「アフガニスタン政権崩壊とこれから」

初回放送日: 2021年9月15日

「アフガニスタン政権崩壊とこれから」青木健太(中東調査会研究員)

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  • 「アフガニスタン政権崩壊とこれから」(視点・論点)

「アフガニスタン政権崩壊とこれから」(視点・論点)

中東調査会 研究員 青木 健太

序論
 2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件、いわゆる9.11から20年が経ちました。当時、アメリカのブッシュ大統領はターリバーンに対し、9.11の首謀者であるアル=カーイダの指導者を、アメリカに引き渡さなければ、軍事行動も辞さないと警告を突きつけました。しかし、ターリバーンはこれを拒否。同年10月7日に、アメリカがターリバーンに対する空爆を開始し、以後20年間に及ぶ「テロとの戦い」の火ぶたが切られました。

最大時の駐留外国軍の兵力は14万人を越えましたが、アフガニスタンの治安情勢は悪化の一途を辿りました。そして、2021年8月15日、首都カーブルがターリバーンによって陥落し、アフガニスタン政府が事実上崩壊しました。アメリカがはじめた「テロとの戦い」は、アメリカが20年前に権力の座から追放したターリバーンの軍事的勝利という形で、大きな節目を迎えることになりました。本日は、アフガニスタン政権崩壊とこれからについてお話します。

本論
何故、このような事態が起こったのでしょうか。はじめに、アフガニスタン社会が内包する特質について理解する必要があります。アフガニスタンは多民族国家、且つ、伝統的な部族社会であり、中央集権的に国家が運営されたことはほとんどなく、地方のコミュニティでは部族統治が行われてきました。特に農村部では家父長制度が顕在で、男性が優位な社会が保たれています。このため、女性の解放をはじめとする、急進的な社会変革は常に社会の保守層からの反発を招いてきました。
一例を挙げましょう。

1919年にイギリスから独立を果たしたアマーヌッラー国王は、欧米諸国にならい、アフガニスタン社会を世俗化と近代化の方向に向かわせる改革プログラムに着手しました。この過程では、はじめて成文化された憲法が立案され、女性の権利の拡充や女子教育の推進がみられました。また、国王は男性に対しては髭を剃り、女性に対してはアフガニスタン社会で身にまとうことが義務付けられるヴェールを取るよう指示を出しました。実際、ソラヤ王妃はヴェールを取り、西洋風の衣服で公の場に姿を現しました。しかし、女性の家族構成員を客人に対してすら見せない、保守的なアフガニスタン社会では、こうした急速な近代化への取り組みは衝撃をもって受け止められました。結局、国王の施策は、イスラームの教えに反するとして宗教界や部族長老などの猛反発を買い、国王は1929年に失脚、その後も復権できず客死(かくし)してしまいました。
さて、現在のアフガニスタンでは、過去20年間、欧米諸国からの巨額の援助を受けながら、中央集権国家を目指す国家建設が進められてきました。しかし、「外部からの近代化」は、このような現地の実情に即しておらず、政府の腐敗を招き、行政の不効率化を生むことで、民心を政府から遠ざけてしまいました。今回ターリバーンが実権を掌握できた背景には、こうしたアフガニスタン社会が持つ保守的な土壌があります。

しかし、ターリバーンを一方的に擁護することもできません。
VTR(かつてのタリバン政権・仏像破壊)
確かに、1996年から2001年までのターリバーン政権時代、内戦状態から治安を回復させたことで国民から一定の支持を得ました。しかし、女性の教育や就労は認められず、音楽や踊りなどの娯楽も禁止され、国民は不満を強めました。また、バーミヤンの仏像破壊に代表される偶像崇拝の禁止や、コーランや預言者の言行録ハディースを典拠に刑の量が定められる身体刑の適用などにより、国際社会で孤立しました。ウサマ・ビン・ラーディン指導者の身柄引き渡し要求を拒否するなど、アル=カーイダとも絶縁しませんでした。ターリバーンはアフガニスタン社会の一部を成すとはいえ、多くの争点も抱えています。

