き方について、当事者不在で判断せず、意向を確認する」です。

がんになってから仕事を続けるか辞めるか、続ける場合はどのように働くのか、について正解はなく、それぞれの人がそれぞれの状況に応じて納得のいく判断をすることが重要です。

がんと診断された方も周囲の方も、アンコンシャスバイアスに囚われずに、お互いにコミュニケーションをとりながら、「がんと仕事」に関する自分なりの納得できる答えを、探し続けて頂きたいと思います。