また、アメリカのトランプ前大統領が2020年2月にターリバーンと政治合意を結び、それを引き継いだバイデン大統領が2021年8月末までに米軍を無条件完全撤退させるとした決断が、「力の空白」を生み、ターリバーンの台頭を促したことも見逃してはなりません。

ターリバーンは住民からの支持を背景に、部族長老や政府内部の協力者を通じて政府側と水面下で無血開城に向けた交渉も進めました。兵力や装備ではターリバーンを上回っていたアフガニスタン政府治安部隊の投降は後を絶たず、総崩れになりました。

ターリバーンが国土のほぼすべてを制圧した現在、平和的に権力の移行が進むのかどうかが今後を占う上で重要です。アシュラフ・ガニー大統領が国外逃亡した中、ターリバーンはハーミド・カルザイ元大統領らを中心とした政府中枢の人物らと協議を進めてきました。8月30日には米軍撤退が完了しました。またカーブルから北方に位置するパンジシール渓谷に立て籠もるアフマド・マスードを司令官とする国民抵抗戦線を制圧したと発表しました。こうして9月7日には、ターリバーンによって暫定内閣33ポストが発表されました。しかし、その内容は、諸政治勢力が参加する包摂政府とは程遠いものでした。ターリバーン以外の政治勢力は排除され、少数民族も参加しませんでした。また女性閣僚もいませんでした。

現在、ターリバーンは20年間に及ぶ武装抵抗活動を経て、米軍を完全撤収させ、目標とするイスラーム的統治を実現する局面に差し掛かっています。また、ターリバーンに対して影響力を持つ国外のアクターの存在や、内部での深刻な路線対立を指摘する声もあります。表向きは包摂的な政権樹立を標榜したとしても、根幹的な権力分有がされるかについては懐疑的にならざるを得ないのが実状です。

また、ターリバーンが包摂的な政権を築くのか、国際テロ組織と関係断絶をするのか、女性の権利保障を含めた「基本的人権」という考え方にどういった方針を示すのか、諸外国と良好な関係を築くのかといった点も注目されます。日本を含む欧米各国は、これらの諸要素を勘案しながら、ターリバーンが主導する新政権との向き合い方を決めていくことになるでしょう。

一方で、今後、国際的に懸念されることもあります。アフガニスタンが再びテロの温床にならないかは、国際社会の平和と安定に大きな影響を与えます。8月26日、「イスラーム国ホラーサーン州」がカーブル国際空港付近で自爆テロ事件を引き起こし、米兵13名を含む170名以上の死者を出しました。アメリカは遠隔形式でドローンを用いた報復攻撃をしましたが、米軍撤退が完了した現在、どのようにテロ対策を効果的に講じられるのかが大きな課題となっています。

結論
今後、ターリバーンは自派の原理原則を維持しながらも、過去20年間の積み上げの上で国の統治を担っていくことになります。ターリバーンの統治が「基本的人権」を軽視した内容になる場合、欧米各国が資産凍結を含めた経済制裁を科す可能性は高まります。そうすれば、財政が逼迫し、市民が食べるものにも事欠くような人道危機が現れる危険性があります。ターリバーンが欧米各国との関係を維持し、既存の政府機構や地方行政機構、そして国際機関やNGOなどの慈善事業団体と連携や調整をしつつ、民心に配慮しながら舵取りするかどうかが、アフガニスタン国民の今後の生活を左右するでしょう。

アメリカが不在となり、域内のパワーバランスも変化しています。今後は、中国、ロシア、パキスタン、イラン、カタールやトルコなど、域内諸国が主要プレーヤーとなるものと思われます。

日本を含めたG7に代表される民主主義諸国には、ターリバーンとの対話と関与を継続し、互いの「ものさし」が違うことを認識しつつ、相互に考えていることや要望事項に耳を傾けながら、阻害や孤立ではない方策でアフガニスタン国民が安心して暮らせる社会を作るための側面支援が求められます。9.11では、残念ながら日本人も多く犠牲になっています。その意味で、アフガニスタンの問題が日本と無関係であったことはありません。9.11から20年目の節目に、私たちにとってアフガニスタンは遠い存在ではなく、アフガニスタンの人々に寄り添い続けることが必要だと、改めて認識する必要があります。(了)